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小説:ゾンビ

登場人物のご紹介
僕(主人公):竹田 真一
妻:竹田 由美子
子供:竹田 健
会社の上司:阿部さん
警察:橘さん
万松寺の和尚:渡邉さん
※作中に出てくる団体名、地名などは現実のものとは一切関係ありません。

「ねぇ、真一、今日早く帰ってこれない?」
一日の業務を終え、定時までの時間を明日の予定でも確認しながらのんびりと過ごそうと思っていた矢先、妻からかかってきた電話を取った一声だ。その声音はやや恐怖を帯びているようにも聞こえた。いつもあっけらかんと陽気な性格の由美子にしては珍しい・・・何かあったのか?
「うん、今日の仕事は大体片付いたから今から会社を出ることはできるけど・・・どうした?何かあった?」
「ちょっと、私も正確には伝えられない。どうしていいかわからない。」
「そうか、わかった。じゃぁ今から帰るね。ちょっと待ってて。一回切るね。」
そう言うと僕はスマホの通話を切った。ひとまず阿部さんに少し早く帰る旨を伝えて帰るとするか。そう考えると、向かいのデスクで仕事をしている阿部さんに声をかけようとしたが、先手を取ってきたのは阿部さんの方だった
「どうした?トラブル?」
「いや、トラブルかどうかはよくわからないんですが、なんか早く帰ってきてほしいみたいで。。。今日ちょっと早く帰ってもいいですか?」
「そか、ビルドエラー出ない状態になってるなら今日のところコミットして、帰って大丈夫よ。夜中にジェンキンスがチェックしてくれるから。」
ということなので、さっそく今日の進捗分をコミットしてしまう。
「チェックイン・・・と。コミットしちゃったので、すみませんが、帰らせてもらいますね。」
「うぇい」
阿部さんの許可も出たので帰るとするか。

僕の職場は大須というところにある。万松寺というデジ寺(デジタルな寺)のちょうど裏側にある小さなオフィスで、Linuxをはじめとする組み込み開発を請け負っている。阿部さんは社長であり開発リーダーだ。
オフィスを出て、上前津の駅へと急ぎ足で向かう。定時よりも少し早いからかまだ人並みは少ない。自宅までは約30分、名城線と東山線を乗り継いで帰る。
本郷駅からまっすぐに自宅に帰ると、そこにゾンビがいた・・・

我が家はペンシルタイプの縦長3階建てになっていて、玄関の隣にリビングの窓があり、リビングの外には小さな庭がある。駐車場にするか土のままの庭にするかを選べたのだが、我が家では車に乗る人がいないので、土のままの庭にしたのだ。そこの庭に男性だったらしきゾンビがいて、リビングの中を覗き込んでいる。特に何をするでもないように覗き込んでいる。
「あの?」
思わず声をかけてしまった。が、ゾンビはピクリとも反応しない。ソロリソロリとゾンビの横を抜け、玄関のドアを開け、家の中に入る。その間もゾンビは微動だにしない。家の中に入ると由美子がいた。目が合うと由美子がしゃべり始めた。
「見た?」
「見た」
「いたよね?」
「いた」
どうやら夢でも幻でもなく、実在するゾンビらしい。ひとまずお互いにそこまで認識を共有できた。
「私、ゾンビってみたの初めてで、どうしていいかわからなくて。」
由美子が不安そうな顔でしゃべる。
「健にはアニメを見させてるから気づいてないみたいだけど。」
健とは僕と由美子の子供だ。健峰幼稚園に通う年長さんだ。2階からTVの音が聞こえてくる。どうやら頭がパンになっているヒーローのアニメを見ているらしい。
「そうか、わかった。僕もゾンビを見たのは初めてだけど、とりあえず、警察のゾンビ課に連絡すればいいと思う。」
そういうと、さっそく僕は110に電話を掛けた。

「こちら名東警察署です。どうかしましたか?」
「実は・・・家の前にゾンビが出まして。」
「ゾンビですか!??お怪我などはされていませんか?」
「はい、ピクリとも動かない感じでしたので、家族含めてケガなどしていません。」
「そうですか、それはよかった。それでは今からそちらへ向かいますね。住所をお伺いしていいでしょうか?」
「はい、名東区、本郷3丁目の・・・」
住所を伝えた。これで警察の人がすぐに来てくれるだろう。
「ちなみに、ゾンビは何体いますでしょうか?」
「庭に、1体だけだと思います。」
「1体ですね。ではすぐに伺います。怖いかもしれませんが、しばらくお待ちください。」
そういって電話は切れた。

