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【創作小説】最後の一週間。#5🈡

 夜が明けた。長いようで、短い。僕らの時が止まったかのように、時間だけが過ぎていく。父は葬儀場に電話をかけていた。
「今日の夜…最後ですか。ええ、それでお願いします。」
電話が終わった。どうやら、今日中には火葬してもらえるらしい。
 ポチの身体はどんどん固まっていった。2時間もすると、もう動かすことが出来ない。いなくなったことを、そこで初めて実感した。葬儀までの間、ポチのことを沢山話した。初めてペットショップに来た時のこと。サッカーを一緒にしたこと。泣いている家族の涙を舐めてくれたこと。そういえば、脱走したこともあった。
「ポチって…ほんとにおもしろかったね。」
 ポチがいなくなった家族四人の話は、ポチ中心だった。間違いなく、ポチは僕ら家族の中心にいた。

「そろそろ行くか。」
 動かなくなったポチを毛布に包み、車へと乗り込む。大好きだったおもちゃに、花束、お菓子を入れた。天国で、道に迷ってもおなかが空かないように。友達が見つかった時に、遊んでもらえるように。まっすぐ、まっすぐ、お花のある場所に向かえるように。
 ポチってこうだったよね。ああだったよね。ポチがいなくなって、なんとなく会話に間が空く。僕が生まれてから、ポチがいる時間の方が長かった。そんな僕にとって、ポチのいない日常は非日常になる。
 ポチがいる最後の家。最後に全員でのお出かけ。もっといろんなところに一緒に行きたかったな。そんなことを思いながら、家を発つ。


 
 ポチとの最後のお出かけは終わった。今日も、仏壇の前に座っている。ポチの骨はすごい丈夫だったが、少し黒ずんでいたり、緑がかった部分もあった。腎不全は気づかないことが多い病気だ。でも、着実に身体をむしばんでいて、気づいたときには手遅れなことが多いらしい。ポチの骨を見て、すごく頑張ったんだな、つらかったんだなと思った。眠ることが多くなり、おしっこの回数が増えたり、そんなささいなことを見逃してしまったことがポチを苦しめてしまった。
 ポチに教えてもらったことは沢山あった。家族と一緒に過ごす時間の尊さ、大きな存在であったと改めて思った。ポチが幸せだと感じてくれたかはわからない、ここにいるよりも良い暮らしがあったかもしれない。いろんな考えが頭を巡った。それでも、今目の前の時間を大切にしようと、それだけは決心した。
 今日もポチへの挨拶から朝が始まる。

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