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『宇宙人アンズちゃん⑥』

第六星雲 地球外生命体とムチムチさん

毎日朝と夜2回のゴハンを食べるマル。
散歩はできるだけ一日に2回行ってあげて、近所の犬友達とのふれあいも
欠かせない。
マルは優しくて無口でおだやかなので、どんな犬とも仲良くできるコミュ力高めの癒し系男子だ。

「しかし、マルはアンズちゃんのそばを離れないね」
そうなのだ。
公園で出会って家に来たあの日から、アンズちゃんの隣にいることが多くなったマル。
時折アンズちゃんの顔をうっとり見つめたり、鼻を鳴らしてもたれかかったりしている。
明らかに男を出している。
「野暮な奴らやなー、ムチムチさん。見たらわかるやないか」
多分そうだということはわかっているが。
「多分やない。それや、それ。恋やがな」

マルがアンズちゃんに?
「そうや。もうずっとムチムチさんとは色んな話させていただいとりますー。告白もいただいとりますー」
ねー、と首をかしげて見つめ合って同じポーズを取っている。
なんだろう。マルがウキウキした表情を見せているように感じるのは気のせいだろうか。
「あんたな、ムチムチさんは7歳のダンディー紳士やで。人間でいえば44,5歳の男盛りや。大先輩や。それにここに来た時にすでに青年やったんやろ?もうイケイケや。なー、ムチムチさん」
マルは胸を張って「ウォフ」と一声鳴いた。

マルが来たのは、5年前。
ボクがどうしても犬が欲しくて、近所のスーパーで開催されていた
保護犬猫団体の譲渡会に、家族で遊びに行った時だった。
「なんだかあの子、オジサンみたい」
にぎやかに飛んだり跳ねたりしている他の犬とは一線を画し、サークルの中からこちらをジットリと見つめながら斜め座りで、短い尻尾をフリフリしていたのがマルだった。
上目遣いで、どことなく小籠包を思わせる体と肩を少しすぼめている。無表情のようでもあるが、口元は笑っているようだった。

良く手を洗ってからサークルの中で初めてマルを触った。
肉肉しいそのボディーを、充分に僕たち家族に擦り付けながら鼻をフガフガしていた。
その様子がとっても滑稽で楽しくてかわいくて、
初めて会った犬ではないみたいに親近感がわき、もうマルから離れられなくなっていた。
30分は触っていただろうか。
兄ちゃんもすでにマルを自分の犬のように抱きしめていた。
「この子、連れて帰る」
気づくとボクは、そう言っていた。
兄ちゃんも深くうなずいた。

マルはすでに推定で2歳を過ぎていた。
人間でいえば24、5歳くらいといったところだろうか。
どんな理由があって保護犬になったのか。
譲渡の書類記入の時に、これまでの経緯は団体側もプライバシー保護の観点から詳しくは教えてくれなかったけれど、ざっくり言うと飼育放棄なのだそうだ。
「飼育放棄」と聞くや否や、情緒爆発型の母親は涙を流してマルを撫で繰りまわした。
マルは少し困ったようにボクらに助けを求める視線を送ってきた。
大丈夫。ボクらとやり直そう。

「聞いとるわ。とっくにそんな話。前の飼い主の話も聞いとる」
アンズちゃんはつまんなそうに眼をこすった。
「そうなの?知ってるの?マルと話せるの?」
「話せるーちゅーてんねん。何度聞けば気が済むんかいな」
いいなあ。宇宙人は犬ともテレパシーで繋がることができるのか。
僕だってマルとテレパシーしたい。
なんだかずるい。
僕たちの方がアンズちゃんより長くマルと一緒にいるのに、僕だってマルと話がしたい!
ジェラシー!ジェラシー!ジェラシー!

アンズちゃんは舌を出して、頭にくるタイプのアッカンベーをした。
ムカつくー!!
「なーにがムカつくー!や。ほら見てみい。マルが呆れとるわ」
平和そうな顔をしたマル。
ピンク色のボールが異常に好きなマル。
たまに会うシェパードのことが実はちょっと怖いマル(向こうはものすごく友好的なんだけどね)。
リンゴをくれると分かるといつもより速いスピードでお手とお代わりをするマル。
そのすべてのマルが、本当の悲しい部分のマルを隠しているのだろうか。