電話が切れるとのほぼ同時に、アニメのエンディング曲が聞こえてきた。健は一緒にエンディング曲を歌っている。ご満悦だ。
ゾンビさえいなければ幸せな夕方なのに・・・
アニメのエンディング曲を一曲歌い終えると、健が2階から降りてきた。
「おかさん、おなかすいたー。ご飯まだ?」
健が階段を下りきって、リビングに入ってくると、庭にいたゾンビが健の方を見た。今まで微動だにしなかったのに!ゾンビの目が怪しく赤く光る。
健の方もゾンビと目が合ってしまったようで、微動だにしない。恐怖で体がすくんでしまっているようだ。気づいた由美子が健に近づき抱きかかえる。
「大丈夫だよ。警察に連絡したから、すぐにゾンビないないだよ。」
いうと、健は若干顔を引きつらせながら頭を縦に振った。
ゾンビのほうはというと、先ほどとはうって変わってグリングリンと首を回しながら動いている。健の方に向かって来ようとているようだが、リビングの窓ガラスが邪魔で近づけない。ガラス越しなので声は聞こえないが「あー」とか「うー」とか言ってる感じだ。

はじめて目の当たりにするゾンビに気を取られてしまい、時間がどれくらいたったのか気づかなかったが、外から声が聞こえた。
「竹田さーん、警察です。ゾンビの件できました。こちらの庭のゾンビですよね?」
どうやら、警察の方が来てくれたらしい。窓が締まっているので聞こえるかどうかわからないが、大きな声で返事をしてみた。
「はい、そうですー。さっきまで全然動いてなかったんですが、急に動き出して。助けてくださーい。」
そういうと警察の人が返事をくれた。
「わかりました。とりあえずお札と真言で追い払っちゃいますね。」
そういって5秒ほどしたのち、外でまばゆいばかりの光が発生し、リビングからも見えた。と同時に
「オンコロコロセンダリマトーリソワカ。オンコロコロセンダリマトーリソワカ。オンコロコロセンダリマトーリソワカ。オオーウウンム」
といった真言が聞こえてきた。「ゾンビなのに薬師如来様の真言が効くのか?」とそんなことを考えていると、ゾンビは庭から離れ、北の方へ歩き出した。

「ひとまず安心かな?」と考えていると、ほっとした顔の警察の人が声をかけてきてくれた。
「大丈夫でしたか?竹田さん?自己紹介が遅れました。私名東警察署の橘というものです。」
というと警察手帳を出して見せてくれた。
「はい、おかげさまで助かりました。ありがとうございます。」
「よかったです。最近多いんですよね。ゾンビ被害。でも我々、基本的には人による犯罪なんかを取り締まる組織ですので、ゾンビは取り締まれないんですよね。今ですと追い払うのが精いっぱいで。早く法案が通るといいんですが。」
法案というのは、ゾンビに人権を与えるというものだ。人権を与えることで、人に危害を与えない良いゾンビを選定し、死ぬまで(既に死んでいる?)ゾンビを働かせることで、国内総生産増加に寄与させよう。というとんでも法案だ。人権を与えることで、警察でも取り締まれるようになるらしい。
「とりあえず、また同じゾンビが来る可能性があるので、お札だけ渡しておきますね。お札を天に掲げて、「エイヤー」って念じればゾンビに効きますので。もしゾンビがまた来たら使っちゃってください。」
そういうと、橘さんはお札を3枚渡してくれた。
その晩はそのあとゾンビが来ることもなく、家族で晩御飯を食べ、就寝した。

次の日朝目覚めて1階のリビングに行くと、窓の外にゾンビがいた。しかも2体。どうやら親子のようだ。着ている洋服や雰囲気が何となく似てる。うーんどうするか?多分会社には行けない(行く気分にならない)と思うので阿部さんに連絡を取る。
「あ、もしもし、阿部さん、竹田です。朝早くすみません。」
「おう、どうした?昨日大丈夫だった?」
「はい、大丈夫は大丈夫なんですが、家の庭にゾンビが来ちゃってて・・・」
「え?マジ?最近ゾンビ多いもんねー、大丈夫?」
「はい、ケガなんかはないんですが、このゾンビ、健を見るとなんか興奮するみたいで。家族だけおいてオフィスに行くってのはちょっと難しそうで。」
「ほいほい、了解。リモートでいいよ。時間あったら今日の分コード書いてチェックインしておいて。あと昨日のエラー、ジェンキンスが吐いてるんで、それもチェックしておいて。んじゃま、気を付けて。何かあったらまた連絡して。」
そういうと、阿部さんは電話を切ってしまった。か、軽い・・・ いつものことだけど。

というわけで今日は多少は時間が作れる。まずは朝ご飯を食べてしまおう。朝ごはんを作っていると、由美子と健が2階から降りてきた。
「おはにょー」
「おはよー」
いつもながら健の挨拶はかわいい。
「今日リモートでいいって言われたからさ、家で仕事する。」
「あ、それ助かる。ありがとう。」
「んで、ついでとは言っては何だけど、今、庭にゾンビいるじゃん?」
見て見ぬふりをしていた由美子の顔が引きつる。
「あ、やっぱいるよね。見間違いじゃないよね・・・」
「朝ごはん食べた後で、お札使ってみて、ゾンビがどこから来てるか確かめてみようと思ってるんだけど。」
「えー、マジで言ってる?ゾンビがワシャワシャいるようなところだったらやばくない?」
「そんな雰囲気があったら近づかないから大丈夫。どこから来てるかわかれば、もしかしたらなんでうちに来るのか?がわかるかもしれないし。」
「そっか、私はゾンビがいなくなったら健を幼稚園に連れて行くから、見てきても大丈夫、だと思う。」
ということで、なるべく庭の方を見ないようにして朝ごはんを食べてしまい、外に出る準備をする。

