帝王切開というお産のスタイル
1人目でママになり、2人目で母になり、3人目で母ちゃんになる。
なんて聞いたことがありますが、8月18日は「母ちゃん」になった日。我が子は3人とも帝王切開ですが、実は3度目にしてようやく満足したお産を体験したのです。12年前も思い出しつつ帝王切開というお産のスタイルについて綴ってまいります。
帝王切開はお産じゃない?
「お産」というと、いきんで踏ん張って、叫んで、ものすごい痛みと格闘しながらも生命を絞り出す、そんなイメージではないでしょうか?
学校やTVなどで刷り込まれた情報の多くが、病院のベッド上での分娩なのでいうまでもありません。妊婦教室でもその自然分娩に向けた情報量が多いことも影響しているでしょう。
なので私もてっきりそんなお産になるとイメージしていて、初産が緊急帝王切開になったことが、その後までちょっとしたトラウマでもありました。
「帝王切開はお産じゃない」という思いです。
初産は予定日の2週間を過ぎても気配なく、誘発のため風船を入れましたが進まず、破水して時間も経ち、泣く泣く緊急帝王切開に。もともと麻酔の効きが悪く、この時もまだ出てくる前には痛みを感じ「痛いです!」と声をあげても「まさか〜」と医者。
徐々に痛みもまし、「いたーい」と叫ぶ中、「ほら、生まれたよ」の声を聞くや否や記憶が遠のいていました。目が冷めてからも、気づけば管がつけられ動けず、後陣痛がひどい上、採血がうまくいかず腕はアザだらけ。せめて赤ちゃんの顔だけでもみたい、という声も届かずでほんと辛かったな〜。
何度も訴えるので、夜勤の看護婦さんが不憫に思ったのか、そっと娘をつれてきてくれて、用水がほぼなくなった中で生まれた我が子は皮膚が乾燥していてカサカサで「こんなカサカサにしちゃってごめんね」が第一声でした。
そんなんで、自然分娩のお産への憧れのような想いがでて、2人目のときは妊婦の時からヨガを始めたり瞑想したり、とにかく身体を整えることに注力していました。が、ここでもあえなくお産進まずに、緊急帝王切開に。「私はお産を経験していない」と心に秘めていたんです。
帝王切開とは
お産のスタイルは、畳の上や水中、立ったり、四つん這いになったりと本当に多様です。ましてや、母子の安全安心を優先して行う帝王切開も立派なお産。これに気づかせてくれたのが、ある助産師との出逢いでした。
自分の「お産を振り返る」時間を持つことで、こうありたいお産像ではなく、その時できる最善を選んだことへの書き換えをすることができたのです。
ちなみに、帝王切開は、お母さんか赤ちゃんのどちらかの状態に問題があり、自然(経腟)分娩が難しいと判断された場合に選択される出産スタイル。これも立派なお産なんですよね。
では、なぜそれを「帝王切開」というのか。その語源は諸説ありますが
1.帝王切開(切開切除)を意味するラテン語「sectio caesarea」をドイツ語に訳する際、「caesaraea」を古代ローマの帝王「ガイウス・ユリウス・カエサル(シーザー)」と間違えてしまったとする説。
2.ガイウス・ユリウス・カエサルが、この方法で生まれたとする説
3.中国では占星術によって皇帝の誕生日が決められていて、誕生日を守るために出産していたからという説
いずれも間違いの説のようです。
お産と感じられた「帝王切開」
さて、帝王切開はお産と書き換えたものの3人目の時は、2回の経験をも活かし病院選びと医師との愛称もさらに慎重に。「帝王切開に家族が立ち会える」「カンガルーケア」「母子同室」が叶えらえるところ。ひとまず自然分娩も念頭におきつつ、私の身体の状態をみながら、帝王切開という選択で進めました。
子宮の膜の厚みや他の臓器との癒着状況から帝王切開がベストな選択となり、それを了解した上で予定帝王切開となったのです。それが12年前の8月18日。
泣き叫びながらの状態でも、意識朦朧とした状態の緊急帝王切開ではなく、本当に穏やかな出産でした。
音楽をかけて、二人の医師と会話をしながら、麻酔の効きを丁寧に確かめて切開。時折、冗談をいってくる医師。いよいよ出てくるよという時に、家族も立ち会い、血まみれの次女と初のご対面。初めてお産での感動体験を味わいました。これぞ「三度目の正直」ですね。
お産のスタイルは人それぞれ。何がよいかは自分で選べる、自分で決める。状況や状態によってはそれが叶わぬこともあるかもしれません。大事なことは「大切なかけがえのない命が安全に誕生する」を最優先にするですね。
今わたし達が生きているということは、それぞれのお産ストーリーがきっとあるはずです。それは決してあたりまえではない。だからこそ、頂いた、生かされれた命を精一杯生きて生きたいですね。
次女よ、生まれてくれてありがとう。
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