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【小説】最推しに逢いたい~Sister's Wall~第7話

#創作大賞2024 #漫画原作部門

https://note.com/happy_dahlia731/n/n05fbd92e74f8

「『VIVID』って聞いたことあるわ、2・3年くらい前ネット界隈を騒然とさせた凶悪なクラッカー・・・大企業のサーバーに侵入して極秘データを人質にして金銭を要求する手口で数十億巻き上げたのよね」
「ボクも知ってるよ。なんせ商売道具をオジャンにされたらいけないからセキュリティ対策に苦労したもんだよ」
日々情報収集している美乃梨だけでなく、IT分野が畑である有菜も悪質なクラッカーの存在を知っていた。それだけではないとエレナが続いて言い出す。
「コイツ、美嘉につきまとっていた陰湿なファンだよね?確か名前は那須日々人(なす・ひびと)。CheChill結成前のグラドル時代からイベントや握手会で粘着的に接近してたわ。一緒に買い物行ってた時、後つけられてて本当に気持ち悪かった!」
不快感満載に愚痴るエレナはスマホで検索したVIVIDこと日々人の顔を見せた。カッコ良くもなく、ブサイクでもないいわゆるフツーの顔立ちだが、目つきは照準が定まってなくてこういうのが一番厄介な本性を持っていることがわかる風貌だ。
「でもどうしてクラッカーの『VIVID』と姉ちゃんにつきまとってる陰湿なファンが同一人物だってわかったんだ」
「美嘉宛の手書きのファンレターに書いてあったの。まあ、美嘉は貰ったファンレターを読まずに捨てる癖があったけどゴミ箱から拾って開けてみたんだけどまあキモかったわ。自分がこれまでしてきたサイバー攻撃を武勇伝の様に語ってきたからね。今どきの人間、しかもクラッカーとはいえパソコンに精通している奴が手書きとはどういうこと?」
こうもITに精通している人間でもアナログな手段を使う理由がわからないエレナの疑問に彼方は推測した。
「デジタルな証拠を残さないためか…ウェブ上ではこの手のメモは残さずにいることで追求をかわすつもりだ」
アナログな証拠は隠滅が簡単だ。控えがない紙のメモは燃やせ証拠は無いも同然だ。しかし保管していればそれは決定的な証拠となる。
「それとこの手紙に書いていた襲撃先はいずれもニュースで『VIVID』が関わっていることが確認取れたわ。これらの状況からして那須日々人が『VIVID』と断定できるわね」
証拠をこっちから渡してくれたので警察に提出すればすぐに逮捕できるようなものと思っていた。それは簡単ではないことを美乃梨が語る。
「でも届出を出したとしてもハッキングの犯罪はより確実な証拠が必要だし、つきまといにしても美嘉や周囲に実害が無いので警察に出しても簡単には動いてくれないわ」
今、『VIVID』=那須日々人であることをわかっているのは彼方や美嘉を除くCheChillのメンバーのみや事務所の一部スタッフと…
「あなた達、こんなところにいたのね」
長浜副社長ら事務所の上層部だ。
「話は聞いたわ。(中略)知ってしまった以上仕方ないけどこの事はみんな口外無用よ、いいわね」
「「「はい!」」」
「よろしい。それぞれお疲れのようだから、今日はみんなもうあがって」
副社長から今後の注意を話して今日のところは終わりを宣言してメンバー達は散り散りになっていった。
(今は変に動かない方がいいな)
彼方がそう考えていると副社長が声をかけてきた。
「彼方くんは今から警察に行くの?」
「いえ今回はログの提出だけでしたので僕もあがろうかと」
「そう、色々聞きたいことがあるけど…」
「少しならいいですよ」
「ホント?」
と言う事で応接室の一室で副社長と話す事に。秘密性の高い話なので上役の権限として部屋のカメラを切り電子機器の電源を全てオフした状態だ。早速長浜副社長は切り出した。

