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【連載小説】恥知らず    第9話『史上最大の修羅場 中編』


「340号!もとい、出生届の呼び名に従って九条フユヒコと呼ぼう。」                俺は昨夜帰宅途中に正体不明の暴漢から一方的に暴行を受け、気付いたら自宅のベッドで横たわっていた。暗闇からの呼び掛けに目を覚ますと俺の枕元に姿形が俺に瓜二つの謎の人物が立ち尽くしていた。                               「君は長年に渡って己の汚れた欲望を満たす為だけにあまたの罪なき女性達を弄び、時に結婚詐欺まがいの違法スレスレの暴挙に及ぶなど鬼畜同然の所業を繰り返してきたが、そんな恥知らずな生き方が当然の事ながら許される筈もなく、君の生命活動もそろそろ限界が近づきつつある事を推して知るべしなのだ。私が言ってる事が理解できているか?」                           俺のそっくりさんは至極真っ当な道徳観を振りかざして悦に浸っていた。こいつが言わんとする事が正論なのは百も承知しているが、それを差し引いても俺が煩悩に忠実な生き方しか出来ないのは実に根深い諸事情が絡んでいる故、ある意味やむを得ないのである。

話せば長くなるので一部割愛するが、上記の根深い諸事情について敬愛なる読者諸君と俺のそっくりさんに説明しよう。
俺の前世は安土桃山時代にて名将・明智ミツヒデに仕えていた文武両道の勝ち組武士・加納フユザブロウなのだ。部類の女好きで有名だったフユザブロウは、かの歴史的大事件である本能寺の変が勃発した際にミツヒデから影武者になれと半ば強制的に命を承った。案件を無事遂行した暁には褒美として好きなだけ都の女を抱かせてやるとの条件を提示され快諾したが、結果的にフユザブロウは豊臣ヒデヨシ一派の暗殺部隊が繰り出す巧妙な人海戦術から逃れられずあっけなく犬死にしたのだ。
好きなだけ都の女を抱ける望みを失い志半ばでこの世を去ったフユザブロウの無念をそのまま受け継いだ俺は、現世でフユザブロウの無念を晴らすべく鬼畜と罵られようともその使命を全うしようと誓ったのであった。
俺は年に三度、京都にあるフユザブロウの墓前にて進捗状況を報告し、フユザブロウの魂が心置きなく成仏できるよう日々戦っているのだ。
「君が前世からの呪縛に囚われて鬼畜道を歩んでいる事情は一応理解した。しかしそのような愚かで下劣な事情を正当化するのは、やはりどう贔屓目にみても間違っていると言わざるを得ない。今からでも遅くない。これまでの悪行を悔いて反省して人の道をやり直すのだ。これ以上悪事を重ねてはならん。」
「待ってくれ!フユザブロウの無念のノルマ達成にはまだまだ程遠い。ここでやめる訳にはいかん。頼む、見逃してくれ。この通りだ。」                「ダメだ。今後も変わらず鬼畜道を継続すると、早晩間違いなく惨たらしい死を迎える事になる。君はまだ死んではならん。改心して生きるのだ。」

