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冬の夜の露天風呂

スキーに狂っていたころ、好きなホテルがあった。

ホテルが好きというより、大浴場にある露天風呂が良かった。

スキー場にあるホテルだから、周りはどっかりと雪が積もっている。

一日中スキーに没頭しヨレヨレに疲れて帰ったら、まず温泉で凍えた体を温める。

生き返ったら、次は晩御飯とビールで幸せを感じる。
スキーで疲れた体にビールは沁みる。指先まで沁み渡っていく。
日常の生活の時のビールより格段にうまい。

疲れでみんなが寝静まったころ、また一人大浴場に向かう。

遅い時間だと、大浴場に入る人も少なく、まして露天風呂に出るには寒風の吹きすさぶ中、少し石畳を歩かなければならない。濡れた体で歩く屋外は顎がカクカクいうほど寒い。

この寒さのハードルのお陰で、深夜の露天風呂は毎日貸し切り状態で楽しめた。

北の、雪に埋もれた山々が月光に照らされて青白く輝く。

風の音以外、殆ど音がしない。

周りは雪で、木も家もまるで白い布団に覆われたようにふっくらと丸みを帯びている。

冬の空は綺麗だ。時々雪が舞う夜空に月が映える。

星座に興味はないが、星がキラキラと輝いている。

露天風呂の水面からもうもうと湯気が立ち、夜空に消えていく。

頭髪と顔は寒さに強張るが体は気持ちよく、暖かい。

ふと、「自分がなぜここにいるのだろう」とか「またあの日常に戻らなきゃいけないのか」とか、とりとめもないことをぼんやり考えてしまう。

ゆったりと手足を動かせば、気持ちの良い湯ざわり。
お湯の匂いもいい。
打たせの湯の音が耳にも心地よい。眠くなってしまう。

時々夜風で体を冷ましながら、夜空と露天風呂を一人心ゆくまで楽しむ。

きっと、今この夜空を眺めている人の中で、私が一番楽しんでるな。

そう思うと、つい笑ってしまった。



絵 マシュー・カサイ「冬の露天風呂」水彩・ペン



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