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『星に願いを』 第五話 ──七つ村に関する二つの手記と一つの付記と極秘文書三一九号──
あの日。
あの朝に戻りましょう。
肌寒い早朝。
ハルヤさまは小書庫にお見えになりませんでした。
時間に正確な方でしたから、きっと何か事情があると思い、元々は一人でやるはずでしたし気にせずに作業を進めていたのですが、やはり雑多な、分類の分かりにくいものが多くて。
判断できず、ハルヤさまを呼ぶべきかどうか私は悩んでいました。
いずれにしても朝食の時間が迫っていました。遅刻してはまた叱られてしまいます。
少し早めに切り上げた方が良いだろうと思い、片付け始めると、ふと目にした冊子。あとで修繕に出すようにとハルヤさまが取り分けていたあの子供の日記。
いにしえの文字でも簡単なかな文字ならば私も少しは読めるのです。つい、手を出してしまいました。
はちがつにじゅうごにち
あついからおとうさんとおかあさんとおとうととみんなではやおきして・・・にいきました。
なつやすみもあと・・しです。
らいねんは・・にいきたいです。
複雑な文字(カンジ?)がいくつかあって読めないなあ。
なつやすみってなんだろう。ああ、きっと夏のお休みのことだ。
みんなでどこに行ったのかな。暑いから行くところ? 水辺の民、四つ村は涼しいって、確か兄さんが言ってたな。その先はね、寒いくらいだよって。
それからお父さんとお母さん。小さな弟さんかな。いいな。
家族で出かけるってどんな感じなんだろう? 楽しいのかな。きっと楽しいんだろうな。
それから。えーと。
ああ。辞書があったらいいのに。
その瞬間。急に肩に痛みを感じました。驚いて顔を上げると、見知らぬ女の人が私の肩を掴んでこちらを覗き込んでいました。
「カナエか?」
その人はとても背が高くとても日に焼けた肌をしていて。司書部で見かけたことがない人でした。
「カナエか? 違うのか? 耳が聞こえないのか?」
その人がぎゅっと強く肩を掴むので、痛いなあと思いました。
「おい。なんとか言ったらどうだ。」
「あの。耳は聞こえます。」
「そうじゃない。カナエなのか? 見習い生の? 違うのか?」
「はい。あ。いえ。カナエです。見習い生です。」
「そうか。」
そう言うとようやくその人は私の肩から手を離してくれました。
「きつい言い方をしてすまない。だが三回も呼んだのだ。それなのに全く気が付かないのだからな。」
「すみません。つい。本を読むと夢中になってしまって。」
その人は大きくため息をつきました。
「まあ、いい。悪いが今すぐ私と一緒に来てもらいたい。」
「え? どこへですか?」
「詳しい話は途中で話す。すぐに出よう。」
「でも。まだテイレの途中で。いえ。本を読んでしまっていましたけど。でもそろそろ朝ごはんに行かなくちゃ。」
知らない人。よくわからない指示。私は戸惑いました。
「いやすぐに行こう。局長から頼まれたんだ。」
局長が? でも。
「でもハルヤさまにもお話しないと。」
「ハルヤ? ハルヤとはあの少女のことか?」
少女? 確かにハルヤさまはこの大きな人から見たら少女に見えるかもしれません。
「あの司書補だろう? 大丈夫。彼女も知っている。お前の荷物は彼女が準備してくれたんだ。」
「荷物? でも。どこへ行くのですか?」
「いいから早く。急ぐのだ。」
その人はよく見ると旅の服装をしていました。フードの付いた長い外套に大きな荷物を背負って。
いえこれは。
ようやく私は気が付きました。この人は探索者だ。きっとそうだ。ではもしかして。行く先は村の外?
「では片付けます。少し待ってください。」
どういうことだろう。村の外へ? なぜ私が? 司書部の見習いの私が?
私はこれまで村から出たことなどありません。それなのになぜ?
もしかして今朝、ハルヤさまがいらっしゃらなかったのは? この人と関係のあることなのでしょうか?
私は訳がわからないまま、作業中であちこち開いたままだった本を仕舞おうと手に取りました。
「それはいい。」
とその人が遮ります。
「いけません。」
書物の保護が私たち司書の使命なのです(まだ見習いですが)。本を開いたまま置きっぱなしにして、傷めてしまったら大変です。
「いいから。行くよ。」
しかし。私は腕を掴まれ、無理やり書庫の外に出されてしまいました。
七つ村、森の村はその名のとおり、周りを大きな木々に囲まれ、まるで村自体が巨大な森のような村でした。大きな山の麓の森です。その人は森を抜け、さらに山の方へと私を促します。その人の切迫した態度に抗えず、理由も説明されないまま、私は生まれて初めて村の外へ出ることになりました。
これでいいのだろうか。局長の指示だというけれど。この人は信用できるのだろうか。このままじゃまた朝ごはんに遅れてしまう。叱られてしまう。どうしよう。
「悪いがなるべく早く行くようにとななつさまに言われているんだ。なんとかついてきてくれ。」
ななつさまが?
ななつさまがおっしゃるなら、私はそれに従うしかありません。でも外套を渡されたものの、私には外に出る支度も心の準備もできていない。何も持っていないのに。
その時、前を歩く人の背に大きな荷と小さな荷と、他にも色々と担がれているのに気が付きました。そこにおそらく私の分もあるのでしょう。彼女は二人分の荷を背負ってくださっているのです。彼女は時々振り返り、私がついてきているかどうか確認し、こちらの遅れに気付くと何も言わず待っていてくださる。それから時々、私の様子を見て、少し歩調を緩め、私を気遣ってくださる。
これは拉致ではないのだ。私はむしろ保護されているのかのしれない。そう感じて、次第に私は、争う気持ちが消えていきました。
それにもう一つ気づいたこと。彼女はずっと険しい表情のまま必死に歩いている。この人は何か切迫したものを感じて動いている。
私はいつの間にか、ただこの人のために、遅れないようにと思い始めていました。 (2,391字)
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