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幕末と明治の狭間を彷徨う ~今村 翔吾『イクサガミ』を読んで~

 大概の書店では文庫本のコーナーの中に「時代小説」がひとまとまりに固められている事が多い。そのせいもあってか、私の中では小説に限らず「時代物」というのは敷居の高いジャンルだと思い込んでいた。

 当然だがそのコーナー以外にも時代物の作品が置かれている。今回紹介する『イクサガミ』もその1例だ。通常の文庫本コーナー、とりわけかなり目立つ場所にあったものを手に取った。

 私はあまり時代小説を読んだことが無い。それでも楽しめたのはこの作品が多ジャンルのエンタメ性を織り交ぜているからかもしれない。


あらすじ

 明治11年、「武勇に優れたものに10万円を与える権利を授ける」旨が書かれた新聞が日本の各地主要都市でばら撒かれた。虚言のような文言を信じ京都に集ったのは292人。嵯峨愁二郎さがしゅうじろうもその内の1人だった。触れを出した物は、彼らに「こどく」と称する遊びを行うことを命じた。曰く、各々に手渡された札を奪い合いながら東海道を渡る。但し己が札を奪われれば命を落とす。強者達が争い始める中、愁二郎は戦場を知らぬであろう12歳の少女の姿を見る。愁二郎は過去の自分と葛藤した末、少女――双葉ふたばと共に「こどく」を駆け抜けることを決意する。

詳細と注目ポイント

事前知識ゼロでも楽しめる「説明」の工夫

 『イクサガミ』の面白さはもちろん、分かりやすい時代物であることも重要だろう。デスゲームが主題となるため、時代背景を抑えていないといけないというわけでもない。必要な知識は本編の進行を妨げない程度に簡素な解説が挿入されるため、知識が無くても問題は無い。その知識も教科書に載っているようなものから風俗関連の些細なものまであり非常にタメになる。

 最低限の説明に留まらず、『地』(上中下の中巻にあたる)において散りばめられた謎をそれらの知識と共にまとめ上げられた瞬間には思わず息を呑んでしまった。もしも私が幕末・明治に詳しい状態で読んでいたとしても、この手法に驚かされていたことだろう。

予測不能なアクション

 Twitterで『イクサガミ』の感想を見ると、しばしば「少年漫画のよう」と書かれることが多々ある。ちなみに原作は講談社文庫で刊行、コミカライズ版は青年誌「モーニング」にて連載されている。出版レーベルだけを見るとあまり少年漫画っぽく見えないかもしれない。しかし、時代物というよりもデスゲームという焦点で絞れば少年漫画のようにも思える。

 最もそう感じさせるのは、敵味方関係なく各参加者の得意とする武器や戦闘スタイルが目に見えて違っているからだろうか。物語の都合上、日本由来の武器が殆どを占めているが、逆にバリエーションの豊富さに圧倒されてしまう。中には初めて名前を聞いたものもあり、どのような形の武器なのかを想像しながら読み進めたりもした。

 また、デスゲームの手法もかなり特徴的だ。デスゲームは1つの敷地で行うのがオーソドックスなイメージがあるが、『イクサガミ』では旅の道中で殺し合いが行われている。いくつかのチェックポイントが設定されているが、詳細な進行ルート・速度は参加者に委ねられている。そのため、いつ、どこのタイミングで戦闘が発生するかが予想がしにくい。本編を読み進めていても「このタイミングで来るの!」となり、どのペースでどのような展開になるかの予想がより一層難しくなる。もしかすると、それがデスゲーム特有のスリルを引き立たせているのかもしれない。

幕末と明治の良いとこどり

 注目する場所としては前2つと比べるとやや見劣りしてしまうかもしれない。しかし、この時代が入り混じった明治初期という時代背景こそが『イクサガミ』のおもしろさを最大級にしているのではないかと私は考えている。

 2つの時代は隣り合わせに位置しているが、雰囲気はてんで違う。とはいってもいきなり全てがガラリと変わるわけではなく、どちらともとれるような時代の変わり目らしい混ぜこぜ感が出ている。例えば1部分は近代風に置き換わっているものの、登場人物のほとんどが和服で、この時代で洋装は珍しいとわざわざ書かれている。また、各人物がこどくに参加した理由やその周辺には明治時代に起きた出来事が深く関わっていることもあるが、そのほとんどが「武芸に優れた者」であることから、幕末期の因縁が浮き上がる。そこがクローズアップされる瞬間、時代が遡ったかのような錯覚に襲われる。

 幕末期の心残りにどう向き合い、新しい時代に進んでいくか。もしかするとこれが『イクサガミ』の隠れたテーマなのかもしれない……多分。

さいごに

 手に取った時、それなりのボリュームがありそうに感じる(特に『地』)本作だが、読んでみるとボリュームを気にすることなく一気に読むことができてしまう。近年あまりない経験をした。おそらく読みやすさの観点に絞るならばこの半年間に読んだ本の中で1番に君臨するだろう。いつものようにとやかく書いたが読むときは己に身を任せて一気に読んでほしい。試しに『天』だけというのも十分だが、私は続きが気になりすぎて『天』を読み終わった翌日に『地』を買いに行ったため、手元に両方用意した方が良いかもしれない。

 また、本作は3部作だそう。現状、最終巻の刊行予定は未定だが、果たして3巻で終わるのか、終わるとしてもどのくらいのページ数になるかも含めて非常に楽しみだ。(私がなぜこのような書き方をしたのか気になった方は是非読んでその理由を確かめてほしい。)

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