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冬を探して

 スキー旅行に行くことになった。
 スキーは苦手なのであまり行きたくはなかったが、誘ってくれた相手が好きな人だった。ふたりきりだと思っていたら、待ち合わせのバス停には私とその人のほかに、28人もいる。
 30人で一組のツアーだからね、とその人は言った。28人はその人の友達だけれど、私は誰一人として知らない人ばかりだ。結婚した相手とは血のつながりがないのに、その人と交わってできる子供とは血のつながりがある、という不思議さで私は28人を見た。みんな、どうみても私より十歳以上若い。これから雪の塊につっこむというのに、やおら薄いシャツを着て、コートのボタンもとめずに身体を見せびらかしている。冬はラジオから流れてくる音楽と同じで、消したりつけたりすることができると思っているのだろう。 
 
 スキー場につくと、私はリフトでてっぺんまで上った。好きな人が上ったのでついていったのだが、好きな人はすぐさまスキーで降りていってしまった。わざわざのぼったのにすぐさま降りてまたのぼっては降りる。
 降りることができない私は、しかたなく、山の上でもう二度とここから降りられないとしてどう生活していけばいいのかを考察することにした。
 ここには山小屋もレストランもある。土産物に生活用品にちいさなラジオまで売っている。私はラジオと缶ビールを買い、ポケットにしのばせておいたスルメをかじりながらビールを飲み、ラジオのイヤホンを耳につけた。イヤホンに飛び込んできたぴりぴりとした雑音が、耳をさす。
 これが冬なのかどうか、私にもわからない。ビールを三本飲んでするめをいつ飲み込むか考えていると、私の好きな人の28人の友達のうちの誰かが迎えに来てくれてリフトで帰った。

 スキー二日目になると私も少しは滑れるようになり、リフトでいちばん低いゾーンに行く。好きな人は高いところにいかず、私と一緒にいてくれた。私たちは売店でビールを買った。雪が反射してまぶしい。サングラスをとって雪目になるためにしばし焼いた。こうしておくと、下山したあと二週間は夜中でも明かりなしに本を読むことができる。ただし、眠るときには宇宙人がつけていたような黒いコンタクトレンズをつけないといけない。 

 寒さで唇がかじかむので、私は立て続けにビールを飲んだ。好きな人もビールを飲んでいる。私も飲む。好きな人も飲む。ちっとも話がすすまない。寒いですね、と言ってみた。すると、寒いかなという答え。スキーはいいですよね、と言うけれど、いいかなあ、と言う。肯定しているのか否定しているのか質問しているのかぜんぜんわからない。こんな不甲斐ない人だったかと悲しくなる。あるいは、私のことがあまり好きではないのかもしれない。
 
 ビールを飲み干すと、立ち上がって尻についた雪を払った。それから板をつけてすべりはじめた。好きな人がどうしたかは、振り返らなかったのでわからない。雪目のせいで目がちかちかするし、ビールの酔いでちっともスピードが出ない。
 車もスキーも自転車も、酔っていると時速が五センチくらいになってしまうのだから仕方がない。両目がまぶしすぎて涙がぼろぼろこぼれる。

 好きな人に気づいて欲しくて、大きな声を出して歌いながら滑ってみた。メロディは思い出せるが歌詞がわからないから、一番をらーらーらーで歌い、二番はりーりーで歌い、三番はるーで歌う。なかなか気持ちがよかったが、好きな人はいつまでも現れない。かわりに、28人がやってきてみんなで歌った。らーりーるー。
 
 下山したら、冬は終わっているだろう。


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