庭に出ると、ゾンビは固まっていた。健が視界に入ってないからかな?
そんなことを考えながら、お札を天に掲げ「エイヤー」と心の中で唱える。するとまばゆい光が発生し、ゾンビたちが一瞬「ビクッ」と動いた。
そのあとゾンビたちは北の方へと歩き出した。
家の南には比較的大きな国道が走っている。その国道は4車線なので、おそらくゾンビはそちらから来たのではないだろう。4車線の道路は青信号の間に渡りきることができないようなので、ゾンビは4車線の道路を超えて移動することはない。意外と賢い。
のそのそと北の方へ歩いていくゾンビの後をつけていく。と、
「お、おはようございます。」
若干引きつるような声であいさつをしてくる人がいた。健がお世話になっている健峰幼稚園の主任である高柳先生だ。
「前を歩いているのって、ゾンビですよね?朝からどうされたんですか?」
「いや、実はかくかくしかじかで。ゾンビがどこから来るかがわかれば、なんで私の家に来るのかわかるかな?と思って後をつけているんです。」
そういうと、高柳先生は若干あきれた感じの口調で言った。
「なるほど。確かに気になりますね。いや、気になるか??いずれにしても気を付けてくださいね。」
とアドバイスをしてくれた後、幼稚園の方へと歩いて行った。
会話をしている間に、ゾンビは50mほど先に行ってしまった。追いついて後をつけないと。と、若干小走りで追いつく。

ゾンビの後をつけて、ゾンビを見ていて分かったことがある。
1つ、ゾンビの間で何らかの意思疎通がありそうだということ。朝も感じた通り、今回の2体のゾンビは親子のように見えるが、手をつないだり、子供ゾンビの頭をなでたりしている。なんだか、本当の親子みたいだ。
1つ、ゾンビは交通ルールを意外と守る。横断歩道をいくつか渡ったのだが、横断歩道を渡るときは、歩行者用押信号を押したのち、ちゃんと歩行者用信号が青になるのを待って渡っている。基本的に歩くのが遅いのだが、歩行者用青信号が点滅すると、若干急ぎ足になるのが、意外とかわいい。ただし、ゾンビが歩行者用押信号を押した後は、何やら緑色のねばねばしたものがついているので、注意が必要だ。
1つ、ゾンビも疲れるらしい。赤信号でもないところで、ちょいちょい休憩をする。やはり燦燦と輝く太陽は苦手なのか、木陰に入って休んでいる。これも微笑ましい。
1つ、おそらく神社などが苦手。藤森神明社の近くを通った時、必死に顔を背けながら歩いていた。ゾンビを無理やり神社仏閣の近くに連れて行ったら、爆発したりするんじゃないだろうか?健が大きくなったら夏の自由研究でやってみたいと思う。
という感じで、やはりというか、元は人間だったのかな?という気がする。

さて、ゾンビはどんどん北の方へ歩いていき、トップワンという安売りスーパーの脇を抜け、明徳公園まで来たかと思うと、明徳池の中へと消えていった。え?池の中っすか?
しばらく見守ってみたものの、池の反対側から出てくるといったこともなく、池の中に潜んでいる感じだ。おそらく、普段は池の中にいるので、わちゃわちゃゾンビが見つかることもないのだろう。と勝手に自分を納得させた。何とはなしに、明徳池の周りをまわっていると、1枚の写真が落ちているのを見つけた。着ている服の様子なんかから判断すると、おそらく家に来ていたゾンビ?写真には仲のよさそうな家族が映っていた。お父さんとお母さん、子供の3人家族。
「こんなに仲の良かった家族がゾンビになってしまったんだ」とちょっと悲しくなる。でもこの写真、どことなく既視感がある。ゾンビの家の前で撮った写真なのだろうか?既視感を感じもっとよく見てみるとわかった。この家は、僕の家が建つ前に同じ場所に立ってたんだ。お隣さんの家が同じだ。既視感の正体は多分これだ。
「だから、家に来る・・・?」
ゾンビが我が家に来る理由がわかった気がした。

