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王道回帰は緻密なパズルと共に ~零 雫『不死探偵・冷堂紅葉』を読んで~

 少し昔、私は「ライトノベルでミステリは受けない」という噂をインターネットで聞いたことがある。その影響に乗せられて「なぜライトノベルでミステリは流行らないのか」というテーマの論文を書いたこともハッキリと記憶に残っている。(調べも甘く決して完成度が高くない代物ではあるが)類似の枠組みであるライト文芸でミステリが多かったことにも引っかかりを感じていたのかもしれない。
 そんな経験もあってか、『不死探偵・冷堂紅葉』という近年のライトノベルにしては珍しいド直球なタイトルに興味を持った。最初はライト文芸系統の作品なのかと高を括っていたのだが、そんな私を待ち構えていたのは古き良き王道のミステリとライトノベルらしい要素の融合だった。


あらすじ

 ある日天内晴麻あまないはるまが通う私立高校に冷堂紅葉れいどうもみじが転校してくる。教師に冷堂に学校を案内することを任された天内。案内の途中に2人は体育館で密室殺人の跡地に遭遇する。更にその日の帰り、天内のある秘密に気づいた冷堂は彼に事件の解決を依頼する。2人が目撃した事件『体育館の密室』と、同日に発生した『更衣室の密室』の調査を進めるうちに新たな密室が生まれてしまう。『究極の密室』――その被害者は冷堂だった。

詳細と注目ポイント

懐かしさを感じるミステリテイスト

 まず初めに印象に残ったのは導入部でも少し触れたミステリの形式だろう。本題に入る前に少し捕捉説明を。上記において「ライト文芸系統」という書き方をしたが、ピンとこない人も多いだろう。ライト文芸におけるミステリ作品というのは、ある特定分野に関わる事件が専門家の元に持ち込まれ、その専門家が探偵役として事件を解決するという構成が一般的である。また、人が死ぬ事件があまり扱われなかったり連作短編の形式を取る事が多く、本格ミステリというよりは日常の謎、専門的に言い換えるとコージーミステリに近い雰囲気のものが多い。

 本題に戻ろう。近場にてこういった風潮があったから、てっきりその亜流だと思って読んでみると……さっき書いたようなあらすじの通り、ガッツリとした密室殺人事件お出迎え。不意をつかれた。また、あらすじの扱っているのが密室というのも王道なミステリを彷彿とさせる一因かもしれない。

 さらに付け加えるならば、ストーリーだけではなくややメタ的な要素にもそういったものを感じ取れることがあった。なんとこの作品、見取り図と読者からの挑戦状があるのだ。冗談ではなく、マジで。見取り図に関してはインターネットの事前情報で存在は知っていたが挿絵の一部なのかと勘違いしていたが、実際は完全に挿絵とは別枠のシンプルなそれだった。不動産屋の広告で見るようなデザインに簡素なメモも添えてあり、情報を整理するのに役立った。読者からの挑戦状も、私が小学生の時に遭遇したものは、話の内容をぶった切っていたような記憶があり、正解を自分で考えるよりも、速く続きを読みたい私にはあまりいいイメージが無かったのだが、進行を妨げないような工夫がされていて、スムーズに読むことができた。(ミステリ読みでこういう考え方の人間の方が少数だと思うので、あくまでも参考までに。)

『不死探偵・冷堂紅葉』は100%のミステリか?

 ここまで書いておいて「何言ってんだお前」となった方、大変申し訳ない。ここだけ見ると速攻で矛盾が生じているようにしか見えないが、その辺りには少し目を瞑っていてほしい。ライトノベルの新人賞でこのタイプのミステリが大抜擢されたのか、少し不思議に思った方もいるだろう。この作品のラノベらしさとは一体何なのだろう?

 ここで鍵となってくるのは、やはりタイトルにもある冷堂紅葉その人だろう。どこかミステリアスな雰囲気を漂わせる彼女の不思議な行動やそれを中心に明かされていく登場人物の関係性は、奇妙な光景ながらも爽やかで、もしその一角のみを切り取ることができたのならば、まぎれもない青春小説になるだろう。

 タイトルといえばもう1つ。前半部分の『不死』というところに引っかかりを覚えた方もいるのではないだろうか? ネタバレをなるべく避けてフワッとした形でいうのならば、この作品にはフィクションらしい要素がいくつか存在している。それでいて、そのあたりのルールもきっちり定められていて、ミステリの要素を欠くものではなく、むしろ独自のスパイスとして機能し続けているのだからこれまたすごい。このように、王道なミステリとラノベらしい要素の奇跡のマッチングが楽しめるからこそ、この作品はライトノベルレーベルで出版されているのだろう。

全てを無駄にしない究極のストーリーライン

 ここに関しては具体的なことは言えないが、とにかく伏線の巻き方、回収の仕方が種類も豊富で巧妙に感じる。些細なものでも意外なところで「それはこういうことなのか~」となる。まだ読んでいない方はぜひとも細部の描写まで注力して読んでほしい。

さいごに

 ライトノベルとしもミステリとしてもかなり異質に見えるかもしれないが、どちらの視点もふんだんにあり、どちらも楽しめる。その組み合わせのパズルがとてつもなく緻密だ。シンプルながらも強い独自性は中々ないだろう。

 ミステリというジャンルの特性もあって、核心をつかみにくいような抽象的な文章になってしまった。それでも興味を持ってくれると幸いだ。

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