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【小説】最推しに逢いたい~Sister's Wall~第8話

前回までのお話はこのマガジンで。

 彼方が自宅で眠りにつこうとしていた同日曜日の夜、1人のアイドルが所属する芸能事務所の副社長と共に都内某所のマンションに帰宅した。
「ごめんね裕美、沖縄での撮影で疲れていたのに配信に関する事で巻き込んで」
「仕方ないよ、みずき姉さん。そっちだって大変なんだし」
家に入ると「芸能事務所の副社長と所属タレント」から「姉妹のように育った親戚同士」に戻る。この2人の関係は事務所内でも一部の人しか知らない。ここで彼女たちの詳しい事を語っていくとしよう。


 米原裕美(よねはら・ゆみ)、私立の通信制高校に通っている18歳の高校2年生だ。本来なら3年生…なんだけれどこの理由は後々話そう。彼女は小学5年の頃、両親を不慮の事故で亡くした際、芸能事務所を経営している遠縁に引き取られた。
「これからよろしくね。落ち着かないのはわかるけど、今は天国にいるお父さんとお母さんに元気で笑顔を見せてあげないとね」
「う、うん…ありがとう」
普通ならなかなか馴染めないが、遠縁の一家は優しくしてくれた。特に一回り年上の長浜(ながはま)みずきは年齢差を感じさせないほど親しみやすく、両親を亡くし憔悴していた裕美を癒してくれた。みずきは当時、無名ながらも家業の事務所でタレントとして活動していた。実際のところみずきは「所属タレント」ではなく「事務所の役員候補」であり、タレントをしているのは業界を実態を把握する「研修」みたいなものだった。18歳から大学と会社とタレント業をマルチにこなしており、裕美が中学生になった24歳のときにタレントを廃業して事務所の副社長に就任した。普通なら縁故で反発があるものの、早いうちの「研修」と前から彼女のスキルの凄さを把握していた事から受け入れられた。
 一方の裕美はそんなみずきを尊敬する一方で、いくら引き取られた彼女の家族がいい人だと言っても本来の内向的な性格の自分とは無縁の世界だと思っていた。その為手に職つけようと技術面を中心に勉学に勤しんでいた。
「わたしは芸能界じゃなくて技術の世界で生きていこう」
そのこともあり裕美はリケジョとしての道を突き進む。とはいえ見た目はかなり美しく成長していったので、みずきが目をつけないわけがなかった。

 転機が訪れたのは裕美が中学2年になったころだ。みずきが新しいアイドルグループを作るために裕美に入ってほしいというのだ。
「単刀直入に言うわ。これから作られる私の事務所のアイドルグループに入ってほしいの」
「え…そんなこと言われても無理よ、私にアイドルなんて…ましてやセンターやってと言われても…」
「何言ってるの?相対的に見ても可愛い顔しているのに。それに裕美には『引きつけ役』をやってもらうだけでいいの?」
みずきが考えていたプランは裕美以外に様々な分野の駆け出しの女性タレントを集めてグループを結成して売り出していくものだ。グループの知名度をあげた後、各メンバーを個々でも活躍していけるように展開していくものだ。
「裕美にはグループの絶対的センターとして『君臨するだけ』でいいの。他のメンバーの個々の活動の幅を広げる為の広告塔になるみたいなかたちでね。だから裕美はグループでの活動以外は何もしなくていい。個人活動がない分謎に包まれていてミステリアスな面も出てくるわ」
説明を聞いた裕美はみずきに考える時間を貰い数日後、
「何事も経験と思うからその話お受けします。ただ条件として学業優先でお願いしてもいい?」
と承諾。するとみずきは歓迎するかのように嬉々として話す。
「勿論よ。じゃあ詳しい事は決まったら話すから待っていて」
そこからみずきは準備に取り掛かっていき、裕美が中学2年の秋頃に事務所に呼び出した。
「メンバーの選抜が終わったから、また詳しく話すから待っててね」

 そこにはみずきが各分野から選抜した駆け出しの女性タレント6人がいた。
「今回は弊社の新プロジェクトの初顔合わせになります。これからあなたたちにはグループとしてデビューを目指して経験や鍛錬を積んでいき、それぞれが個々に飛躍できるようにしていきます。まずはそれぞれ自己紹介をお願いします」
初顔合わせと自己紹介。
「私は和泉美嘉。グラビアを3年やっています。幅を広げたくてグラビア部門から選出させてもらいました」
「冴島美乃梨です。現在大学付属高校の2年生で、キャスター志望です。よろしくお願いします」
「河野エレナで~す。コスプレイヤー部門から選出されました。バラエティでも活躍したいのでこのアイドルグループでも頑張りますのでよろしくお願いします」
「動画配信などのクリエイター部門から選出された佐倉有菜です。よろしくー」
「声優志望の森川栞です。今の声優は顔出しも多くなったのでアイドルして顔を知ってもらいながら声優業にも邁進していきますのでよろしくお願いします」
「女優志望の長岡麻衣です。何事も経験ということでこのプロジェクトに参加することになりました。よろしくお願いします!」
(美人だったりかわいい人たち揃いだあ…私なんて)
性格や容姿はそれぞれ違うもいずれも綺麗な女性たちに気後れしてしまう裕美。だが裕美だって負けてはいない。それどころかこの中で一番際立って美しいのは裕美だ。
ついに裕美の番となった。業界をあまり知らないけど、馬鹿にされないように意を決して口を開けた。
「ミユ、14歳の中学2年生です。この度、長浜副社長のお誘いを受けて新プロジェクトに参加させていただきました。右も左もわからない新人ですが、よろしくお願いします!」
とりあえず差し支えないように丁寧かつシンプルに自己紹介したが内心はビクついていた。そしてもうこの段階から「ミユ」という芸名を使う様に徹底していた。
 
