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祭囃子が聞こえる

日曜日の夕暮れ、街を歩いていた。
どこからか、かすかに笛の音が聞こえた気がした。
公園の方に行くと、今度ははっきりと笛や太鼓、鉦の音が聞こえてきた。

今日は夏祭か。

いつもと違い、かなり多くの人が行き交う。
祭りの法被を着て、鉢巻をした男衆が手提灯を持ってお神輿の先導をしている。
左右に多くの出店が並び、甘醬油の焦げるいい匂いが漂う。
景気のいい呼び込みの声に、浴衣姿の子供たちがはしゃぎながら店をのぞき込む。

夕暮れの中、最後の光を受けて空には赤く輝く入道雲がそびえている。
夕闇が徐々に広がるが、祭りの出店やお祭り広場の明かりはさらに輝きを増している。

鉦や太鼓の音が大きくなり神輿が近づいてきた。人の波が大きくうねる。
ムッとする熱気とともに掛け声が飛び交い、神輿が目の前を通過してゆく。

何か大きな生き物が前を横切っていったような気がした。

神輿が過ぎた後に響く鉦や横笛の音に、何かもの悲しい響きを感じた。

不意に、子供の頃の祭りの情景が目の前に浮かんだ。

プラスティックのヒーローのお面をおでこにかぶり、小銭を握って金魚すくいや綿あめの店をはしごする。

大きな大人たちの隙間を小魚のように縫って走り、友達と目を輝かせて神輿や踊りの行列を見る。

夜の闇の中に浮かび上がる夜店や行列は子供にとって不思議な妖の世界に感じられた。

汗びっしょりで烏賊焼きや、櫛団子を堪能したころ、ドーンと大花火が続けざまに打ちあがり、私たちはぽかんと口を開けて壮大な夜空の光の花を凝視した。

あれは子供の頃の夏休みの思い出。

あのころ、なぜあんなに祭りにワクワクしたんだろう。
友達と汗まみれになってどんぐり眼の笑顔で走り回った。
あの祭りの喚声が、あの醤油の焦げる匂いが、祭囃子が子供心に火をつけた。

小さな温泉町の夏祭。

田舎だから、都会の祭りよりずっと地味で小規模だった。
神社の境内が中心で、広場まで店が並ぶ。
今よりもっと暗い電球や提灯の明かりの中、闇に浮かび上がる祭りの風景。
華やかな神輿やお囃子、盆踊りを通して、子供心に神社の神様の存在を朧げに感じていた。
一歩祭りの会場をそれると、田舎の深い闇の中誰も歩いていない。怖い闇が広がっていた。

あの田舎の夏祭は懐かしい幻のように記憶に残っている。

今のこの祭り風景も、目の前を走ってゆくこの子供たちの記憶に残ってゆくのだろうな。

祭囃子の音とともに。


絵 マシュー・カサイ「祭囃子が聞こえる」水彩・ペン

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