明徳池から自宅へ戻る途中、幼稚園へ健を送っていった帰りであろう由美子とばったり出会った。
「どうだった?」
トテトテトテ、と小走りに近づいてきて手で口を覆うようにして小さな声で質問してきた。
「どこから来てるか?はわかった。明徳池の中に帰っていったから、たぶんそこ」
「明徳池?え?てゆーか池の中?そうなんだ・・・?」
と何やら由美子は複雑な顔をしている。小声で何やらぶつぶつ「だから泥が落ちてたのか?」などと独り言を言っている。
「それで、こんな写真を拾ったんだけど。これってあのゾンビっぽくない?」
池の近くで拾った写真を由美子に見せる。ハッと息をのむ音が聞こえた。
「そうね、面影があるかも・・・?着てるものもなんとなく雰囲気が似てるし。」
「そう、写真の後ろの家をよく見て。特に端っこのちょっとだけ写っている家」
そう伝えると由美子はまじまじと写真を見つめだした。と目を真ん丸にして言った
「これって、お隣さんの家?」
そう、お隣さんの家には特徴的なポストがある。家のような形をしていて、猫とパンダの中間のような生き物が2匹乗っているのだ。
「そう、お隣さんの家だと思う。」
「ってことは、この写真の真ん中に写っている家は、うちが家を建てる前の建物?」
「そういうことだと思う。多分、ゾンビはうちが家を建てる前にあの場所に住んでたんだと思う。だから、家に来るのかな?って思ってる」
「そういうことかー、複雑ー」
そういって由美子は黙り込んでしまった。そりゃそうだよね。家を建てる前にその場所に住んでた人がゾンビになって帰ってきたら複雑だよ。
「とりあえず、ゾンビは明徳池に入った後は出てくる気配がなかったから、多分夕方くらいまでは家には来ないと思う。その間に一回会社に顔を出して、万松寺の和尚さんにもゾンビのことをちょっと相談してみるよ。」
デジ寺の和尚さんとはいえ、和尚さんだ。きっとゾンビに対して何か役に立つ知識を持っているに違いない。と勝手に確信する。
「そう、だね。一番相談しやすいと思うし。渡邉さんに相談してみて。」
そんな話をしていると、家に着いた。
「じゃぁ、準備して、一回会社行ってくるね。」
そう由美子に言って僕は家を出た。

地下鉄を乗り継いで会社へ向かう。平日の昼前だというのに、地下鉄はそこそこ混んでいる。上前津の駅に到着し、会社へと向かう。途中万松寺をちらっと見るが、ひとまず出社が先だ。
「おはようございまーす」
オフィスに入り、挨拶をする。すると、阿部さんが奥の方から声をかけてくる。
「ウィス、出社してきたの?大丈夫だった?」
阿部さん以外のメンバーも聞き耳を立てているのがわかる。僕は自分のデスクに座ると、阿部さんにジェスチャーで「チャットでヨロ」と伝えた。
ノートPCを取り出し、電源を入れると阿部さんにメッセージを送る。
「実は、昨日、ゾンビが家の前に来ていたんです。今日の朝も来ていたので、ちょっと対策が必要そうです。」
すぐに既読がついて阿部さんからメッセージが返ってきた。
「マジ?最近ゾンビ増えてるらしいもんね。あれって結構暴れる感じなの?」
「いや、うちに来てるのはすごくおとなしい感じで、リビングの窓の外から家の中を眺めているだけ。という感じです。ゾンビって暴れるの多いんですか?」
「ワシが聞いた話だと、暴れるケースもあるみたいね。どんな感じで死んじゃったか?ってところも大きいみたいよ」
「実は、家に来てるゾンビ、うちが家を建てる前に、住んでた人みたいで・・・そのあたりも踏まえて、お昼休みに万松寺の和尚さんを捕まえて相談してみようと思います。」
「そうなんだ、デジタルボーズに相談してみるのね。りょ。んじゃ今日はここから始めてね~」
さて、と、始めるか。と準備をしていると、他のメンバーから声が聞こえてきた。
「マジ?ゾンビ?やばくない?」
おい、阿部。なにいきなり他のメンバーに漏らしてんだよ!
「ちょいちょいちょい、阿部さん阿部さん?」
「あ、あん?俺今からコーヒーとたばこ。後で聞くね~」
と席を立って行ってしまった。悪い人ではないと思うのだが、勝手に人の家のゾンビ的な家庭事情を漏らさないでほしいものである。まぁいいや。後でお昼ご飯に出るときに少し早めに出て和尚さんに相談に行こう。勝手に話を漏らされたんだし、それくらいはいいでしょ?などと考えながらリポジトリから最新のコードをチェックアウトする。午前中は特に問題が起きることもなく時間が過ぎていった。

お昼にもうなろうかというころ。
「阿部さん、僕ちょっと和尚さん捕まえて相談するんで、早めにお昼出ますね。」
「お、おう、いいよいいよ」
タバコから戻ってきた後でひどくとっちめたからか、すんなりと早めのお昼に許可が出る。さて、和尚さんに相談に行くか。
万松寺に行くと、おみくじ売り場で知った顔を見つけた。巫女の柚子ちゃんだ。柚子ちゃんが売っているおみくじ売り場からは面白いように凶が出る。だからみんな避けているのだが、たまたま僕が一度引いたときには「大吉」が出て「ほらー、私の売ったおみくじからもやっぱり大吉もでるじゃんー」と大喜びされて以来の仲である。ただ、それ以降柚子ちゃんの売ったおみくじから大吉が出たという話は聞かない・・・
「ちは、柚子ちゃん、渡邉和尚様どこにいるか知ってる?」
「こんにちは、竹田さん。渡邉さんなら水晶殿の方に行ってるみたいですよ。30分くらい前に見かけたから、もうそろそろ帰ってくる頃じゃないかしら?」
じゃぁ、ということで、ぶらぶら待つことにする。この渡邉和尚様も「俺は三途の川はわたなべー(渡らねー)」とほざいたりするなかなかのキワモノ和尚である。が和尚様としてはかなり徳が高い方と思う。多分。
万松寺のシステムをうちの会社が構築して入れたので、その時からの付き合いとなる。もう4年ほどか?家族がお墓参りに来た際に高密度納骨エリアから、該当するお骨を祭壇まで持ってくるというシステムを構築したのだが、違うお骨が出てきちゃまずいということで、簡単なように見えて、結構しっかりテストをやったのだった。よくわからないバグに悩まされたりもしたが、和尚様がお経をあげるときれいさっぱりバグが収まった。嘘のようだがほんとの話である。そもそもバグではなくて、霊的なものがいたずらをしていたのかもしれない・・・

