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毒親サバイバーで右利きの私の、日常での些細な左手チャレンジ

私は右利きです。
子供の頃「天才は左利きが多い」ということを教わり左利きに憧れました。
両利きという方もいるそうです。とても羨ましいです。
ですが私は右利きです。

40年以上右利きをしていると、自分で言うのもなんですがお箸の扱いはとても上手です笑
何も考えなくてもスムーズに美味しくご飯が食べられます。
お豆もつかめますし、お豆腐も薬味を山盛り乗せても落とさず崩さず絶妙な力加減でつかめます。
会話に夢中になっても苦なくできます!
長く右利きをされている方には共感していただけると思います。

(右利きの)あなたは左手でお箸を持つことにチャレンジしてみたことはありますか?
私はあります。左利きに憧れた時期に猛練習をしました。
かなり難しい・・・驚くほど難しい・・・
意外と全部の指を使っているし、それぞれの指の連携がすごい。
お豆腐はつかめませんし、お行儀悪いですが刺すことも困難です。
口で迎えにいってしまいます。
会話に夢中になってしまうと、いつの間にか右手にお箸を持っていたりします笑
左手チャレンジをしたことがある方には共感していただけると思います!

私たちが日常の中で繰り返してしまう悩みとは、このようにやり慣れていることだったりします。
当たり前すぎて気づきにくいです。

例えば・・・
私には「どうして自分の思ったことが言えないんだろう?私はいつも相手の良いように丸め込まれてしまい嫌な思いばかりしている。なんで嫌だと言えないんだろう?」という悩みがありました。
自分のやっていることが当たり前すぎて、自分に気づいていない状態です。
(右手に箸を持っていることに気づいていない)

自分が繰り返しやっていることに気づくと、その悩みは『私は思っていることを言わないで、我慢をしている。』と自分のしていることから起きていることだとわかりました。

「言えないではなく言わない」を私は無意識に選んでいる。
「嫌な思いをしたくないよりも我慢する」を私は無意識に選んでいる。
気づいた時は驚きました。
まさか自分でやっていたとは思いませんでした。

右利きの私が右手でお箸を持つことは、とても自然で必要なことです。
それと同じように毒親サバイバーの私には「言わないで我慢すること」が自然で必要なことだったということです。
それは悪いことでも良いことでもなく、私にとっての当たり前で自然で必要なことだったということです。
【不便だけど素晴らしい生き方】です。

自然で当たり前ですがそれによって生きにくさがあると気づいたので、違う方法で生きることを試してみます。
左手でお箸を持ってみる。もしくはフォークやスプーンでも。
何か今までとは違うことを試してみると発見があります。

気づくと選択肢が生まれます。
どうしたいかは自分で決めて良いのです。

左手で些細なチャレンジをしてみます。
私がしてみたのは思ったことをほんの少しだけ言ってみる。
慣れてないので難しいです。
力加減を誤って痛い思いをすることもありました。
日常生活の中での人間関係でやり過ぎると自分が大変な目に遭うこともあります。
やりすぎ注意!経験者からのアドバイスです笑

私はゲシュタルト療法に出会うことで、たくさんの自分に気づくことができました。
悩みのほとんどは自分がしていることで起きています。
そしてゲシュタルト療法では、それらを反省する必要もなく手放す必要もないと捉えています。
『気づいて選択する』
とてもシンプルなことを繰り返していくことで、私はとても生きやすくなりました。

ゲシュタルト療法のワークですることはとてもシンプルです。
◆ 自分が今までやってきたこと・自分に気づくこと
◆ 今までやったことないことを実験すること
◆ 自分がこれからどうしたいか選択する

自分に気づきたい!やったことがないことを実験したい!
と思った方は、ぜひゲシュタルト療法を体験してみてください★

ゲシュタルト療法 体験ワークショップ@東京
日時:2024年6月16日(日) 13:00〜16:30
場所:東京都町田市内
参加費:1000円

お申し込みは下記フォームからお願いします。
https://forms.gle/NAUonTiKEc5Vyf6n8

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