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【連載小説】恥知らず    第5話『火曜担当:エツコ』

 

一晩中ケイコのドSプレイに蹂躙されていた俺はボロ雑巾のように萎びたまま朝を迎えていた。俺は結婚願望はないが、もし万が一ケイコが嫁になったならば、その性生活は阿鼻叫喚の地獄絵図と化するであろうと想像される。あぁぁ……くわばらくわばら……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……                        がくがくぶるぶる震えながら、俺は身支度を整えて朝食のロールパンとコーヒーを口にしていた。                                         マニアックなプレイに陶酔していたケイコは、この上なく卑猥なデザインの豹柄のランジェリーを纏った上に、夜通し俺の股間を踏みにじっていた真っ赤なブーツを履いて、何とも形容し難い出で立ちで寝室からのそのそ這い出てきた。                                     リビングに現れたケイコは、メンソールの煙草を咥えライターで火をつけてブーツをぬいで朝食を食べ始めた。大柄で彫りが深い顔立ちのケイコの捕食姿は、ワイルドで欧米人種のようだ。大食いのミホとは種類が異なるワイルドである。                                      「なあ、ケイコ。俺な、今持ち合わせないねん。」                         俺は粛々と平身低頭でケイコに金銭的救済を懇願した。ケイコはロールパンを頬張りながら「またぁ?」と言いたげな表情で、財布から万札を5枚取り出してぶっきらぼうに俺に差し出した。                           「もう、しゃあないなぁ…」                                    「おおきに、おおきに。助かるわ。いつもすんまへんな。」                     俺は船場のあきんどみたいなリアクションでケイコに感謝の意を唱えた。 さすが、看護師長のケイコは高給取りなので、頼んだらなんぼでも出資してくれる。俺にとっては実にありがたい貴重な資金源なのだ。                                「またおいで。待ってるから。」「ああ、また来るよ。」                       ケイコはキャッチャーミットのような分厚い両手で俺の顔を挟んで、んぐ…んぐ…と無理やり舌をねじこんで、1分位ねっちょりと舌を絡めてきた。 俺は窒息しそうになって、オエっとえずいてしまった。

                                    やっとの事で悪魔の拷問から釈放された俺は、いつもの如く満員電車に揺られて出勤した。すし詰めの車内では、二日酔いと寝不足のせいか目の前のおばはんの香水の匂いが執拗に鼻について思わず吐き気を催し、俺は不覚にも三ノ宮駅に到着するや否や、トイレの個室に駆け込んでゲリラ豪雨の如く、滞留していた胃の内容物を全てぶちまけてしまった。                               ああぁ~✕△〇・・・・・・・・本日は絶不調や・・・・・・・                      嘔吐後の酸っぱい匂いを撒き散らしながら出社すると、今日も満面の笑顔でユミから手作り弁当を渡されたが、胃のムカムカが絶賛継続中の為、正直なところ今日は弁当の受け取りを辞退したかった。             波平、もとい島袋係長は、脂汗が滴る俺の青白い顔面をしげしげと覗き込んで、                                                「おや?どないした?遊び過ぎちゃうんか?」                           と核心を突いてくるので思わず狼狽してしまった。チョンばれである。          俺は適当なリアクションでその場をやり過ごして、そそくさと外回りに出向いた。昨日のK医療センターの売上が今月の目標額のおよそ6割をクリアーしたので、今日は適当に回って大半をどこか目立たぬ場所で停車して昼寝を決め込むつもりでいた。 

こうして俺は午前中に得意先を3件回った後に、人通りが殆どない住吉霊園の近くに路上駐車して、慢性的に不足気味の睡眠を補う事とした。                           さあて、がっつり寝るでぇ~とシートを倒した時、メールの着信音が鳴動した。火曜日担当の交際相手であるエツコからのメールだった。                                              御年35才の資産家未亡人・ 稲森エツコは、芦屋の六麓荘の豪邸にて数名の使用人と暮らしている正真正銘のセレブだ。                               北新地の№1ホステスだったエツコは、若干20才にしてエツコの亡き夫で関西有数の実業家・稲森ケンイチを色仕掛けで本妻から奪い取り、見事に愛人から本妻に成り上がったツワモノである。床上手なエツコに骨抜きにされたケンイチは慰謝料5億円で前妻と協議離婚。その後、前妻・チエは5億の慰謝料を元手に再婚相手と起業し悠々自適な生活を送っている。因みにチエは、水曜日担当の交際相手・専業主婦の水野チエである。                               ところが、エツコとは親子程歳が離れているケンイチは、結婚7年目にしてステージ4の末期大腸癌を発症、発症後わずか半年で帰らぬ人となった。 エツコはケンイチの死後、巨額の保険金を受け取り、全財産を相続、全国展開の飲食業、不動産業、IT事業を引き継いで、未亡人実業家としての波乱な人生を書籍化した自叙伝『女のみち』を出版する等、執筆業にも携わり日本一多忙な未亡人生活を送っていた。                                          6年前、俺が勤めていたホストクラブに客として来店したエツコに指名され、思いの外気に入られたのがきっかけで交際に発展し現在に至っている。                                                 「こんにちは。出張が予定より早く終わったので帰宅してます。よかったら今すぐ来て。待ってる。」                                     相変わらずわがままな女だ。己の欲望の為なら相手の都合などお構いなしの強欲なエツコに少々辟易しているが、7人の女の中では最も裕福で最大の資金源故に、多少のわがままには目をつぶり、足掛け6年もの長きに渡って関係を継続しているのだ。                                                   諸君、年増のセレブを都合よくゲット出来たならば、遠慮なく貢がせよう。老後の生活費にまわすか、資産運用の軍資金にするか、その用途は多様にあるのだ。己の人生を豊かにする為には、貴重な資金源は有効活用すべきである。                                          本日の俺は元より職務を放棄する気満々だったので、適当な急用の発生を口実に早退直帰してエツコの豪邸へ赴く事は可能であるが、なにぶん睡眠不足なもので今から最低でも2時間は熟睡したいと身体がSOSを発している故、2時間半後にそちらへ伺うとエツコに返信し、しばしの休息についた。                              