おみくじ売り場、お守り売り場のあたりをぶらぶらしていると、柚子ちゃんが話しかけてきた。
「竹田さん、おみくじ引いてかない?今日も立て続けに凶が3回も出ちゃって。あたしこのままだとおみくじ売り場やめさせられるかも?」
なかなかつらい悩みである・・・とはいえ、凶が出る確率はかなり高いので僕も柚子ちゃんからはおみくじを引きたくない。
「そうだね、渡邉和尚様との相談が終わって時間があったら考えてみるよ」
とその場限りの回答をとりあえずしてみた。一応は納得したようで、
「じゃぁ、和尚様とのお話、早めに終えてくださいね。待ってますから」
といって売り場のほうへ戻っていった。とほぼほぼ同じタイミングで、渡邉和尚様が水晶殿のほうから出てきた。

「和尚様」
と僕が声をかけると和尚様も僕のほうに気づいたようだった。
「あ、竹田さん、こんにちは」
などとあいさつを交わしていると、和尚様の後ろから人影が出てきた。が、人だと思ったそれはなんと、ゾンビだった!
「あ、あ、あ・・・」
僕はゾンビを指さし、よくわからない声を出しながら固まってしまった。そんな姿を見て渡邉和尚様が声をかけてくる。
「これはこれは、すみません。ゾンビを見るのは初めてですか?こちらのゾンビの方ですが、海外でゾンビになられてしまったようで。活きのいい状態で空輸されて帰国されたようなんです。海外に長期出張されていたみたいなんですが、その間にお母さまがお亡くなりになられて、私どものお寺のほうにお入りになられたんですよ。このゾンビの方がどうしてもお母様にご挨拶しないと死んでも死にきれない、いや、もう亡くなられていますね・・・成仏できないということで、こちらにいらっしゃったのです。今お母様の納骨堂にご案内差し上げたところです。未練も晴れましたので、無事にお墓に入られると思います。」
あまりのことに渡邉和尚様の説明は半分も頭に入ってきてない気がするが、要約すると「ゾンビがお参りにきて満足して帰るところ」ということらしい。
「そ、そうなんですね。それはよかったです。」
何とか声を振り絞ってそこまで言うと、ゾンビがこちらのほうへ寄ってきて、くるりと振り返り、渡邉和尚様のほうを向き、何度か深々と頭を下げた。心なしか、ゾンビの後頭部が光っているように見えた。
「うんうん、そうですかそうですか。お母様にお参りができて、満足されましたか。よかったです。どうですか?あなたもこれで心残りがなくなったでしょう。お母様が待つところへあなたもいかれてはいかがでしょうか?」
和尚様がそういうと、ゾンビの後頭部の光がより一層強くなった。何度か頭を下げた後、ゾンビは何度も振り返りながら、頭を下げ、大須観音のほうへと消えていった。
「何度見てもいいものですね。ご満足されて成仏に向かわれる。和尚冥利に尽きるというものです。ところで竹田さん、もしかしたら私をお探しでしたか?」

あまりのことにあっけにとられながらも、何とか僕は昨日からの出来事を和尚様に伝えた。
「そうですか。竹田さんのおうちにゾンビが。しかもそのゾンビの方は、竹田さんがおうちを建てられる前に、そこに住んでらっしゃった方なんですね。何かきっと、未練があるのでしょう。」
そういうと、和尚様はどことは言えない遠くのほうを見ながら「うんうん」とうなずいている。
「そうですね、袖振り合うも他生の縁。あ、ゾンビの方はもう亡くなられてますか。コホン、いずれにしてもこれも何かの縁だと思いますので、私がそのゾンビの方にお会いして、お話を聞いてみましょう。こう見えても私も仏門の身。ゾンビがいいように労働搾取されるのを見るよりは、キチンと未練を晴らし、成仏されるほうが好きです。」
そういいながら、数珠を振りかざし明後日のほうを見つめる和尚様は心強く見えた。
「では、竹田さんのお仕事が終わりましたら、お寺のほうまでお越しください。それまでに準備をしておきます。」
「わかりました。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。」
そういうと、渡邉和尚様はお寺の中へと消えていった。

