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ビジネスも世界も人ありき ~初鹿野 創『彼と彼女の事業戦略』を読んで~

 Twitterを初めてからもうすぐ1か月が経とうとしている。タイムラインはいつ見ても最新の情報が流れてきて飽きさせない。そんな中で少し前からタイムラインでよく見る書影がいくつかあった。その中の1つが『彼と彼女の事業戦略ビジネスプラン』だ。正直な話、ライトノベルとビジネスが上手く結びつかなく、普通のビジネス書だと勘違いしていた。しかし、日を重ねていく内に賞賛のつぶやきを目にすることが増えているのを見て、興味本位で購入した。

 実際に読んでみると皆がここまで評価している理由に納得した。確かにこれはライトノベルだ。それでありながらどこか硬く感じてしまいがちなビジネスがジャンルとして成り立っている。

あらすじ

 コンサルティング会社を経営する真琴成まことせい。彼は若手経営者の支援を受ける選抜試験の説明会に向かう最中、ある少女に"友達"を押し売りされる。環伊那たまきいなと名乗る彼女もまた選抜試験の受験者だった。経営初心者、資金も実績もなし。しかし、僅かな会話から伊那の才能を見出した成は彼女をパートナーとして選抜試験に挑むことを決意する。

詳細とおすすめポイント

ビジネスに対する壁が想定より低い

 ビジネスはライトノベルの内容として取り上げることはあまりないだろう。ファンタジー作品で時折見かけるが舞台が現代となるとその傾向は一層強くなる気がする。私がそう思ってしまうのは、現代のビジネスは専門用語が多く飛び交っていて複雑そうに見えてしまうからかもしれない。でも、不思議なことに『カノビジ』では、ビジネスに対する壁がいくらか低く感じた。

 最たる理由として考えられるのは、1巻目ということもあるのか取り上げられる内容が簡単なものだったからかもしれない。学校で軽く習った範囲のものもあったため「言われてみればそういうのもあったなぁ」となった。

 また、ただ目標を持って経営するのではなく、試験という形のバトルになっているのも特徴だろう。例えば、1番優秀な者には10兆円の賞金が出たり、周囲にいる大人の経営者だけではなく、すでに社会で実績を挙げている試験受験者にも二つ名がついている。途中経過がランキング形式で知らされているのは、ビジネス書というよりもラノベらしさの方が勝っている。

成と伊那のコンビにも注目

 『カノビジ』でも他作品の例に漏れず主人公とヒロインがいる。それが成と伊那の2人なのだが、このコンビの時にはビジネスパートナーと友達が混ざり合ったかのような関係性が新鮮だ。遠くから見るとそれぞれ別の意味で怪しく見えてしまうが、1人称で物語が進む――しかも2人が交代しながら――ことによって思考回路が明らかになって、2人のパーソナリティーを誤解することなく理解できる。また、このモノローグに加え、セリフ回りも砕けているのも、『カノビジ』がビジネスを取り扱いながらも、固くなっていないことの理由の1つなのかもしれない。

経営者だからこその行動力

 『カノビジ』一番の特徴は主要な登場人物が経営者、つまりは社長ということではないのだろうか。規模も事業形態も様々。でも、お金を稼ぐことではなく「○○がしたい」「世界を変えたい」といった個々の目標を持っていることが共通している。さらに試験ということもあって積極的な動きが多い。交渉や対立したときの攻防はキャラクターの個性がハッキリと出ていてどこも見どころだ。

 それは業界に慣れた人だけではない。この世界に飛び込んだ伊那の行動力も目を見張るものがある。彼女は「良い人達が住んでいる地元をなくしたくない」という一心でSNSで地元の宣伝をしていた。ある時に選抜会の話を聞き、応募をするために会社を立ち上げ、それに集中するために高校も辞めてしまう。会社の事業内容はあやふやでも、地元を盛り上げたいというコンセプトは変わらない。

 純粋な彼女を見ていると、物語という垣根を越えて、読者である私まで引き込まれてしまう。こういった行動力を見ていると、経営やビジネスの根源はお金ではなく、誰かの強い思いなのではないのかと考えさせられる。

最後に

 最初は2~3巻ほど読んでから長文の感想を書こうと考えていたが、キャラクター達に触発されて勢いで書いてしまった。そのため、ここには書ききれていない『カノビジ』のおもしろさは数えきれない。巻を重ねていくごとに、物語の受け取り方も変わっていくだろう。成が試験に参加した目的の真意や、そこから垣間見える物語の根幹もまだ霧でおおわれている。

 『カノビジ』はラノベでは異質なジャンルでありながら、高水準のライトノベル作品だ。もしジャンルの壁を感じて二の足を踏んでいる人がいるならば、思い切って手を伸ばしてほしい。

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