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三つ葉のクローバー#8

入学式を終えたあと、僕を含めた哲学専攻の新入生が教室に集められた。60人余りいる新入生を便宜上、30人ずつ二つのクラスに分け、オリエンテーションを行うのだ。

最初に、基礎演習を担当する山本教授から挨拶がある。山本先生は茶色のジャケットにノーネクタイ姿で、いかにも人の良さそうな笑顔を浮かべていた。しかし、ときおり見せる眼差しには哲学者らしい鋭さがあった。

「大学生というのはもう子供ではない。そうである以上、私は君たちを大人として扱う。大人であるからには相応の行動をとりなさい」

という非常にありがたいお言葉に続いて、横に控えていた学生課の職員から細かな説明がなされた。

それによると、

・最初に英語のランク付けテストがあり、それによって講義のクラス分けがなされる
・初めの1か月間は履修する講義を決めるための登録期間であり、その間は自由に講義を聞くことができるが、登録しないと単位はもらえない
・「仏教の時間」という一年次に課せられる必修科目がある
・第2外国語として、ドイツ語、フランス語、スペイン語、中国語から必ず一つを選ぶこと

おおよそこのような内容である。入学して初めて聞く話に、僕は少し戸惑いを覚えた。

最後に、新入生がひとりずつ自己紹介することになった。その中で唯一気になったのが木嶋くんである。

彼は皆がスーツを着用している中、一人だけ黒いTシャツの上にヨレた赤いチェックのシャツを羽織るというラフないでたちをしていた。気だるげに体を傾けながら、

「木嶋です。大検をとって入学しました。いま22です」

とぶっきらぼうに自己紹介をした。その態度には他の学生にはないふてぶてしさがあった。

僕も同じように、大検をとって通常よりも2年遅れで大学に入った口だった。ゆえあって高校を中退し、なんとかここまできたのだ。彼の事情はわからないが、彼にもそれなりの苦労があるのだろう。

一連の説明が終わると、僕はさっさと家に帰った。父が荷物を持ってくることになっているのだ。部屋の中には、実家で使っていたテレビと従兄弟にもらった冷蔵庫がすでに運び込まれていた。

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