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なぜドイツ人は「バイエルピアノ教則本」を使わないのか

最初に断っておくと、私はドイツで長年ピアノ教師として働いて、教えた生徒数もかなり多いと思う。だが、私の生徒さん家庭は特に音楽に力をいれているわけではないし、生徒自身もピアノにはあまり熱心ではなかった。

なので、ここで書く私の意見は、ドイツで音楽を教えている方に「そんなことはない」と反論されるかもしれない。

が、これもまたドイツの一般庶民の音楽に対する、ピアノに対する姿勢の本当の姿の一つだと思う。

この国の人はその階級や属する社会によって、また「出来る子」と「才能のない子」ではかなり違うのだと感じる。

だったら先ほどあげた「一般庶民」とはなんぞや?ということになるが。

バイエルを知らない人たち

日本で、少なくともピアノを習ったことのある人なら(もしかするとある一定の年代以上、という事があるかもしれないが)バイエルピアノ教則本の存在を知らない人はいないと思う。

私がまだ日本で「音楽教育」を勉強していた時に、すでに「あのバイエルは本国ドイツではすでに使われていない。バイエルは役に立たない教本だ」という意見を聞いた。

バイエルが教本として優れているかどうかは別として、ドイツでは使われていないのは確かだ。

バイエルというピアノ教則本があるということを知っている人に、私はドイツでお目にかかった事がない。(ピアノ関係者には尋ねた事がない)

ドイツのアマゾンで「バイエルピアノ教則本」を検索すると出てくるし、良いと評価しているレビューもある。

だが、私は他の先生や音楽教室でピアノを習っていた事がある生徒を引き継いで教えたことも多いのだが、その生徒が最初に使った教本にバイエルがあったことはない。

唯一、親が子供の時にピアノを習っていた、という生徒の家にバイエルがあったのを見た事はある。

おそらく今から40〜45年くらい前に、その家庭のお母さんが子供の頃に使ったであろうバイエル教本。それが本棚の片隅で眠っていた。

どうしてドイツではバイエルは使われないのか?

ピアノ教本といえばバイエルと言われるほど日本では馴染みのある有名なピアノ教則本のバイエル。

なのにドイツでは無名で使われていないのはなぜなのか?

私のドイツ人生徒を教えた経験からいうと

  • バイエルの進度が速い

  • バイエルの曲は古めかしい

これが理由だと思う。

特に「教則本の進度が速い」だ。こう書くと「え?」と思う方もいらっしゃることだろう。

ごく普通のドイツ人の子供にピアノを教えているとわかる。ピアノの上達がいかに遅いかを。

おかげでピアノを高校生になって始めたこの私でもピアノ教師という仕事が務まったのだ。

ピアノがなかなか上達しないわけ

この情報社会では40年前とは違って、今やヨーロッパの人々に憧れや優秀さを求める人はいなくなったと思うが(などと書こうものならドイツ人から叱られそうだ)

はっきり言おう。(少なくとも今の)ドイツ人にはピアノは向いていない。
いや、一点だけある。羨ましい点がある。それは多くの日本人よりドイツ人の方が手が大きい、筋肉が強いということだ。

大人の生徒さんになると、オクターブ以上、10度くらいを楽々と掴める手の持ち主が多く、手が小さい私は羨ましくなる。

しかも力強い。あの鍵盤を楽々と押して、無理せずに音を出せる。

だが、毎日コツコツと練習をしなくては上達しないピアノだ。このコツコツと練習する、ということが出来る生徒がこの国に一体どれだけいるのだ?

しかも「この曲を練習しなさい」と言われて、その曲が自分の好みに合わなくてもちゃんと練習する気がある子が一体どれだけいるのだ?

一説ではドイツでは1960年代に「褒めて伸ばそう」という教育が主流となり、親や教師が子供を叱らなくなった。その叱られずに育った世代が親となり、自分の子供を甘やかしているからだと言われている。

日本でも、今やピアノ教室で生徒を叱ろうものなら、親から苦情が来たり、生徒がさっさとやめてしまう、ということを耳にした。

だが、おそらくドイツは日本の今の現状の10倍は酷いのではなかろうか?

古典的な曲は嫌いな子が多い

コツコツと先生に言われた通りに練習する、というピアノ初心者に大事な事ができない子が多い上に、バイエルに載っているような曲が嫌いという人が圧倒的に多い。

嫌いな曲、聞いたことのない曲は練習しない。

私が生徒に与えている教本はアメリカ発の「バスティンピアノ教本」(ドイツではあまり知られていないが入手はドイツでも簡単)

バスティンシリーズをつかっているピアノ教室を私はドイツでは知らないのだが、この本をつかっていると生徒の親から「いい曲が多いですね。楽しそう」と言われる事がある。

最近はドイツ人の書いたこの教本をメインに使っている。(著者は1955年ドイツ生まれ)

たまにドイツらしい(?)曲が出てくると、生徒が乗り気にならない…が、ドイツでは珍しく体系的で、ドイツ民謡などもあって教えやすい。
1巻目はほぼ1度に片手だけ。両手を一緒に使えるようになるまで時間のかかる子が多い気がする。

他に、ドイツの音楽学校(音楽教室のようなもの)でよく使われているテキストの一つにこれがある。こちらは少々古い。

最近はロシアからの移民がピアノ教師として活躍しているケースも多いからか、この教本を使う教師も多いらしい。(これについていける生徒は結構優秀だと思う)

最後の「ロシアピアノ教本」(とでも訳しておこう)は古今の名曲に溢れている。ソナチネアルバムにある曲も(2巻目)入っている。

が、ここに挙げた他の教本だと3冊くらいすませても(どれも薄い教本)ブルグミューラーですら無理かも、と言ったレベルで、曲は割とモダンだ。

本にはイラストも多い。

こんなピアノ教則本でないと「ついてこれない」「練習しない」になるのだよ。

だからバイエルピアノ教則本は使われなくなったのではないか、と思いながら、今日も「先生、今週はテストがあって練習できませんでした」と言い訳に頑張る(おまけに親も同意する)生徒の相手をするのだ。

バイエルを使えるわけ、ないじゃん(これは私の愚痴も混じっている)

バイエルといえば、これは少々古い本だけど、面白かった。

バイエルの教本はあれほど有名にもかかわらず、著者のバイエルについては ほとんど知られていない、と著者がバイエルと言う人物について調べる、その過程が大変興味深く書かれている。

著者はドイツまでやってきて、もはや冒険談。

と、この本のリンクを貼ろうとアマゾンで調べていたら「バイエルの謎」の著者と2人で書かれた本があった。

こうやってバイエルの研究をする人が存在するあたり、やはり日本ではバイエルは有名なのだ、今でも。

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