 その芸名はみずきが業界で見てきたものを踏まえて考えられたものだ。
「芸名をつけるなら本名に近くわかりやすいのがいい。なんなら裕美を逆さに読んだ『ミユ』なんかいいんじゃない?」
という軽い感じでつけられたのだが、裕美は
(確かに考えてみれば本名で活動するのは抵抗はあるし、だからといってかけ離れた芸名だと自分にとってもわかりづらいし…)
と自分なりに考えて、その芸名を受け入れた。そしてプロフィール的にも体格的なデータや「アイドルとしての趣味や好き嫌い」以外は決して明かさない事で「リケジョの裕美」と「アイドルのミユ」を完全に分けるようにした。そう、顔合わせたメンバーにもこの事は明かされていないのだ。ちなみにこの事を不審がるメンバーはいなかった。
 自己紹介を終えて、今後のプロジェクトの行程が発表された。すぐに表立ったデビューをするのではなく、まずは下積みということでレッスンやトレーニングと共に動画配信チャンネルでその様子を流したり練習の一環として生配信したりして本格デビューまで精進していく。
「肝心のユニット名だけど、中国語と韓国語で7を意味する言葉を掛け合わせた『CheChill』で行くわ。みんな頼んだわよ!」
「「「「「「「「はい!!」」」」」」」
こうして新プロジェクトは開始したのだが、裕美には不安があった。
「私来年受験だよ。どうしよう…」
「大丈夫よ、裕美はグループ活動のみにするっていったでしょ?あなたなら学業との両立も難しくないわ。高校生になったら本格始動するから、芸能のお仕事は息抜き程度に入ったらいいからね」
その言葉を受けて裕美は安心する。学生の本分である学業も大切にしてくれているのは、みずきも芸能界と学問を両立できていたし、裕美も同じようにできると信じていたからだ。その言葉通りに裕美は「ミユ」としてレッスンやたまの動画出演をこなしながら、勉強も両立していき志望校へも無理なくいける成績を維持できた。その行動には「ミユ」が一番年下で勉強も必要と思っていた事から他のメンバーも理解していた。ただ1人、美香を除いては…それは裕美が無事高校生になり、CheChillが本格的にデビューしてから9ヶ月経つ頃だった。

 CheChillは本格デビュー直後から大ブレイクを果たしていった。それだけではなく並行して各メンバーの個人の仕事と裕美の学業も順調だった。しかしある日みずきのもとに「ミユ」としての仕事を終えた裕美が相談にきた。
「副社長、ミカ高校辞めろって言ってきたんだけどどうしたらいいの?せっかく入れた高校を辞めるのは抵抗があって」
「そうね…忙しくなってきたのは事実だけど、裕美にはそんなに影響ないはずよ。グループとしての仕事は土日メインに入れているし、レッスンは夕方から。学業には影響ないと思うのだけど…」
「さっきの仕事の空き時間に楽屋で勉強していたんだけれど、それを見たミカが憤慨したの」
「あ~あの子勉強苦手だったからね…」
美嘉は大の勉強嫌いであり、当時は高校3年だったのだが通っていた芸能科がある私立高校内でも落第ギリギリでなんとか卒業できるレベルだった。でも芸能界は学無くても容姿と世渡りのスキルで生きていけると思い込んでいる。その為インテリである美乃梨とは仲悪く、勉強していた裕美につっかかってきたのだ。
話を戻すが芸能の仕事がより多忙になると「アイドルのミユ」と「高校生の裕美」の二重生活も難しくなることから2人は結論を出した。
「ミカの意見を尊重するというわけではないけど来年度は休学を視野に入れないといけないわね」
「…そうですね。でもいつかは高校卒業したいし落ち着いたらその先の道も…」
「勿論よ。学をしっかり身につけるのは大切だからね」
みずきと相談して、せっかく入った高校を辞めるとまではいかないが1年修了時に休学する事になった。でもそれが裕美にとって運命の出会いに繋がる事は知る由も無かった。

続く

あとがき
お読みいただきありがとうございます。
#創作大賞2024#漫画原作部門 にチャレンジしようと投稿させていただきました。締切が近くなりましたので、期間内では最後の投稿になりますが書き次第続けていくつもりですので今後ともよろしくお願いします。

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