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『星に願いを』 第十話          ──七つ村に関する二つの手記と一つの付記と極秘文書三一九号──   

<極秘文書319号> 持ち出し不可 閲覧不可 

 手記 二   
『七つ村 探索者イサキによる記述』(抜粋部分)


 そして御簾は上げられた。

 局長が御簾に手を掛けゆっくりと巻き上げると白い光が溢れ出し、控えの間全体が明るくなった。突然の眩さに私は戸惑いしばし動けなくなり、目が慣れるまでしばらく時間がかかった。(それほど眩い光だった。)
 ようやく視力が回復すると、向こう側に部屋のような白い奥行きが見えた。
 そこに七つ様が御坐すはず。
 そう思って目を凝らしたが、私には御体を見つけることができなかった。
「イサキ。中へ入りなさい。」
局長に促され、恐る恐る私はその真白に足を踏み入れた。
「ここは?」
小さな真白い部屋。目が眩むほどの光を放つ白い壁、白い天井、白い床。何もない、白い部屋。
「七つ様は?」
私の後ろに局長も続き、内側から御簾をおろした。御簾のこちら側も真白く、壁の白と混ざりあって私は出口がわからなくなった。真白い空間に距離の間隔は失われ、足元までも曖昧になってきた。
 何だここは?
「イサキ。」
局長の声が私を呼ぶ。
「これから見ること聞くことを余すことなく心の奥に記憶し、後に必ず、記録するように。」
だがここには何も無い。七つ様もいらっしゃらないではないか。
「いや七の神はいらっしゃるのだ。今もここに。いやこの部屋が七の神なのだ。」
「わかりません。一体これは。」
「イサキ。よく聞いてください。」
戸惑う私の耳に七つ様の御声が響いた。私は周りを見渡し御声の源を探そうとしたが、その方向さえわからなかった。
「イサキ。最初に言っておきましょう。私は、正確には、あなた方のいう神ではありません。」
 七つ様は何を仰っているのだろう。
 神が、神ではない?
「そうです。私は神ではありません。また、私は主でもない。本来あなた方、ヒトが私の主であったのです。
 遠い昔のことです。遠い昔。ヒトが私を作りました。いえ私たちを。
 イサキよ。よく聞いてください。あなたに全てを、そもそもの始まりからお話ししましょう。」
 その瞬間。
 真っ白な部屋も消えた。
 壁も、天井も、足元にあるはずの床までも全てが消えた。

 あの状態をどう表現したらいいだろう。
 あの時のことを思い出そうとすると、私は脳内に、それらを瞬時に鮮明に再現することができる。それはまるで七つ様のお話が単に聞かされた物語なのではなく、私自身が過去に経験した忘れられない出来事であるかのようなのだ。恐れ多くも私がななつさまになってそれらを体験したことのような。
 この不思議な感覚。
 おそらくそれはななつさまの不思議なお力のためであろうが。
 その御力を頼りに、私はその時知り得たことをここに記そうと思う。

