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神話と日常はいつもあなたの傍に ~暁 佳奈『春夏秋冬代行者』を読んで~

 みなさん、今年の夏はいかがお過ごしだろうか。私は夏の暑さに屈して毎日午前中からエアコンを入れて過ごす日々だ。それにしてもここ数年で季節の間隔がガラリと変わったような気がする。特に夏から冬への間隔が一段と短くなって秋を感じる暇がない。季節とはなんとも気まぐれなものだ。

 そんな日々を過ごす中でふと頭に浮かんだある文章があった。

 さて、本作はこれから失われてゆくであろう四季というものを多く書きました。
 私が幼かった頃より、四季というものはどんどん曖昧なものになっています。

『春夏秋冬代行者 春の舞 上』著者あとがき(p418) より

 この作品が世に出た時期は2021年の春とそう遠くはない。(え、もう2年前の話なのか……)読んでた当時はそこまで実感はなかったが、今年になってこの言葉がより響くようになってきた。その反面、この作品で描かれる四季はどこか絵画と見まごうような幻想さを感じさせられる。我々が感じている四季とはなんなのか、それを考えさせられる作品だ。

あらすじ

 世界には春・夏・秋・冬の神がいた。そのもの達はやがて使命を人間達に預けるようになった。各国に存在する季節の代行者、あるいは現人神は毎年、季節を呼び込むことが世界の常識とされていた。しかし、『大和』の国では春が訪れない状態が続いていた。春の代行者・花葉雛菊かようひなぎくが誘拐され、永らく生死不明だったからだ。時はながれ、代行者の顔ぶれが変わりつつある時、『大和』に再び春が訪れる。そう、雛菊は帰ってきたのだ。春の代行者護衛官・姫鷹ひめだかさくらと共に、10年の時を経て。

詳細と注目ポイント

優しく美しいモノローグ

 前置きの引用にある通り、なんといっても風景描写が印象に残る。というか、風景だけに留まらず生活や服装、感情の描写まで地の文全体が作品の儚さに合わせたかのような丁寧さだ。この物語の文明は現代に近いものとなっているが、神の代行者の存在とその周辺はファンタジーの色が濃い。この奇妙な空気を一切崩すことのないモノローグは世界観の基盤をになっているといっても過言ではない。

代行者達の人間関係

 作品の鍵・あるいは中心となるのは勿論四季の代行者達だ。彼らは神の力を用いて国に季節をもたらす。驚くことにこれは教科書に載っている一般常識だという。儀式が行わられなければその季節はやってこないというとんでもない事態が発生する。神という観点でも、行政的な観点でもなくてはならない重要な存在だ。更には代行者の在り方に反感を抱くものや特定の季節をなくしたいと考えるものから命を狙われることも日常茶飯事だったりする。その為、普通の人間と隔離され、特殊な環境での生活を送ることを余儀なくされる。また、国のどこかに代行者とその周辺の人物が住まう里が各季節ごとに存在しているが、こちらもあまり良い雰囲気ではない。ということがあり、全体を通して暗い影が付きまとう。

 だが実際は、暗い時とそうでないときのメリハリがあって楽しく読むことができるシーンが多い。これは人間関係の距離感が一因かもしれない。代行者と関りのある人物が異常なまでに絞られているからこそ、より複雑で濃密な関係性を楽しめるのではないのだろうか。特に、代行者と護衛官は主従関係でありながら、一蓮托生のパートナーでもあるため、彼らが互いに向ける感情の緻密さは見事なものだ。

 また、「季節」を越えた関りにも注目したい。季節によっても抱えている課題や風習が違うため一括りにすることは難しい。だが同じ国に片手しか数えることができない似た境遇の者達であることには変わりない。特に本作に登場する代行者と護衛官は年代が近いこともあって、些細な話題でも会話が弾む。こういった私たちの良く知る日常が見えることで、責任感が強くて大人びているけど、やっぱりみんなは人間なのだなと無意識に胸をなでおろしてしまう。

実は意外にも……

 多分ここでいきなり書いても信じてもらえないだろう。その前提で書かせてもらうと、こんなにもファンタジクで感情を揺さぶってくる作品だが、以外にもガッツリとしたバトルものでもあったりする。……え? やっぱり信じられない? マジマジ、本当なんですって。

 前述したように、命を狙われることを常とする代行者達。当然のことながら警備環境も整ってはいるが、本人が全くもって無力というわけでもない。それぞれの季節に応じた神通力を使って防衛することもある。また、護衛官もその名に恥じぬ戦闘力を持ち合わせている。

 なので、この作品のバトルは現代らしい戦闘の下地に個々人のアクションや異能バトルの風体が組み込まれるという、一風変わったものとなっている。アクションシーンも力が入っているので、普段バトルものしか読まない方も気おくれすることなく手に取ってみてほしい。

さいごに

 静かで、繊細で、でも大胆。この物語を一言で表すならこうなるんだろうか。え、3つに見える? それは一旦置いておくとして。サムネイルを見てもらったら分かるようにとにかく1冊のボリュームがハンパない。おそらく1番ページ数の少ない巻ですら、並みの文庫本以上はある。私は『春の舞』が発売されてからしばらくして読み始めたのだが、とにかく量と保たれ続けるクオリティーに圧倒された。当時、いや今の時期からしても珍しく何度も読み返していたことを覚えている。季節の花を見かけると代行者達が今後どういう道を歩むのかと、ふと試案してしまう。

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