「おい、大丈夫か?」
うわぁぁと叫びつつ、がばと起き上がると目の前に実兄・ナツヒコがいた。随分と久しぶりに兄貴と対面したが、なぜここに兄貴がおるんや?
「へ?なんで兄貴おんねん??俺のそっくりさんはどこいった??」
「は?何を寝ぼけとるんや。お前だいぶうなされとったぞ。」                    兄貴曰く俺に極めて重要な話をする為、早朝わざわざ姫路の実家から神戸まで赴いたが、到着するとなぜか俺が自宅前にてボロ雑巾の如く倒れていたので、何事やと懸念しつつ俺を部屋まで担き込んでベッドに寝かせたとの事。               「あのなぁ、ぼちぼち実家に戻れ。いや、戻ってくれ。頼む。」                      「何かあったんか?家業は兄貴が継いでるから俺いらんやろ?」             「よう聞いてくれ。実は親父がもう長くないねん。末期の大腸癌や。持ってあと半年もないかもしれん。で、ここからややこしい話になるけど、親父は不倫相手が5人もおるんよ。」                                
「でな、最近5人の女が毎日のように訪ねて来るんよ。奴ら曰く、親父の遺言書が必ずどっかにある筈やと。親父が元気な時にそんな話をしてるから間違いないと。俺から言わせるとお前らアホかと。男女の関係があったとしても所詮他人やぞ、浅ましい事を云うなと。なあ?お前もそう思うやろ?」
俺の好色は親父からも受け継がれていたのか……しかし不倫相手から資産を狙われるとは、正に身から出た錆である。大いに悔いるがよかろう。                           
「いきなりそんなん言われてもなぁ……親父は何かとんでもない地雷を隠し持ってるかもしれんぞ。ああいう手合いは何考えとるかわからんで。」                                            「 そうなんよ、もし万が一あの女どもに当てた遺言書が出てきたら後で揉めるでなぁ。そこでやな、フユヒコに相続の件を対応してもらおうと思うてるんよ。」                                               「は?なんで俺?悪いけど俺も暇やないねん。他を当たれよ。」                      「いやいや、お前が適任や。相変わらず遊びまくってるんやろ?女の扱いに慣れてるお前が、あのがめつい女どもを上手く手懐けて放逐してくれたらと思うとる。と同時に親父の遺言書を探して欲しい。無論タダでとは言わん。それなりの報酬は出す。相続問題が無事解決したら重要なポストも用意するから。な、頼むわ。」                                  俺は返事を保留した。姫路に戻っても俺は変わらず複数の女を相手にせなあかんのか……
「で、親父の不倫相手の身元はわかってんの?」                        「ああ、3人は判明してる。これ見てみ。」                          兄貴は徐にA4サイズの角封筒に入った資料を出した。おそらく興信所の調査報告書だろう。                                                資料を見て腰が抜けそうになった。3人のうち1人は、日曜担当の女子大生・大塚ミホだ。どんだけ世間は狭いんや……                       「ん?この女知っとんか?」  
「ああ、この際やからぶっちゃけるわ。大塚ミホは俺のセフレや。ビッチの女子大生。」                                    兄貴は呆れ果てた表情で俺を諭した。                               「なあ、フユヒコ。遊ぶなとは言わんけど、そろそろ落ち着いた方がええんちゃうか?お前は昔から節操無かったけど今も全く変わってへんなぁ…」         成績優秀で品行方正な兄貴からすると、俺のような好き勝手に生きている根無し草が身内にいると定めし頭痛の種であろう。

「ところでお前、昨夜何があった?スーツはボロボロやし、全身傷だらけ、アザだらけや。」
「ああ、そやねん。いきなり背後からフルボッコされてなぁ……相手は3~4人はおったと思う。ほんまに不意打ちやったからどないもならん。」 「誰かに恨まれとんちゃうか?心当たりは?今何人の女と付き合うてる?」                        「心当たりなんかないで。女は7人。今正に七股状態。」                                   「… 悪いことは言わん。一度精神科で診察受けろ。タイガーウッズみたいな性依存症かもしれんぞ。」
と、そこへインターフォンが鳴動した。モニターを見るとそこには、何やら鍋を抱えているユミがいた。                                             「フユヒコくん、おはよう。ゴメンね、突然お邪魔して。」                     「おはよう。どないしたんよ?あ、今兄貴が来てんねん…」
「フユヒコくんが心配なんよ。最近ずっとしんどそうやし…」                           そこへ兄貴が俺とユミの会話に割って入ってきた。                                                    「彼女やろ?ええから上がってもらえよ。」                  俺とユミのインターフォン越しのやり取りに、業を煮やした兄貴は玄関に向かいドアを開けた。                                                                        
「初めまして。フユヒコの兄で九条ナツヒコと申します。いつも弟がお世話になってます。さ、さ、どうぞ上がって下さい。」                          「お兄さん、初めまして。フユヒコくんとお付き合いさせてもらってます、芦原ユミと申します。これ、煮物作ったんですけど食べてもらいたくて。」「おー、これは美味しそうやなぁ。フユヒコに食べさせましょう。」                 部屋の奥で傷だらけの俺と対面したユミは、驚きの余り膝から崩れ落ちた。 「どうしたん?何があったん?ほんま最近のフユヒコくん何か悪い物に取り憑かれてるみたいやわ……」                                 夢に現れた俺のそっくりさんの忠告通り、俺の寿命は残り少ないのだろうか?
「あのね、ユミさん。実は今日は大事な話があってな。親父が末期の大腸癌であと半年も持ちそうにないっちゅう事と、近々にフユヒコには姫路に帰ってもうて家業を手伝わしたいのでその説得で来たんよ。ところで二人は結婚考えてんの?」                                          「もちろんです。フユヒコくんが仕事辞めて姫路に帰るんやったら、私も退職してフユヒコくんについていきます。」                            おいおい、ちょっと待ってぇなぁ……俺は結婚なんかしたくないでぇ……
兄貴は妙に嬉しそうなリアクションで俺とユミを見据えていた。               「そうかそうか。そりゃぁよかった。うんうん。ユミさんはええお嫁さんになるでぇ。」                                          ユミは兄貴の称賛に頬を赤くして照れていた。俺は複雑な心境で窓の外をぼんやりと眺めていた。
こうしてこの日は昼過ぎまで兄貴とユミと3人で他愛ない会話を交わして過ごした。その後兄貴は親戚と会う約束があるとの事で加古川に向かい、ユミは夕方から友達と女子会があるので帰っていった。