「彼方くんがわかる範囲で教えて欲しい。その『VIVID』という男、私達の事務所に逆恨みして今回の生配信を襲ったの?」
「いやそれなら事務所のサイトを攻撃するはずです。いくら対策はしていても相対的に見て普通レベルのセキュリティであれば彼は侵入できてしまう。だけど今回それをしなかった」
「どうして?」
「先ほどエレナから聞いたんですが、『VIVID』は姉ちゃんがグラビアアイドルの時から熱心だけど悪質なファンでもあったみたいです。そこに事務所のサイトやサーバーにハッキングの証拠残したら特定されて出禁にされると思ったんでしょう」
「頭が回っているようでかなりアホっぽい奴ね…」
オフレコの対話なのでさりげなく毒を吐く副社長だが、彼方には指摘したり笑う余裕もなかった。それでも同調して話を進めていく。
「ともかく『VIVID』と美嘉へストーカーしてる男が同一人物だとしたらかなり厄介ね。特に君と美嘉の姉弟は共に標的にされているから気をつけないとね…」
「…はい」
「今日はもう疲れたでしょう、帰って休みなさい。事務所からタクシーを出すわ」
「ありがとうございます」
副社長との話を終えて車を待っていた彼方のもとに近づいてきたのは、
「彼方くん、大丈夫?」
「裕美…でいいんだよね?」
「うん、もう仕事終わったから」
アイドルとしての仕事を終えて、1人の女子高校生に戻った裕美だった。
「彼方くん、今日は大変だったね…」
「ああ、ここ最近僕自身休まる暇もないよ。試験終わったらいきなりの連日タレントとしての仕事があるんだもん。ハッカーとしての仕事とは調節してくれてるからいいものの推し活の時間が減ってるよ…と言ってもその最推しと接する機会が多くなって楽しいけどね」
文化人として事務所に入ってから連日の仕事にため息をつきつつも、最推しが身近にいる事は嬉しい限りだった。
「それにしても、サイバー攻撃を行うクラッカーであり美嘉のストーカーでもある彼が怖いわ…いずれ私達にも危害が及びそう…」
和泉の姉弟を襲う男がいずれ自分たちをも襲うのではと裕美は不安がっていた。
「大丈夫だよ…事務所も警戒してくれるし、僕も大人しくするつもりはない…姉ちゃんはともかく、皆んなと一緒に負けずに頑張るよ!」
「彼方くん…」
顔立ちは可愛いながらも、決意してキリッとした表情の彼方に裕美はドキッとしたようで頬を少し赤く染めていた。
「あの…彼方く…」
「あ、こんなところにいたのね。2人とも車準備できたらそろそろ帰りなさい」
彼方に想いを伝えようとした矢先の裕美の声は副社長にかき消されてしまった。
「わかりました。それじゃあな、裕美」
「うん…また今度ね」
こうして彼方は事務所が手配したタクシーで、裕美は長浜副社長と一緒に帰ることになった。自宅に着いたのは夜21時を過ぎたころだ。
「大変な日曜日だったな…」
これまでの自室にこもって仕事と推し活の日々とは想像もつかない別の方向に多忙な日々による充足感とこれから強敵が仕掛けてくるかもしれない不安感が付き纏っていた。
「こんなんじゃダメだ!しっかりしないと」
気を引き締めてリビングに入ると美嘉が既に帰宅しておりだらけていた。ソファでのんきに寝ているところを見ていると、他のメンバーを自分の弟がとんでもない事態に直面しているのを全く知らない感じだ。健全な男子なら間近に無防備に寝ているスタイル抜群の美女に欲情してしまうところだ。だが彼方は素性が知れてる肉親であることと、最推しと自分が逢わせる事を頑なに阻止し続けた実の姉に見とれるほどバカではない。
「風邪ひいてもしらないよ…」
そっとタオルケットをかける家族の情はあるようだ。

 自室に入った彼方はひとまず仕事道具と両親に提供したシステムの確認に入る。厳重にしているけど油断したら侵入されているかもしれない…と思っていたがいずれも無事だったので安心した。だが「VIVID」は自分を標的にしている可能性が高いので、警戒レベルを上げておき罠を張り巡らしておく。
「もう疲れた…」
作業をし続けて眠気が来たのでベッドに就いたのは23時過ぎだった…

続く。

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