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フェロー諸島は電子先進国であるという

ナショナル・ジオグラフィック・トラベラー誌で2015年世界一の憧れの島としてベストチョイスに選ばれたフェロー諸島。デンマークの自治領だが、ノルウェーとアイスランドの中間、スコットランドの北西に位置していてデンマークからは近いわけではない。北大西洋に浮かぶ18の群島で構成されている島国として、どの大陸からもそれなりに離れているフェロー諸島は、野生生物の楽園と言われ、自然派、アウトドア派、旅行好きからの絶大な人気を誇る。緯度が高いがゆえに夏も冬も、朝も夜も光が幻想的で、カメラマンやアーティストを喜ばせるし、特にアートに造詣が深くなかったとしても、夏は白夜、冬はオーロラなど自然のマジックを一年中楽しめる場所でもある。

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可愛らしい赤い嘴をしたパフィン(Photo by James Bowen on Unsplash)が、青い海を背景に切り立った崖縁に集まる姿は、御伽の国にいるような錯覚を起こさせるし、人間の数よりも多い羊は、優雅にあちこちで寝そべっている。島全体が自然環境保全、保護区域といってもいい環境にあるためか、人間が生活するエリアであっても、高い湿度を常に維持する自然環境も手伝って、屋根が苔で覆われた小屋や苔むした石垣があちこちで見られ(Photo by Lynn Fae on Unsplash)、ここでしか見られない独特の自然に溶け込んだ生活が繰り広げられている。

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そんなフェロー諸島には、何回か行く機会があった。デンマークからは行きやすいということもあるし、ハイキング好きのデンマーク人にとってそのうち行ってみたい場所の一つなんだろう。

実際にフェロー諸島に行ってみて驚いたことがいくつもある。滞在したのは、クリントンが環境保護の観点で会議をした時に泊まったホテル。環境に配慮した建築で、現地の素材で作られた食事は、ニューノルディックだった。議会が最古であるとか(しかも残っている)、民主主義的な捕鯨が行われているとか、首相の電話番号はみんな知っているとか、人口5万人に対し、羊は7万匹いるとか、話題にも事欠かない。フェロー諸島は、端から端までグリーンで、さらに文化的にも掘り下げられることがたくさんある。

そして自動トンネル課金道路システムにも驚かされた。一つ一つの島は小さいけれども、21世紀になってから、相次いで開通した海底トンネルで主要な島はが連結された。直近では、2020年12月には、フェロー諸島のStreymoy島のトースハウン市とEysturoy島のRunavík市を繋ぐ11キロの海底トンネルが3年の工事期間を経て開通した。トンネルの開通によってトースハウン市とRunavík市の移動に要する時間が74分から16分へと大幅に短縮されることになるのだから移動がいかに簡単になるか明白だ。トンネルは、その中央あたりにラウンドアバウト (環状交差点) がある珍しい構造になっており、工事中のSandoy島とStreymoy島を結ぶトンネルが開通すると、各島に繋がる4つの道路が交わる海底の交差点となるらしい。そして通行料は、ナンバープレートの自動認識で課金される(レンタカーも同様)。

フェロー諸島はスマートシティ

フェロー諸島に足を一歩踏み入れるとすぐに気が付かされるのは、雄大な自然であることは確かなのだが、この自然溢れる島は自然保護の先鋒であると同時に技術の先端、電子化の最先端を行くスマートシティであることにも気付かされる。

フェロー諸島は人口5万人、29地方自治体で構成される。首都のトースハウンは2万人を抱えるが、24自治体は2,000人以下だ。そんなフェロー諸島では、2015-2020年にデジタル化戦略が実施された。柱となったのは、エストニアのXロードがベースとなっているデータエクスチェンジHeldinベーシックデータ市民ポータル、2020年にはデジタル署名(digital identity)がインフラとして導入された。フェロー諸島では15歳以上のすべての市民が、EU eIDAS指針に準拠したデジタル個人IDを保有する(5万人国家ではあるけれども)。今では、統計上はブロードバンドの利用率は脅威の100%とも言われるほど高速ネットワークが広がり、98%のエリアカバレッジが達成されているモバイル利用者も国民の92%だが、一部のIT機器の利用に不安を抱える人たちのための人によるサービスも維持されているという。