「わかったわかった。悪い想像が膨らんでまうよな。ほな、前の飼い主さんのことお話させてもらいますー。ええか?ムチムチさん」

7年前、ムチムチさんはあるブリーダーのもとで4人兄弟の長男として生まれたんや。
とてもやさしいオカアサンが、一生懸命におっぱい飲ませてくれて、
他のきょうだいと共にスクスク育った。
そのうち1人減り2人減り。
ムチムチさんは一番最後にオカアサンの元を離れたんやて。
「きっとシアワセになるんだよ」

やがて他の種類の犬もたくさんいる、四角い箱の中で生活することになった。
いわゆるペットショップちゅーやつやな。
そこでそない時間が経たんうちに、出会いがあったんや。
あれよあれよとムチムチさんは優しそうな若い夫婦のもとに迎えられることになり、家族になった。
はじめは順調なはずやったんやけど、1年と何カ月か経った頃、突然そこの家の小さな息子さんが咳をするようになり、皮膚にぽつぽつと発疹が出てひどく痒がってしもたんや。
まあ、犬アレルギーっちゅうわけやな。

「息子のアレルギーがなんとか治らないかとあちこち病院にかかったけれど、どうにもならなかったみたいや。そうなりゃ、致し方ない。他に飼ってもらえる所も見当たらない夫婦は、保健所だと殺処分されてしまうかもしれないと、泣く泣く保護犬猫団体に持ち込んだんや。苦渋の選択やった。まさか、息子にアレルギーが出るなんて予想もしなかったやろな」

マルはこうして保護団体に保護されて、僕たちと出会ったイベントに参加したのだった。
「ムチムチさんは、幸せやったみたいや。2年弱の間だけやったけど、幸せやったって。とてもかわいがってくれて、散歩も海沿いをたくさん歩いて、息子さんともアレルギーが出るまではすごく仲が良かったって」
兄ちゃんがマルを抱きしめた。
あの時、最初にマルを抱きしめた時と同じように。
大丈夫。ボクらとやり直そう。

「伝わっとるよ。その気持ち。大丈夫や、な、ムチムチさん」
ヘラヘラして、ヨダレを垂らしてしっぽを振って、面白い格好でこちらを見ながら恥ずかしそうにウンチをして、水を飲むのが下手くそで、眠ると誰よりもイビキと寝言がすごくて、温かくていつもそばにいて、
学校から帰ってくると玄関まで走ってくる。
「大好きだよ、マル」

「ま、でもアタイのことが好きやから、宇宙に帰れるってなったら星まで付いてくる言―てるけどな」
「嘘!」
マルを見る。ヘラヘラしている。
一瞬、どこか遠くの星で結婚式を挙げている、ウェディングドレス姿のアンズちゃんとタキシード姿のマルを思い浮かべてしまった。

「冗談や。そない薄情なバカ男やない。ムチムチさんは、恩義を深く感じる古いタイプのええ男や」
兄ちゃんがマルの顔を疑うようにまじまじと見直した。
何を考えているのかわからないマルの表情。もっと単純明快かと思っていたけれど、マルにはマルの物語がある。
保護団体から譲渡されたのだからそれなりに事情があることは分かっていたけれど、改めて言葉で聞くと、ズシンときた。

「ま、そういうわけやから、犬に歴史ありや。でもムチムチさんは今が楽しい言うてるし、あんたらのこと大好きらしいで」

アンズちゃんの話を聞いてから、マルがなんだか男として僕たちよりも数段レベルが高い気がして、わがままボディもかっこよく見える。
いつもにこやかで、いつもおだやかで、いつも優しくて。
「ま、ムチムチさんはあんたらより全然できる男やな。経験値もちゃうわ」
人間だったら超絶モテているはずだ。
「でも残念やったな。去勢手術してもうてるから」

今日も兄ちゃんとマルとアンズちゃんとボクで散歩に出かける。
気持ちの良い風が吹いて、小さな白い花びらがマルの鼻先にくっついた。
「あれ、かわいらし」
アンズちゃんはすぐに写真を撮る。
「これ、待ち受けやな」
マルは嬉しそうに花びらを鼻につけたまま歩く。
友達が来るとお尻の匂いを嗅いで挨拶をする。
「今日も元気にしてる?」
「まあまあね」
そんなことを犬同士で話しているのだろうか。

辛い経験があるのにそれを微塵も感じさせずに前向きなマルのことを、
尊敬するとともに、一緒に絶対に幸せにしようと兄ちゃんとボクは思った。

第7話 『宇宙人アンズちゃん⑦』|さくまチープリ (note.com)


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