さて、話もまとまりお昼ご飯は何を食べるかな?と考えていると、柚子ちゃんが声をかけてきた。
「和尚様とのお話、終わったんでしょ?」
「うん、終わったよ」
「じゃぁ・・・おみくじ?」
ゲゲッ、覚えていたか。これを乗り切るいい手はないものか・・・?と考えていると妙案がひらめいた。
「あ、そうだ。おみくじもいいけど、新しくできた名古屋めしのお店あるじゃないですか?そこで一緒にお昼でもどう?」
「あー、台湾カレーのお店?ん-、どうしよっかな?どうせならヨネダのシロノワールのほうがいいんだけどなぁ・・・」
などと言いながらちらちらこちらを見てくる。凶を引くか、ランチをおごるか・・・いや、迷うことはない。ランチをおごるべきだ。
「オッケー、じゃぁ、ヨネダ行こう、ヨネダ」
「ん、じゃぁ行こう!」
「え?行こうって、その姿で行ってオッケーなの?」
柚子ちゃんはバリバリの巫女服姿だ。こんな格好でヨネダに行って恥ずかしくないのだろうか?
「うちのお寺その辺割り切った考えで、ほら、巫女服のこの部分に万松寺って入ってるでしょ?巫女服で大須界隈を歩くことは宣伝にもなるからオッケーなんだよね。」
「えぇ・・・?」
まぁ、そういう流れになってしまったんだから仕方がない。普通なら「コスプレでランチかよ?」と後ろから蹴りでも入れられそうなものであるが、ここは大須、サブカルチャーの中心地であるので、巫女姿程度は生暖かく包み込んでくれるので問題ない。
というわけで、スーツ姿の親父と巫女服の柚子ちゃんというなかなかな組み合わせでランチを取ったのだった・・・
ランチのことについて多くは触れないが、巫女服だからって、ランチ中に他のお客様におみくじを勧めるのはやめてくれ・・・

午後の業務も無事に終わり、帰宅時間となった。阿部さんに今日は定時ダッシュを決める旨を伝え、颯爽とオフィスを後にした。頭の片隅でGet Wildを歌っていたのは内緒だ。
万松寺の前まで行くと、渡邉和尚様が待っていた。
「では、行きましょうか。」
上前津から地下鉄を乗り継ぎ、自宅がある本郷へと向かう。道すがら和尚様が話してくれた。
もともと名古屋の名東区あたりは羽柴秀吉と徳川家康が争った戦場に近かったり、その名も血の池公園という名前の公園があったりと、霊的なパワーが強い土地らしい。また、明徳池の周りには、20体弱の菩薩像があるため、ゾンビにとって心安らぐ土地なのではないか?とのことだった。
うれしいような、うれしくないような情報だ・・・

さて、そんな話を聞きながらも、本郷の自宅についた。自宅に到着すると、昨日と同じように、自宅の庭にゾンビがいた。いや、正確には昨日とは異なり、2体のゾンビだ。おそらく大人と子供。
「そうですかそうですか、こちらの方ですか。」
渡邉和尚様がひとりごちる。
「はい、昨日と今朝来ていた方たちと同じです。」
と僕は和尚様に伝えた。
「では早速、私のほうから、ゾンビの方々に話を聞いてみます。」
というと和尚様は何やら僕には聞き取れない言葉で話し出した。その言葉にゾンビは首を縦に振ったり、横に振ったりしている。ゾンビが何度か首を振ったのち、和尚様が僕のほうを向いて話しかけてきた。
「竹田さんがお気づきの通り、このゾンビの方の家はこちらにありました。新築でこちらに建てることが決まったものの、家が完成間近というころ、母親が事故にあってしまい、3人家族でこちらの家に住むことはかなわなかったそうです。お母様のお葬式はあげたようですが、やはり心に空いた穴を埋めることはできなかったようで。深酒をして夜中に突発的に岐阜の実家へ車で帰ろうとしたところ、事故を起こして明徳池に車ごと沈んでしまったそうです。」
なんと、僕たち家族が家を建てた土地はそんな悲劇があった土地だったのか・・・どうりで安いと思った。
「新しい家が建ち、リビングの窓から中をうかがうことができ、仲良く団らんで食事をとる家族の姿を見、ついついうらやましくなってじっくりとのぞき込んでしまった。とのことです。」
なるほど。道理は通っている・・・気がする。
「なるほどです、うちの庭に来る事情は分かりました。あの、和尚様、お昼にゾンビの方も成仏できる。といってましたが、こちらの方はどうしたら成仏できる感じなのでしょうか?」
「ふむ、一度でいいからこの家で家族で温かい食事をとりたい。と言っているようですね。」
な・・・ん・・・だ・・・と・・・?
なかなかハードルが高いリクエストが来た。さて、どうするか?まずは由美子に相談してみたいことには始まらない気がした。
そして、相談の結果、ゾンビと意思疎通ができる和尚様を含め、僕たち家族3人と、和尚様、2体のゾンビでお食事会をしましょう。ということになったのだった。

