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死を通じて、生きる事を学ぶ

幼少期の親の離婚を始めとして、いじめにあったり、周りと馴染めなかったり、職場の人間関係、夫婦関係、親子関係など色々な問題があったから、嫌な事から抜け出す為に死にたいとばかり考えていました。

それは自殺した魂がどうなるのかを知らなかった無知による、死ねば嫌な事から解放されると思っていたからに過ぎないけど、いつも死を意識していました。

私が小学生の頃に御巣鷹山の飛行機事故のニュースをTVから見ていたのを今でも覚えています。


大人になって子供と図書館に入った時に、その事故の検死の内容の本を見つけて借りて読んだら、TVでは放映されない真実が沢山書いてあって、坂本九さんの事も書いてあり、更に衝撃を受けました。

文字を追いながら、頭の中で鮮明な絵としてイメージしてしまうので、壮絶な現場だったんだなと読みながら苦しかった事も記憶から忘れないですね。

長く生きてると色んな事件や事故のニュースを見てきましたが、死にたいと思いながらも《生きる》と言う事を沢山学んでいたようにも思えます。

スピリチュアルを追及する中で、産まれながらにしての難病の意味や、流産や死産、堕胎、虐待による死についても知る事が出来た事で、産まれてくる意味や、幼くして亡くなる意味を沢山知る事が出来ました。

最近は年齢は関係無く孤独死も増えているみたいですよね。

孤独死された現場をミニチュア模型として作ってる方の記事をネットで読んだり、孤独死の現場の事を書いてある記事も読んだりしては、他人事では無いようにも思えます。

いつかは人は亡くなるけど、お金が沢山あっても誰からも必要とされず心の中が孤独で亡くなる事が幸せには思えなくて。

貧乏かもしれなくても、その中で家族や友達に恵まれ幸せだと思って生きてる方が、心が豊かだし本当の幸せと言えるんじゃ無いかなと私は思っています。

人と関わる事で、孤独に亡くならずに済むのかな?と考えたり。
人嫌いだったけど、孤独死を考えると周りとの接点は大事何だなと考えさせられたり。

この世で生きる為にお金は無くてはならないものだけど、あの世に財産は持っていけませんよね。


持って行けるのは、生前の性格や経験してきた人生経験や愛だけなので、あの世に行ってから困らない為には、生きているうちから死についてちゃんと学んだ方が生き方も変わっていくと思います。

自殺や孤独死などの本も読んだりする中で、生死について色んな事を考えました。

どんなに辛い困難な状況にあっても、最後まで諦めなければ私みたいに生きる事を選べるようになれるから。

自殺から幸せになれる事は無いと理解したから、 死んで後悔するのは自分の魂だと理解出来たから、死んだら終わりでは無い事を理解したから、嫌な現実から逃げないで寿命を全うする事が、死んでからの自分の魂の為になるからと学んだから。


今は、逃げ出さずに寿命を全うしようと生きる事を選べました。

同じ《死》の意識の向け方でも、死ぬ方法を探すより、生きる意味を見つける為に《死》と向き合うのとで意味は真逆になりますよね。

喜怒哀楽を経験しながら、亡くなる時にも亡くなった後にも、悔いや後悔を残さない生き方をしていきたいと今は思えます。

悔いや後悔は、来世へともちこされてしまうそうなので、 本当の寿命での死を迎える時には、色々あったけど幸せだったなぁと思って亡くなれたら幸せですよね。

全ては《死》を考えながら生きてきた結果、辿り着いた私なりの答えです。

死の事を書くと重苦しい内容となってしまいますが、今の私は自殺願望も無く、明るく前向きに幸せだと思いながら強く生きています(^-^)v

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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