【ショート】ただいまが聞こえる日に。#1
「ただいま~。」
この声が聞こえる日は決まっている。みんなで揃って、ご飯をつくる日だ。僕は今日も玄関に駆け寄る。
「早く、遊ぼうよ。」
僕は声をかけるけど、きっとこの声は届かない。大きな手で撫でてくれたことは今でも覚えている。でも、もう撫でてもらえることはないのだ。
みんな、あの時とはずいぶんと様子が変わった。匂いはもちろんだが、雰囲気が違う。僕には分かる。嬉しい時は少し高い声で、僕を撫でてくれたから。多分、今日も少しだけ良いことがあったのだろうか。
「ロク、今年もみんな揃ったよ。」
父に母に兄、弟に妹。5人家族の6番目でロク。僕がつけてもらった名前。みんながそういうから、多分そう。僕はここにいるのに、今年もみんな煙の出ている方を向いて、僕のことを話す。
いつからこうなったのか、僕には分からない。すごく苦しい夢を見ていた気がする。ずっと、寝ていたような気がする。でも気づいたら、やっぱりここにいて。けれど、前のようにみんなが振り向いてくれなかった。
「ただいま。」は合図だった。みんなが揃う合図。僕はその声が大好きだった。
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