2時間眠る予定が、目覚めると寝過ごして3時間爆睡していた。俺は慌ててエツコに「遅れる、すまん。」とメールし了承を得た後に、会社に早退直帰の連絡を取付け、急いで六麓荘に向かった。                         3時間でも睡眠を取れた事で、ようやく体調不良も回復し脳みそもスッキリしたところで山手の登り坂をくねくね進んでいくと、マジンガ-Zに出てくる光子力研究所のような近未来的な外観の巨大な要塞の如き稲森邸が姿を現した。                                    俺はガレージ前にて顔認証システムのセキュリティカメラで認証を得て、ゲートが開いたのを確認して邸内にフェードインした。                           来客用駐車スペースに停車すると、初老の執事・榎本が俺をリビングまで案内してくれた。50畳のリビングに赴くと、卑猥なネグリジェ姿のエツコがソファに腰かけてワインを飲みながら、まったりくつろいでいる。                                                    エツコは俺を見つけるや否や、妖艶な眼差しを俺に向けて妖しく微笑んだ。「いらっしゃい、待ってたわぁ~」                                  俺は既に体力が回復していたので、纏わりつくような熟女のフェロモンを撒き散らすエツコを目の前にして股間が微妙に反応していた。                  エツコは抱きしめたら折れそうな程の細身で、浮世絵の美人画を思わせる切れ長の涼し気な目と綺麗な弧を描く細い眉が印象的なうりざね顔の和風美人だ。ただ、その涼し気な容姿と佇まいがどこか計算高く冷淡な印象を与える為か、亡き夫・ケンイチの死因に疑惑を抱いている関係者もいるのだ。       「今日は泊まってくでしょ?一緒にワイン飲も。」                      俺は誘われるままにふらふらとソファに歩み寄り、背広を脱ぎ捨てエツコの隣に腰かけてグラスを手にした。エツコは右手で俺のグラスに何年物か分からぬ血の様な赤ワインを注いで、左手で微妙に反応している俺の股間を弄りながら、ふん、ふん、と鼻息を荒くしていた。                                         「若い子はええわぁ……もうこんなに固くなってる……」                    「どないしたん?溜まってるんか?」                               俺はワインを飲み干して、エツコの小振りなタラコ唇を右手の人差し指で愛撫した。エツコは俺の指を口に含んでじゅるじゅると舐めまわした。             「もう~いじわるぅ…一週間も出張行ってたら身体が疼いておかしくなるわ…」                                          辛抱たまらなくなったエツコは、ネグリジェを肌蹴て俺の衣服を脱がしに掛かった。俺は無抵抗でされるがままに脱がされていた。                                           「東京行ってたんやろ?歌舞伎町のホストクラブとか行ったらええやん。」「なんでぇさぁ!ウチはフユヒコちゃんがええの!」                      エツコは甘ったるい猫撫で声で哀願しながら、火照った唇を重ねて口に含んだワインを俺の口に流し込み、べろんちょべろんちょと舌を絡めてきた。                  口から垂れ出てきたワインで赤く染まったお互いの首筋から胸元を舐めくりまわし合って、俺とエツコは狂ったように貪りあった。 

「ねえ、今の仕事辞めてウチに来て。フユヒコちゃんを専属の秘書にしたいねん、お願い…」                                       幾度となく昇天してぐったりしている俺の耳元でエツコが妖しく呟いた。                                      エツコは俺を奴隷にして支配下に収めたいようだ。                             俺はまだまだ若い。この先やりたい事は山のようにあるし、やりたい女も星の数ほどいる。一人の女に縛られて自由を奪われたくないのだ。                                       ましてやこんな強欲な年増女に拘束されて、一生を捧げるなどまっぴらごめんだ。                                            てな事をつらつら考えながら俺はマルボロを吹かしつつ、果てしなく広がる50畳のリビングの天井をぼんやり眺めていた。


                   つづく                                                         

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