しあわせへのはじまり
福島・猪苗代町 旅日記
8/18~20にかけて、福島県の猪苗代町に行ってきた。
目的は、はじまりの美術館に行くこと。
福祉とアートが同居する空間に行ってみたかったのである。
コンセプト|はじまりの美術館|福島県耶麻郡猪苗代町 (hajimari-ac.com)
結論から言うと、行ってよかった。
旅に出たことで、インスピレーションを得た、気がする。
具体的にどんな経験をしたかレポートします。
猪苗代町で出会った人々
そもそも、わたしがはじまりの美術館を知ったきっかけは、
おととし、美術手帖の『ケアの思想とアート』特集を読んだことだった。
そこにはじまりの美術館が紹介されていて、当時(いまもだが)アートと福祉に興味を持っていたわたしは、いつか行ってみたいと思ったのだった。
美術館を知ってから2年経ち、自分を取り巻く環境も変わっていった。
相変わらずアートや福祉・まちづくりなどに関心があり、行動した結果、
少なからず進歩はあったが、まだ今後どうしようかと模索していた。
キャリアプランについてなら、従来は専門コンサルタントなどに相談するものかもしれないが、
わたしは今後もアートにかかわっていきたいと思っていたのと、
"福祉"の本来の意味が"幸せ"だと知っていたこともあり、
制度としての福祉ではなく、
いち社会人としての、健康で文化的な生活について考えたいと思い、
はじまりの美術館の職員の方に相談してみることにしたのだ。
相談内容は漠然としていたにもかかわらず、
美術館の方は真摯に初対面のわたしの話を聴いてくれた。
そのときはこれといった結論は出なかったが、
高校時代から現在までの自分の仕事や文化芸術とのかかわりを
ザーっと話しただけでも、頭のなかが整理できたと思う。
一期一会
ゲストハウスに泊った。
ゲストハウスは好きだ。学生の時から利用しているが、毎回いろんな旅人に出会える。
旅人と地元民がつながる宿 │ 猪苗代ゲストハウス~hanbog(ハンボック)~
今回も、記憶に残る出会いがあった。
山登りなどは今回の旅ではする予定なかったが、
ゲストハウスで知り合ったザ・旅人な雰囲気の年上の女性にお誘いを受け、
裏磐梯へ行った。
五色沼良かった~!やっぱり自然はいちばんのアートですね!
その方は、イギリスの大学でデザインを学んでいたらしい。
なんだか、すごい人と知り合ってしまった…。
縦走をするのが好きだそうで、
普段からジムに行ったりして体力つけているのですか?
と聞いたところ、普段は特に運動していないそう。
ヨガなどで体幹を鍛えたりする方が好きだという。
ジムに通ったことがないわたしは、
走ったり筋トレをしたりして外から体力をつけるジムっていいな~
通ってみたいと思うが、
非西洋的な視点で観れば、
体幹を鍛えるヨガやフラもやっぱりいいなーとも思う(余談)。
いまはいろんな運動の選択肢がありますね、、(結論)。
小説の話もした。
だいたい3世代の古い順に男性作家→男性作家→女性作家の話になったが、
女性の描かれ方がこの3世代の間に変わっていると私は思い、
そのように伝えてみた。
たとえば、家庭に入る女性→働く女性みたいな。
最近じわじわ思っていたことを話せた。
連絡先は交換する流れでなかったので交換しなかったが、
それはそれで気軽だと思った。
日常生活とは違う、良い思い出だけが幻想みたいに残るから。
まるで小説のような時間だった。
展示・「物語ることも、物語らないことも、物語れないことも」
物語というキーワードに興味があり、展示を観に行った。
まず展示されていたのは、「物語るテーブルランナー」と題された、
刺繍による絵の数々だった。
「日本の美邸(鴻池朋子「物語るテーブルランナー」|チルチンびと別冊 日本の美邸 JAPAN QUALITY (chilchinbito-hiroba.jp)」によると、
”世界的に長く女性が従事させられ絵画や彫刻といったファインアートからは常に見下されてきた手芸を用い、歴史に残らない小さな個人の話を聞き、”
そこから美術家の鴻池朋子さんが下絵を描き、話者が物語を縫っていったのだという。
本当に起こった具体的なエピソードを、誇張はあるだろうが手芸で忠実に再現するところが、縫うという行為の、作業の・日常の枠を超えた最先端のアートなのかもしれないと振り返って思った。
ここでも、変化するのは女性なのか、、といま思った。
渡邊のり子さんの《話の生まれるところ》も印象に残った。
数々のユーモアが入り混じった作品を観ていて、
子どものころのお人形遊びを少し思い出した。
わたしは最近、思い描く世界観があり、
それをアートとしても・実際の社会でも表現してみたいと思うきっかけとなった。
映画・「目の見えない白鳥さん、アートを見にいく」
映画も良かった。
映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』公式サイト (shiratoriart.jp)
芸術が無意識の現れなら、
それを観る人々は物理的な意味の観るのみならず、
"こころで感じる"という意味で作品を観るのだろうと感じた。
自分の心の一番深いところで観るというか?
アートは心揺すられるものというが、まさにこのことなのだろうと思った。
最近たまたまラジオで、あるジャズピアニストが、
色を塗りながら作曲するという話を聞いて面白いと思ったが、
アートが心で感じるものなら、
色を塗ることや(美術的・視覚的)、曲を作ること(音楽的・聴覚的)は、
物理的には違う行為だけれど、無意識の領域ではそれらは溶け合っているのかなとイメージした。
そう、イメージ・・・。
白鳥さんは言葉でアートを鑑賞して、イメージを膨らませているのだそう。
これって、前に聞いた現代音楽の話と似ている…!!
演奏者の話だったけれど、鑑賞者もそうなのか。
対話型アート鑑賞、機会があれば参加したいなと思った。
盛りだくさんなインプットだった!
今回の旅を通じて、
noteの継続以外にもう一つ、かたちにしたいことができた。
まだふわふわしているけれど、、。
アート(テキスタイル、映画、世界観)や福祉(幸せ、制度)とか
ダンスとがまちが舞台とかもりだくさんで困った…。
自分も社会も幸せになれるようがんばりたいな!
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