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校舎の外を見ると運動部の掛け声が耳に入ってくる。
不思議なもので今までも聞こえてきていたはずなのだがそれには気づかなかった。

本日最後の進路相談を終えて職員室に戻ろうと歩いていると挨拶をしてくる生徒たちからさようならと声を掛けられる。

長年教師をしてきたが中学校と言うのは本当に色々な生徒が存在するように思う。

小学生のまま入学してきた生徒
大人ぶろうとして化粧するのだがそもそも化粧と呼べるレベルじゃない女子
斜に構えて世の中の全てを知っているとでも言いたげな男子
早くから高校受験に備えて塾に通い内申点の事まで気にしている一年生

中学校の教師を目指した理由は簡単だったからだ。
中学校で教える内容なんて簡単だし、教員免許だって大学で教職課程を進めば誰でも取れる。
どうせ適当に働いて適当に結婚して適当に子供が出来てこの仕事も辞めるんだろうなぁって
中学生の相手って言っても勉強さえ教えてクラスや学校全体のルールを定めていれば大抵の生徒はその範疇で反抗する程度だ。


あ、寒いと思ったら雪が降ってきた


毎年初雪を見るとあの時の事を思い出さずにはいられない。
教師になって一年目のあの日はその年の初雪を教室の中から眺めていた。

「先生、塾があるんでもう帰りたいんですけど」


その日、私はクラスで盗難が発生したことで放課後全員を残していた。
盗まれたのはクラスメイト数名の給食費。

犯人に名乗り出なさいと言いたいところだがそんなことをすると教育委員会と保護者たちが全力疾走で駆けつけてくる。
つまり事件は発生したが犯人も証拠も探すことが出来ず出来ることと言えば盗まれた子たちの証言をヒアリングすることとお決まりの「伏せなさい。盗ってしまった子は正直に手を上げてください」くらいだ。

証言はほとんど出尽くした。

盗まれたタイミングもほぼわかった。
体育の授業中だ。


つまり犯人もわかったわけだ。

彼は体育の授業の前に「体調が悪いので保健室に行かせてください。」と言い途中で校庭に出てきた。

まぁあとは「伏せなさい」からの一連のくだりをしてから後から職員室にでも呼んで盗まれた給食費を回収すればいいか。


「そうね。もう遅い時間になってきちゃったしそろそろ終わらなきゃね。じゃあみんな机に顔を伏せて。」

生徒たちは一同に顔を伏せて教室ってここまで無音になり得るのかと思うくらい静寂に包まれた。

「私はこのクラスに給食費を盗むような生徒はいないと信じてる。でもね、ほんの出来心でやってしまった。そういう事って誰にでも起こるのよ。だからもしも、そんな子がいても私は責めたり叱ったりはしないわ。このクラスのみんなも普通に接してくれるはず。」

クラスの生徒全員が私の言葉に聞き入ってる。

「だから正直に教えてほしい。本当に出来心でやっちゃった。今はすごく後悔してる、と言う子は静かに手を上げて。」

彼は廊下から三番目の列、一番後ろの席に座っている。周囲に気づかれずに手を上げることもできるだろう。

そう思って彼のほうを見ていると・・・・


何分くらい見ていただろうか。
自分が見ているものの意味が分からなくて完全に思考が停止していたようだ。


彼は笑顔でただ私を見ている。

手を上げていない。

あの目は何?

みんなにバレる事への恐怖とか、盗んだことへの罪悪感とか、そこには一切感じられない。


好奇心


彼は瞬きすらせずに私のほうを見ている。

私がどんな反応をしてどんな行動をとるのかワクワクしている。彼にとって今回の犯行はあくまで実験だったのだ。今回のような事が起こった場合に私がどのように反応するのかを観察するための。
いや、そもそも実験体ですら無いと思う。
彼は私のことに今まで興味を示したことがないのだ。
先生と呼ぶだけで私の名前も知らないんじゃないかとすら思う。

彼にとって私は私ではなく、教師でもない。
人間だ。

地球上に掃いて捨てるほどいる人間の中の一人でしかない。

もうあれから十五年が経過した。

私は結婚することも無く、子供が出来ることも無く、辞めることも無くまだ教師を続けている。

彼は今、三十歳になっているはずだ。

一人でも多くのサラリーマンの方々に起業という選択肢を視野に入れて今、自分で納得出来てない働き方を改善できる手助けになればと思い頑張って有意義な情報を提供していきます。