これだけ聞くと、5年間でそこまで進むのかと驚かされがちだが、実はフェロー諸島は、2015年以前は全くの未開の土地だったというわけではない。それどころか、それなりに行政におけるITは進んでいたと言ってもいい。

まずは納税システムから始まる

まずは、1984年にTAKSが新納税システムとしてラウンチされ、個人番号(P-Number)が全国民に付与された。納税システムから始まるのは、どこの国でも同じらしい。そして、個人番号の付与にはどこの国でも反発が見られる。案の定、番号に対してフェロー国民からは大きな反対が見られ、利用が当初の予定からは大幅に制限されることになった。今でも、個人情報の保護が最重要視され、利用できるのは公共機関のみ、各公共機関の利用も市民の合意が必要であるなど、なんとも使いにくい個人番号制度のままだ。そのため、個人番号とは別にMyKeyというデジタルIDが平行して使われてきた。

その後も各種分野でデジタル化は段階的に進展していく。紙媒体の手紙ベースのTAKSシステムは、2000年にデジタル化され、2015年にアップデートされた。2004年からは、オンラインでの納税や記録の確認が可能になり、個人のヘルスケアデータや投薬情報のデジタル化が浸透し、2011年にはオンラインで確認できるようになっている。

行政プロセスへのICT導入目的は、迅速、効率的(そしてコストカット)な行政サービスを行うこと、生活の質の向上に貢献することだ。政府のレポートには、電子化の結果、効率的で柔軟性のあるサービスを提供し、余剰予算分を他の課題に割くことが可能になると想定されているし、少子高齢化対策、教育の充実、新産業育成やビジネス環境の整備に貢献すると考えられている。

政府レポートで、強調されているのは、皆が使えるものでないといけないとする点だ。効果を最大限に発揮するためには、皆が使えてアクセスできるソリューションでなくてはならない。だから、デジタル行政サービスは、シンプル使い勝手が良くパーソナライズされていて、何よりも今まで以上に良いサービスを受けることができていると感じられるものでないといけないのだ。

小国とデジタル化にまつわる誤解

「5万人国家であっても電子化は難しいよ」とフェロー諸島政府は臆面なく言う。今だって、レガシーシステムからの移行やデータシステム(Heldin)との融合は完全にできておらずデータの常時アップデートや相互乗り入れは、完全に達成されていない。レポートから垣間見られるイライラは、「小国だから電子化は簡単だろう」と言われるけれども、フェロー諸島の経験からは、小さいから簡単だったことなんてないという点に集約される。自分たちは頑張っているんだといっているんだろう。

フェロー諸島のレポートは、ぶっちゃけられた本音が山盛りだ。「小国であるが故に、行政プロセスの電子化が費用対効果に合わないことは多分にあるんだ。なんせ、年に数回、数人にしか必要ではない行政手続きもあるから。」そして、「電子化によって仕事の種類は変わるが、量が減るわけではない。市民とのインタラクションの量も変わるわけではない。」だから、全然簡単じゃない、と。

だが、国際的な圧力にせよ、自然の流れにせよ、我々はデジタル化から逃れられないということを適切に認識しているのがフェロー諸島の政府でもある。逃れられないのであれば、飲み込まれないだけのコントロール権を確保する努力と戦略が不可欠だという気概からは、かつてデンマークに邪険にされてことをいまだに根に持っていることが垣間見える。また、人口減少を考えると、将来的にフェロー諸島に来たい住みたい、戻りたいと考える人たちを増やすために、デジタルは人のネットワークを緩く維持するための良いツールになると考えている、とてつもないポジティブ思考だ。

だからこそ、フェロー諸島は積極的にデジタルを活用する。この数年でも、そしてコロナ禍でも、電子化を進めるフェロー諸島としてちょっと不思議なキャンペーンを展開し続けている。Googleマップとの連携や、羊の視点で見てみない?キャンペーン(2020)、ちょっと翻訳手伝ってよキャンペーン(2017)などだ。最近は、ツーリズム関連の質問に答えるChatbotも展開していて、「世界一の旅行Chatbot」を名乗っている。

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たかが5万人、されど5万人。5万人社会でできる社会の電子化はたくさんありそうだ。



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