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どうしても行けない世界

 N君は怪談が好きで、本を読んだり怖いドラマを見たりするだけでは飽き足らない。

 N君自身は幽霊を見たり不思議な体験をしたことは一度もないが、親戚や友達に霊感の強い人間がいたり、心霊スポットに行ったとかそんな話を聞かされることがままある。N君がそんな話をすると、聞き上手な怪談語りたちは一様に驚いてくれて、あれこれと質問をしたり感想を述べたりもするのだが、それきりだ。
 
 どこかで自分の話を語ってくれたらいいのにと思うのだが、怪談つながりで仲良くなった友達に聞いても、N君の話を彼らが話しているのを聞いたことはないという。

「サービス精神で、驚いて見せただけで信じてなかったのさ」
 と、ふてくされるN君。
「いや、そんなことはないだろ。あの人らは自分の語りだけじゃなく、何千という怖い話を見聞きしているわけだろう。きっとNの話は類型的すぎるんだよ。やっぱりそれなりに変わっていて面白くないと」

 そんなものだろうか。確かにあったことなのに。
 友達の友達が出会った霊の話はもう尽きてしまった。それなら怪談語りたちの話を聞いて純粋に楽しんでいればいいだろうに、どうしても自分の話をしてほしいと思ってしまう。

 こうなったらもう、最後の手段しかない。
 自ら怖い話を作り出すのだとN君、ひとりで大学ノートを前にうなる。

 自分が思いつく限りの怖い要素をあれこれ書き出して、それをつなげたり少しずつずらしたりしてみるのだがどうにも話が広がらない。最初と真ん中がつながらず、オチも思いつかない。
 やっぱり、嘘の話じゃダメなのかとため息をつき、気分転換にとテレビをつけると、いかにも古そうな映画が流れていた。場面は昼間で、登場人物の女の人が焦った顔で町中を歩いている。周りには人がたくさんいるし、いったいどんな映画かわからないけど、なんとなく怖かった。いくら目を凝らしても、その昼日中の町が暗く見えたからだ。
 
 怖い話を考えていたから、こんなものでもそう見えるのかな。N君、テレビを消した。
 消してすぐに、いまの女優さんは誰かに似ていたと思った。そう、高校のときバイトしていた店の店長だ。お盆の時期だけ、一週間くらいだったかなほとんど話をせずに終わったが。今の女優さんについて検索してみようとスマホを手にしてみて、顔が思い出せないことに気がつく。
 そんなはずない。たった今、店長とそっくりだと思ったじゃないか。店長の顔はというと、こちらはありありと浮かんだ。大きな目が特徴的だったが、片方が一重でもう片方がくっきり二重。そのアンバランスな感じが人の良さを物語っていた。
 それなのに、たった今見た女優の顔が出てこない。N君、あわててテレビをもう一度つけたのだが、くだんの映画はもう終わっていた。
 ふいに、これを題材にすれば何か書けそうだと思う。
 N君、二人を登場人物にしてノートに思いついたことをずんずん書き進めた。二人の住んでいる町や部屋や服装や趣味や癖なんかを細かく書き込んでいたら、もはや、元の二人とはかけ離れたものができあがる。まあ、女優にたいしてはまるで覚えがないのだがそんなことは問題じゃない。
 この二人はもういるのだ。
 そして、二人がいる限りどんな日の照る日でも暗く見えてしまう町ができあがる。
 
 結局、N君物語を完成させることができなかった。書いているうちにだんだん怖くなってきたという。
 
「だってあの町も人も、僕のなかにしか存在しないんですよ。幽霊なんてそれに比べたら怖くもなんともないでしょう。一応存在はしているんだから。僕が有名な作家とか脚本家ならこれが映像になって、みんなで見ることができるんだろうけど、この物語はずっと僕の頭の中だけにある僕だけの世界なわけです。それなのに、僕自身もそこには行けないんです。それでいて、消すこともできないんです」

 と、N君はN君自身に向かっていつも語るのだった。
 


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