渡邉和尚様を通して、ゾンビ親子との調整の結果、お食事会は来週の土曜日ということになった。ゾンビは結構六曜の影響を受けるらしく、仏滅の日は動けないらしい。なぜ仏滅の日か?というと、そもそもが強い未練を残してこの世を去ることになった人を不憫に思った大日如来様が力を与えて動くことができるようにしているらいいのだが、仏滅の日はその大日如来様のお力が届かないので動けないらしい。
なんつーこった。これでゾンビが人をケガさせたりしたら、僕は絶対仏教なんて信じないぞ。と思ったりもした。
余計な話が入って申し訳ない。というわけで、仏滅の日を避け、僕が仕事の日も避けると、来週の土曜日がちょうどよいということだった。
日取りが決まると、渡邉和尚様づてでゾンビに日取りを伝えてもらった。ついでに、お食事会の準備をしっかりして、その時に驚いてほしいので、お食事会まではなるべく家に来てほしくない旨を渡邉和尚様に伝えてもらった。まぁ、毎日ゾンビが来て、リビングの窓から覗かれていたら、たまったものではないともいう。
さて、それでは来週の土曜日に向けてお食事会の準備をするか・・・

ゾンビが何を食べられるのか?はわからなかったし、ゾンビ好みのご飯を用意するというのも到底できそうになかったので、メニューとしては健が喜ぶパーティーメニューという形で進めていくことにした。
ついでに言うと、和尚様が何を食べられるのかがわからなかったのでこちらは本人に聞いてみたところ「嫌いなものはないよ。特にお刺身好きよ」との回答だった。和尚様、お刺身食べていいんだっけ・・・?
そんなこんなで1週間はあっという間に過ぎた。

お食事会の当日、朝10時ごろにゾンビ親子が現れた。ゾンビはちょっとあれなので、リビングにはブルーシートを敷き、リビングの窓は開けた状態にしてある。和尚様はまだ来ていないが、このゾンビは基本おとなしいので先にリビングにあげても問題ないだろうと思う。
「おはようございます。本日はようこそいらっしゃいました。お食事を用意しておりますので、心よりお楽しみください(そして成仏してください!)」
とお伝えし、リビングにお通しした。ゾンビは前回来たときは両足とも靴を履いていたのだが、今日は左足の靴がなくなっていた。左足の靴がないからか、ひきづって歩いてきたようで、心なしか左足が短くなっていた。だがそれでもヒョコヒョコと器用に歩き、リビングのブルーシートの上にちょこんと親子で座った。
ゾンビとの対話はできない気がしているので、若干気まずかったのだが、増やら気にする必要はないらしい。リビングには健が幼稚園で描いた絵や作品が飾ってあるのだが、興味深げにそれらを見ている。と、クレヨン描きの絵と私を交互に見ながら「ウゥゥ~ウゥゥ~」と言い出した。
「この絵が欲しいの?」
と聞くと、ゾンビは首を横に振る。
「この絵に描いてあるオムライスが食べたい?」
と聞くと、この質問に対してもゾンビは首を横に振る。
「ん-、じゃぁ、ゾンビも子供と一緒にクレヨンで絵を描いてみたいの?」
と聞くと「ウンウン」と首がもげてしまいそうなくらい力強くうなずいた。

2階から健が使っているスケッチブックとクレヨンを持ってきて、ゾンビに渡した。するとゾンビとゾンビの子供はスケッチブックに絵を描きだした。
ゾンビは何本か指が朽ちてしまっているのでクレヨンを握る手がやや心もとない。でも子供と頑張って絵を描いている。これは・・・幼稚園の園舎?
どうやら幼稚園の園舎と、園舎をバックにしている家族の絵を描いているらしい。お父さん、お母さん、子供と3人が並んでいる。桜の咲く季節、風が強い日だっただろうことが絵から伝わってきた。幸せな家庭だったんだろうな?と思う。絵を描き終えると、ゾンビは満足そうにスケッチブックとクレヨンを返してきた。心なしか、ゾンビの後頭部が少し光っているように見えた。クレヨンは泥やら水気やらでぐちゃぐちゃになってしまっていた。

ちょうど絵を描き終えたころに渡邉和尚様が到着した。
「グッモーニン!お待たせちゃーん」
と軽いノリで入ってくる。この和尚様よりも、ゾンビの方がよっぽどしっかりした人なんじゃないかと思えてくる。
和尚様が到着し、ゾンビとより深い意思疎通ができるようになったところで、僕は疑問に思っていたことをゾンビに聞いてみることにした。
「和尚様、警察の方にお札をもらったんですが、お札で「エイヤー」って唱えると、なんでゾンビは帰っていくのでしょうか?もしよかったらゾンビ本人に聞いてみてもらえませんか?」
「なるほど、確かにそのあたりの理屈は私もよくわかりませんね。」
といいつつ、ゾンビにしかわからない言葉でしゃべり出す。ゾンビが頭を縦に振ったり、横に振ったりしている。
「そうですね、どうやら、お札で「エイヤー」とやられて嫌な気分になるとかではないそうです。むしろ、温かい気持ちになり、自分がいるべきところに帰らなければならない、という気持ちにさせてくれるようです。こちらのゾンビの方は、例の明徳池の方に帰られるみたいですね。」
「なるほど」
わかったようなわからないような。いずれにしても嫌な気分になるわけではないのであれば、いいだろう。