本日土曜はマイとの面談を控えている。無論会えば食事や性交を享受したいのだが、ここ最近僅か数日間で、K医療センター担当降板、ルミの妊娠及び出産後の認知問題、就業中の追突事故、マイの不可解な私生活、謎の暴行事件、親父が余命半年、実家の相続問題、と矢継ぎ早に頻発する事件・事故に思考が追い付かず、尚且つ昨夜の暴行による負傷も加わり心身共に疲弊を極めているので、マイを満足させられるか不安であった。
マイとはいつも六甲道駅で待ち合わせるが、昨夜の負傷で全身が悲鳴を上げているせいか正直出歩くのがすこぶる大儀に感じられた。                          俺はマイに「今日は事情があって外に出れない。うちに来るか?」とLINEを送ったら、即効で「ええよー」と返信が来た。                       そうして30分後にマイが訪れた。昨日の水商売風の派手な出で立ちとは打って変わって、いつもの垢抜けない地味な装いだった。
「あらぁ、どないしたんよ?傷だらけやん。何があったん?」                        「昨夜、暴漢にやられてな…」                                   「ええー!誰かに恨まれてるとか?心当たりないん?」                       「ない。ほんまにわからん……」                                                と答えつつも、ふっとルミの顔が思い浮かんだ。もしかすると俺はルミに私生活を監視されており、昨夜の暴行はルミの舎弟たちの仕業ではないのか?との疑念が脳内を駆け巡った。だとすれば、マイとユミにも被害が及ばないのだろうか?と同時に他の女たちも心配になった。               

俺は話題を変えてマイに昨日の一件及びスエキチとの関係などを問い正した。マイは落ち着いた口調で詳細を語り始めた。                            当初は食品会社に勤務していたが、上司との不倫がバレて社内で誹謗中傷を浴びせられ、社内での居場所を失ったマイは退職を余儀なくされた。                  加えて上司の妻から多額の慰謝料を請求され支払いに困窮した挙句ソープランド、デリヘル、キャバクラを複数掛け持ちして生計を立てる事となった。                                               親族、友人、知人にも相談出来ず精神的に疲弊していた時にスエキチと出会い、やがて親身になって話を聞いてくれるスエキチの優しさに惹かれて交際を始めたとの事。
なぜ俺に相談しなかったのかと疑問を抱いたが、俺に話すと地元にまで話が広がる懸念があったので言えなかったらしい。
マイ曰くスエキチは包容力があって優しくて身体の相性が抜群に良いとの事。しかし定職に就かずマイの稼ぎをあてにしている純然たるヒモで、嫉妬深く神経質で短気故に時々意味もなく激高しては暴力を振るわれている等、傍から見ると男選びを誤ったのは明白であった。
因みに事故に遭った橙色の軽自動車・オレンジマシーンは格安の中古車だが、車両購入費、駐車場代、維持費全てマイの負担である。更に著しく民度が低く性質の悪い輩のスエキチは、ムチ打ちになった等と難癖を付けて法外な治療費を請求してくる可能性があるので要注意である。

マイの話を一通り聞き入った俺は、救いようが無い上に業の深さが仇となっているマイの生き様を憂うしかなかった。
微妙な幸薄さを滲ませているマイを見据えている内に、なぜか俺の股間は反応してしまった。しかし負傷している為か、マイを押し倒す体力と気力は失われており、ひたすら悶々と股間を屹立させていた。そんな俺の股間を目にしたマイは口角を上げて妖艶な笑みを浮かべていた。                      「怪我しても元気やなぁ。するぅ?」                             「したいけど動くんしんどいわぁ。口と手でしてくれ。それか上に乗ってくれ。」
マイは衣服を脱ぎ散らかして俺の上に跨って悶絶していた。


                  つづく  

                            
                   


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