NHK朝ドラ『虎に翼』に、胸ざわつく
いつもタイムリーに見ることができない朝ドラ。
週末にまとめて一気に2週分の放送を見ました。
見ていてしばらくすると…なぜだか胸がざわざわ。
どうしてこんなにざわざわするのか、理由が分かったので少し書いてみようと思います。
私は小学2年生の時、将来「小学校の先生になりたい」そう思っていました。母にそのことを伝えると、「だったら、いっぱいお勉強しないといけないね」と言われ、勧められるまま中学受験をしました。
受験には無事合格し、私は中学から私立の女子校に通うことになりました。
そこは女子短期大学がある私立大学付属の中高一貫校でした。
高校1年生の後半になり、高校2年から進路別にクラス分けをするというので、自分の将来の夢と向き合う時が来ました。
私の「小学校の先生になりたい」という夢は、「中学の数学の先生になりたい」になっていました。
小学校の先生はピアノを弾けないとなれないと聞き、ピアノが弾けない私は、ならば「中学の先生がいい、好きな数学を教えたい」そう考えるようになっていました。
母に「中学の数学の先生になりたいから、理系の四年制大学に行きたい」と伝えました。すると、意外な答えが返ってきました。
「なんで、四年制の大学なんて行くの? 短期大学でいいじゃない、女の子なんだし。女の子が勉強して四年制の大学なんて行ったら、いいことないわよ、ましてや理系なんて」と。
「はて?」
私は母の言っている意味が分かりませんでした。
トラちゃんこと、主人公・猪爪 寅子(伊藤 沙莉)の「はて?」の言葉を聞いて、胸がざわついたのは、この瞬間を思い出したから。
「夢を叶えたいなら」と中学受験を勧めてくれた母の言葉とは、到底思えませんでした。
当時、私が通っていた女子校は、8割の人がそのまま付属の女子短期大学に進学していました。
なぜ、応援してくれないのか、悲しい気持ちになりました。
そして、初めて母に私は反抗しました。
トラちゃんの親友・米谷 花江(森田 望智)ちゃんが言うような「したたか」にはできず、真っ向勝負です。
「じゃ、学校で一番の成績を取ったら、私の好きにさせてほしい。」
それまで一番は取ったことが無かったので、必死に勉強しました。夢を叶えたかったから、というより、悔しかったからかもしれません。
全8クラスの学年トップを取り、希望の道に進むことができました。母は約束は守ってくれましたが、納得はしていなかったようです。
そして、高校を卒業して晴れて理系の四年制大学に私は進学しました。
『虎に翼』の時代背景は1931年(昭和6年)、トラちゃん17歳から物語がスタートしています。トラちゃんたち、女性活躍のパイオニアとなった先輩の皆さんが、今の道を切り開いてくださいました。
けれど、1980年代半ば(今から約40年前)の、私が高校生の頃でも、まだまだ女性が勉強することに賛成しない風潮は社会に残っていたのだなぁと思います。
大学生になり合コンなどで、「何学部?」と聞かれて「工学部」と答えるとあからさまに嫌な顔をされたことは一度や二度ではありませんでした。学部を聞いて態度を変える男性に「はて?」と何度も思いました(笑)
就職活動の際には、女性というだけで書類すら見てもらえない企業もありました。ここでも「はて?」でした。
「婚姻状態にある女性は無能力者」という言葉に憤りを感じたトラちゃんの時代から約100年経った今、女性の社会進出は進みました。
それでもまだ十分とは言えない気がしています。
ドラマのこの先、トラちゃんたちの活躍を見るのがとても楽しみです。
今この現代においても、共感し、勇気をもらえるシーンがでてくるのではないか、とそんな期待を抱きながら。
胸のざわざわも楽しみながら。
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