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タヒチの海

 タヒチには海と山と鶏しかない。
 
 私は海で泳ぐのが好きだった。
 一番お気に入りの泳ぐポイントは、車で20分ほど行ったところにある公園のビーチ。砂浜が広がっているわけではないから、あまり人気はない。その分すいている。
 泳ぐのは良い。シュノーケル、長い足ひれをつけて、ゆっくり海水に浸かる。
 砂浜でどんなに子どもたちが騒いでいても、海のなかは静かだ。
 自分の心臓の音、口に咥えたチューブを通じゆっくり呼吸し、海水と自分が一体になっていくのを感じる。

 普段友達もいなく、自分を透明人間のようだと感じていた私も、水の中に入ると、自分がここにいると信じられた。
 カラフルな魚たちが、私に気づいてサッとよける。呼吸しようと、ウミガメがゆっくり上がってくる。長いしっぽのマダラトビエイが、何匹も群れになって、鳥のように優雅に舞う。
 黄色に黒い縞模様の魚、マニニが、数百という大群で突然目の前に現れる。泳ぎの下手なフグが、私に気づいて振り向き、また泳ぎ出し、けれど私にまた振り向き、逃げる。巨大な珊瑚の影に、じっと佇む真っ赤な魚。水中深くに横たわる、あれはネムリブカか。夕方だけ、水中に軍艦のように浮かぶ、1メートル近くある巨大なフグの群れ。光の関係で透明に見える。
 海は良い。私のストレスもモヤモヤも、イライラも全て洗い流してくれる。  海の中でだけ、私は孤独じゃなかった。

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