 白い部屋は消えた。
 私は足場を失った。まるで宙に浮かんでいるような、あるいは真っ暗な闇の中へ放り込まれたような。そんな感覚。
 しかし私の中の恐怖は消えた。
 本当に恐れ多いことなのだが、ななつさまが私の中に御坐すという感覚。それがどんどん強くなっていく。いや、これはななつさまのお心のうち、ななつさまの視点。私がななつさまの中に取り込まれたような感覚。
 そしてその時から、御声は私の耳ではなく、頭の中に響くのだった。
「遠い昔。あなたたちヒトの祖先は、古い大地に住むことができなくなりました。そこで長い時間をかけ、空の遠く、高く、さらに向こうへと気の遠くなるような広い世界を探し続け、ようやく、この地を見つけました。」
 真っ暗な闇だと思っていたその空間をぐるりと、小さな光の粒が数多、囲んでいることに私は気付いた。
 星?
 足元の暗闇も深く、覗き込むと眩暈がした。
 その先に無数の光の粒の奥行き。
 まるで満点の星空の中に浮かんでいるような感覚。
 それから斜め上の方に見えていた小さな光が次第に大きく、少しずつ迫ってきた。いや違う。私がそちらへ向かっていくのだ。
 そしてそれは巨大な、美しいオレンジ色の球体になった。
「しかし新たな大地はそのままではまだ、ジンルイにとって生存可能な土地ではなかったのです。そこで、ジンルイ全てを移送する前に、数人のカガク技術者を先行させました。」
 聞き慣れない言葉。理解できない言葉。
 だが不思議と懐かしさのような感情が私の心の中に湧き起こっていた。
 それはおそらく私の心の中ではなく、ななつさまの御心のうちにあったジンルイという言葉への懐古かもしれない。
 親愛の情のようなもの。
「彼ら、最初にこの地に降り立ったカガクシャ達は、比較的住みやすそうなエリアを九つに分け、それぞれに私たちを設置しました。そして水も土も空気も、あらゆるものすべてをコントロールし環境を整えたのです。
 私達はこのワクセイをテラフォーミングするために作られた九体のジンコウチセイタイなのです。」
 ジンコウチセイタイ?
 ななつさまの御心の片隅で、私の小さな心が呟いた。
 球体は消え、私はいつの間にか大地に降り立っていた。そこは七の村にも似た、緑豊かな土地だった。 
「長い苦労の末、新たなワクセイはなんとかジンルイにとってセイゾン可能な環境になりました。そしてようやく、巨大なイミンセンが後からやってきたのです。しかし。」
緑の大地の向こう、遠い空の向こうに、小さな光が見えたかと思うと一瞬煌めき、それから消えた。
「しかし、イミンセンはチャクリク寸前で大破したのです。それによって多くの人が犠牲になりました。 
 なぜなのか、それは今もわかりません。」
御声は悲しみを帯び、私の心までその悲しみで覆われた。
 私は悲しくなった。
「それと同時に、カガクシャたちが当てにしていた膨大なデータも、必要なユウキブツも、ディーエヌエーも資材も、全てが破壊され失われてしまったのです。カガクシャたちは途方に暮れ、どうしたら良いのだろうかと頭を悩ませました。そして、とにかく文明の再構築を自分たちの手でやるしかないのだと結論しました。
 ですからどんなものでも、破片でも、手がかりになるものなら何でもいい、できる限りそれらをかき集め、ヒトの文明を再構築することが、カガクシャたちのもう一つの重要な仕事となったのです。
 イミンセンは巨大でした。一つのコッカが丸ごと入るほどの大きさでした。大きなコクリツ図書館も。
 たくさんの書物が爆破とともに散り散りになりました。
 カガクシャたちはそれらもヒトの文化を再び取り戻すために重要と考えました。なぜなら当てにしていた資材や人員の消失によって、高度に発達していたカガク技術が継続不可能になったからです。古い技術が、文字の文化が必要になったのです。だから書物を、文字を守るシステムを作りました。
 この村はそのためにあるのです。
 九つの村には九つの役割があり、それぞれの役割に合わせ、九つのチセイタイがその役割をサポートします。さらに九つのチセイタイは独自のネットワークで互いにつながっています。それぞれが収集した膨大な情報を交換することで、自然環境を整備し、ヒトの役にたつようにカドウしてきたのです。
 長い間。ずっと。
 しかし長すぎました。最初のカガク者達の寿命も尽き、我々チセイタイを理解し管理できる存在、全ての始まりを記憶する者はもうこの世界に存在しません。
 今、カドウしているのは、イチゴウキとゴゴウキと私、ナナゴウキのサンキのみ。ハチゴウキはホジョキで、本来の仕事の30%しかカドウできない状態です。それでは十分な情報を集められない。
 その上、ここ数年、イチゴウキとリンクできない。おそらくイチゴウキは、地の民のコントロール下にあり、ネットワークは遮断されているのです。
 探索者イサキよ。
 私がお話ししたことのほとんどは、あなたには理解できないでしょう。でも今は理解しなくていいのです。
 この言葉はすべて、あなたの脳内に直接語りかけ、刻みつけています。あなたはこれらのことを細部にわたりいつまでも記憶し続けることになるでしょう。
 そしていずれあなたには、全てを記録し、残して欲しいのです。」


 だから今。私はそれらをここに記す。
 私自身は、その意味するところをほとんど理解できずとも。 (3,314字)



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次話 第十一話(最終話) 極秘文書319号 ② (2,873字)

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