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ある日の思い出

 いい嫁になろうと、頑張りすぎたのだ。誰に頼まれたわけでもないのに。

 義父母が食べてくれそうなご飯を作る。『お腹がいっぱいだから』と、ほとんど口をつけずにそのまま生ゴミになる。お腹いっぱいだからと言ったばかりなのに、子供たちの目の前で、チョコレートをぽりぽり齧る。

 ご飯を作るより、掃除をするのが好きな義母。わたしと正反対なのだ。ある日、こんなことを言われた。「あなたは、どうしてそんなに毎日ご飯を作るの?キッチンが汚れてしょうがない。冷凍食品とか、缶詰とかでもいいのよ。彼はそれでもあんなに大きくなった」そう、未だに好き嫌いの多い夫の身長は180センチ以上もある。
 「どうしていつも家が汚いの?」義母が顔をしかめながらいう。わたしは義母の視線の先をいつも追って、慌てて雑巾で拭くようになる。
 パスタなら食べるかな?と作ったトマトとベーコンのパスタを、義父は一瞥するなり「食べたことないから、食べない」と一口も食べない。

 子供はまだ小さく手がかかり、汚れた手でそこらじゅうを触る。腹が減れば泣き、暑いと言って泣き、眠りたいのに眠れないと泣く。その都度、義母は眉間をひそめ、ため息をつく。わたしは慌てて子供を抱いて、外に行きゆすり、子をなだめ心の底で泣いている。

 わたしは義父母が我が家に滞在する間、いつも気を張っていた。常に頭にあるのは、義父母が食べてくれそうなご飯のこと。子供が騒がないように。家の掃除。義母の遺産問題がこじれ、数週間の滞在予定はいつも伸びに伸び、いつも数ヶ月に及んだ。あと1週間、もう2週間と、少しずつ伸びるのだ。

 こんなこともあった。
 義母の兄弟、総勢6名がなぜか我が家に集まる。還暦を過ぎた兄弟姉妹が、罵り合い、怒鳴り、泣き、喚き、わたしと小さな息子の目の前で胸ぐらを掴んで取っ組み合いの喧嘩をする。わたしが入れたジュースは誰も手をつけず、振り払われた手にあたり、派手な音を立て割れた。わたしは這いつくばって、割れたガラスのかけらを集め、さっきまでジュースだったものを拭き、捨てる。頭上ではそんなわたしなんか目に入らない兄弟姉妹が罵り合っている。何度拭いても、床はいつまでもベタベタしている。

 あぁ、こんなこともあった。息子の2歳の誕生日。久しぶりに親戚が手に手にプレゼントを持ち、にこやかな笑顔で集まる。2歳になった息子は、ものすごく可愛い。誕生日ケーキに灯った2本の蝋燭。ハッピーバースデーと歌い、それを頑張って吹き消す息子の周囲に、親戚はいない。それぞれ、小さな塊になって、あちらこちらで罵り合っているのだ。わたしが命をかけて生んで育てた息子の、一度しかない大切な2歳の誕生日の思い出。やっと蝋燭が吹き消された時、息子は自分で手を叩いて喜んだ。

 …まず、なんだか胸がドキドキするな、と思った。続いて、眠れなくなる。眠ったと思ったら、夜中、ハッと目が覚め、呼吸ができずに苦しくて部屋を飛び出す。そのまま死んでしまうんじゃないか、と焦る。深呼吸して、大丈夫大丈夫と念仏のように自分に言い聞かせる。身体が汗でぐっしょり濡れている。鶏が鳴いている。やけに大きく波の音が響く。静かにチラチラと星が瞬いている。野犬の遠吠え。裸足の足に雑草が刺さる。虫の声。さっきまでのざらざらとした不安が少しずつ遠ざかっているのが分かる。自分で自分の体を抱きしめる。大丈夫、大丈夫。何が大丈夫なのかわからないけど、おまじないのように言い聞かせる。落ち着いてくると、そっと部屋に戻り、夫を起こさないよう注意深くベットに入り、また眠った。

 2度目の眠りは深く、しかしその発作が出ると、翌日酷く疲れてしまう。気のせいだと思おうとした。散歩をする。海でたっぷり泳ぐ。ヨガをする。でも、発作は酷くなり、週に何回か襲ってきた。あまりにリアルな恐怖で、わたしは眠るのが怖くなる。

 夫婦の溝は深まり続けていた。

 わたしのしんどさをどんなに訴えても、夫には届かなかった。彼にとっては大好きな優しいママで、わたしが彼に訴える苦痛は常に、「君がおかしい」で終わった。家族なんだから、料理作るのは当たり前。…でも、料理作るのはわたしだけ。家族なんだから、好きなだけ我が家に滞在するのは当たり前。わたしがおかしい。そう、わたしはおかしい。義父母の喜ぶ料理が作れなくて、フランス語もうまく喋れなくて、掃除が下手で、夫や義理家族の前でニコニコできないわたしは、そう、おかしい。
 外国でただの専業主婦の外国人のわたしは、出て行く場所もない。仕事もない。

 セラピストの元に通うようになった。精神科医に処方されたのは、睡眠薬と抗不安薬。薬はわたしの不安を一時的に取り去ったけど、そんなわたしを見て、夫は「ゾンビみたい」と言った。

 セラピストに、義母に伝えるフランス語を教えてもらう。「本当はあなたの旦那が言うべきだけど、できそうもないから。いい?『ここは、わたしの家です。もうあなたの面倒を見ることはできません。違う場所に滞在してください。』」何度も練習した。口に出すたびに、胸がドキドキした。

 再び義母が我が家にやってきた。夫が子供を学校まで送り、二人きりになった時、勇気を絞って、先生に教わった言葉をいう。「ここは、わたしの家です。もうあなたの面倒を見ることはできません。違う場所に滞在してください。」
 しばしの沈黙。
 あれ、間違えたかな。発音悪かった?と思ったその瞬間、義母は猛然とトイレに駆け込み、ものすごい音でドアを閉めると、獣のような声で何度か叫び、ドアを叩き、叫び、何かを引きちぎり、折り、再び叫び、ドアが勢いよく開いたかと思うと、彼女が使う客間まで今まで見たこともない速さで駆け抜け、客間に引きこもった。すぐに響くスカイプの呑気な呼び出し音。また違う人に繋ぐ。何度も、何度も。世界中の彼女の友人、知人、親戚にわたしの悪口を伝えているのだろう。

 一方、わたしは驚くと同時にすっきりしていた。なんて子供っぽい、つまらない人間なのだろう。彼女を恐れていた自分も馬鹿馬鹿しい。彼女が暴れたトイレを見たら、トイレットペーパーがぐしゃぐしゃに敷き詰められ、シャワーカーテンが引きちぎられ、トイレブラシが真っ二つに折れていた。
 夕方になるまで、彼女は客間に籠城し、わたしもトイレをそのままにしておいた。夫が帰ってきた。出迎えたわたしが「見て、あなたのお母さんがやったの」と、トイレを見せると、夫は今まで見たことのない顔をした。

 遠い、他人よりももっと遠い、わたしを心底軽蔑する顔。
 そして静かな声でこう言った。「お母さんから全部聞いた。君が全部やったんだってね」
 夫はわたしのいうことを何も信じてくれなかった。
 夫の心のドアがバタンと閉まった。

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