そうこうしゃべっているうちに、由美子が作っている料理が完成した。健が好きなパーティーメニュー。唐揚げ、スパゲッティ、オムライス、ナスの浅漬け、枝豆である。それに加えて、大人が楽しむメニューとして、スモークサーモンや、生ハムなどがある。豪勢である。
さっそくみんなの分のコップを用意し、飲み物を注ぐ。健にはブドウ味の炭酸ジュース、渡邉和尚様には、ウォッカ・・・曰くアルコール度数が高い方が頭の中に仏さまが降りてきやすいのだとか(なんのこっちゃ?)由美子はリンゴベースのカクテル、僕はビール。ゾンビはというと、子供の方には健と同じくブドウ味の炭酸ジュース、お父さんの方には僕と同じビールを注いであげた。
「では、我々のお家へようこそ、ゾンビさん。カンパーイ」
とグラスを持ち上げて乾杯した。パーティーに参加しているみんなが2,3口グビグビッとドリンクを口に含んで飲む。と同時に、びちゃッという音がした。まぁ、そうなるよね、ゾンビさん腹部あたりに穴が開いているので食べたものとか飲んだものとかがそこから出てくるんじゃないかと思ってたんだよ。まぁでも楽しそうだから良しとする。僕は「これで押さえるといいよ。」と先ほどのスケッチブックをゾンビに渡した。
こうして珍妙なお食事会が始まった。

ゾンビは最初飲み物は口にしたものの、そのあと食べ物はあまり口にしていない。それでも楽しそうにしている。主な会話は僕たちファミリーの最近の話しだ。
「健の幼稚園、今年ももうすぐ運動会だよ。今年はかけっこ1番になれるかな?そういえば、去年取った動画もNASに入ってるよね?どうせだから見てみよっか?」
とTVをOnにし、DLNA機能でNASに保存された動画を再生する。去年の運動会、かけっこの映像を出して再生する。健とそのお友達、合計4人で走っている。トラック半周を走るので、カーブのところをグリンと回って走ることになる。と、カーブを半分ほど走ったところで一番内側を走っている女の子が転んでしまう。健は1番を走っていたにもかかわらず、女の子に駆け寄って助けてあげる。そのあと泣きじゃくる女の子と手をつなぎ、一緒にゴールする。ゴールするときに、自分が立ち止まり、女の子を先にゴールさせてあげているのが印象的だ。健と女の子は、3位と4位の列に並ぶ。列に並んだ後も、ニコニコ女の子を慰めてあげている。優しい子だ。
「健、4位になっちゃったね。」
映像の中の由美子の声だ。
「順位なんて関係ない。僕の中では健が一等賞だ」
映像の中の僕が言った。
「この女の子、弥生ちゃんだったんだけど、この時から健のこと大好きになったんだよねー」
とこれは現実の由美子がおどけたように健に言う。健は照れたように
「泣いてたらさ、助けないとじゃん・・・」
と言う。引き続き優しい子に育ってほしいと思う。
とこんな感じで家族の会話をしていたのだが、その間ゾンビはこれまた優しそうに、楽しそうに会話に耳を澄ましていた。心なしか、徐々にゾンビの後頭部の光が強くなってきている気がする。

とこんな感じでパーティーは進み、3時を回るころ、会はお開きとなった。
ゾンビの後頭部は親子ともどもまばゆいばかりに光り輝いている。満足して成仏できそうだ。ゾンビが立ち上がり、頭を下げ下げ玄関から外へと出ていく。何やら身振り、手ぶりで伝えようとしているが、どうやらかなり楽しかったらしい。生前の未練もこれで晴れそうだ。と言っているように見える。心なしか、顔も微笑んでいるように見える。
「いい顔をされておる。未練なく成仏できそうですな。」
とここにきて酔っ払いの渡邉和尚がそれらしいことを言い出した。
ゾンビはウンウンうなずくと、何度も振り返りながら、明徳池の方へと歩いて行った。
「さて、これであのゾンビも未練が晴れ、成仏されるでしょう。竹田さん、これで一安心ですね。」
「はい、おかげさまで。渡邉和尚様ありがとうございました。」
会話に由美子も参加してくる
「でも橘さんにもらったお札、結局余っちゃったね。」
「使わずにみんな幸せになれるならそれが一番いいと思うよ。」
と僕は言った。
パーティーの後片付けをし、ブルーシートを片付け、これですべて片付くはずだ。その日の夜は久しぶりにゆっくり寝ることができた。

翌朝、起きてリビングに降りていくと、僕はリビングの窓の外を見てギョッとした。ゾンビがいるのだ・・・しかも2体、親子で。なぜ?成仏したはずでは?と思いゾンビに近づく。するとゾンビはおなかに当てていたスケッチブックを持ち上げた。あ、お酒が漏れないようにって渡してそのままだった。スケッチブックにはこう書いてある。
「お礼をさせてください。」
そんなんいいから成仏してくれよー、と心の中で叫んだ。
こうして、僕たち竹田一家とゾンビの奇妙な生活が始まったのだった。




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