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デンマークのウェルフェアテクノロジ(福祉技術) とはなにか vol.2

福祉技術はなぜ広がらないのか?」を執筆したあと、複数の人からフィードバックをもらった。そのなかで、自分が勝手に前提としていることがあることに気づかせてくれた人がいる。本項で取り扱う「福祉技術」が、何を意味しているのかという点だ。

「福祉技術(Welfare Technology, velfaerdsteknologi)」は、2009年頃にデンマークで積極的に使われるようになった言葉である。私が知る限り、これは、デンマークが創った言葉だ(参考)。デンマークの福祉技術の定義は明確で、「人を幸せするための支援技術」である(あとでもう少し詳しく述べる)。そして、デンマークでは、「福祉技術」という切り口から福祉や介護分野における支援機器が評価され、導入されている。これが、デンマークにおける「福祉技術」の前提である。

2009年には、福祉技術の定義として、デンマークの資料から引用し、次のように説明した。

ウェルフェア・テクノロジーとは、先端ロボット・IT技術をデンマーク独自の福祉の切り口からアプローチしたことで生まれた枠組みで、近年、デンマークでは、医療・福祉・介護分野と先端技術の融合形として頻繁に使われるようになって来た用語。具体的には、医療・福祉・介護分野における市民の安全と利便性を高める技術であり、医療・福祉・介護分野従事者の労働負荷を軽減する技術と定義されている。例えば、GPS内蔵型の杖や車椅子、センサー内蔵型の衣料(血圧やその他の値測定を支援する)、自動開閉型の窓や扉などを備えたインテリジェント・ホーム、セラピーロボット、アラームやセンサーとインタラクションを行う情報システムなどが例として挙げられる。

デンマークの福祉技術の文脈では、「テクノロジ」と言っても、何らかの「機械」であるにすぎなかったりする。例えば、車椅子も情報技術は組み込まれていないけれどもハイテクの移動支援機械といえるだろう。

2020年現在のデンマークの「福祉技術」は、かならずしもロボットやIT技術が使われているわけではない。15の福祉技術一覧表(今回はフロント写真になんちゃって日本語訳付き)からもわかるように、必ずしもスーパーテクノロジである必要はなく、地味であるけれども確実に人の生活の質を向上している機器をデンマークは「福祉技術」と呼んでいるにすぎないのだ。例えば、15分類の図の中に靴下のイラストがあるのがわかるだろう。「小粒の支援機器」と訳したやつだ。これもデンマークに言わせれば「福祉技術」の一つだ。どんなソリューションかというと、高圧ソックス(血液の循環を支援する)や(手が不自由でも)使いやすい食器などである。…機器じゃない気もするが、テクノロジーではあるかもしれない。

日本からの訪問者は、キラキラ・テクノロジを期待して「福祉技術先進国デンマーク」に来るので、そんなローテク地味テクノロジを見ると、落胆されてしまうこともあるのだ。だが、これがデンマークの福祉技術の真実であり、これが重要かつ機能する技術であり、確実に生活の質をあげる技術だったりする。バカにしてはいけない。

今振り返ると、「福祉技術はなぜひろがらないのか?」では、私は、二つのことが言いたかったのかもしれない。一つは、福祉技術の社会導入を考えるときには、技術ばかりではなく利用者とかコンテクストを考える必要があるということ、もう一つは、デンマークでみられる福祉技術という言葉の根底になる考えは独特で、「福祉技術」から日本がイメージするコンテキストとはちょっとかけ離れているかもしれない、ということだ。意味あいが共有されてないのであれば、また、コンセプトとしてそもそも存在しないのであれば、社会には広がっていかないだろうし、福祉技術という言葉づらをなぞっても日本の福祉・介護業界に役立つかわからない。

デンマークにおける福祉技術の「福祉」は、「障がい者や高齢者に対するサポート」というよりは、もっと広いコンセプトである。これは、受け売りで、「福祉とは個々の幸せのこと」「一人でも多く、生きづらさを感じている人を減らすこと」という宮田さんの言葉からだが、この理解はとてもしっくりくる。

改めて、2020年版として、デンマークの福祉技術を定義してみよう。

ウェルフェア・テクノロジーとは、先端ロボット・IT技術、および、福祉・介護機器をデンマーク独自の福祉の切り口からアプローチしたことで生まれた枠組みで、近年、デンマークでは、医療・福祉・介護分野と(先端)技術の融合形として頻繁に使われるようになって来た用語である。具体的には、医療・福祉・介護分野における市民の安全と利便性を高める技術であり、医療・福祉・介護分野従事者の労働負荷を軽減する技術、福祉・介護組織の運営を円滑にする機器と定義されている。先端技術やITが関わらない場合もあり、人々の生活を向上させる福祉的機器であれば福祉技術と言われる。例えば、高圧ソックス、手が震えていても使いやすい食器、GPS内蔵型の杖や車椅子、センサー内蔵型の衣料(血圧やその他の値測定を支援する)、自動開閉型の窓や扉などを備えたインテリジェント・ホーム、セラピーロボット、アラームやセンサーとインタラクションを行う情報システムなどが例として挙げられる。2020年には、地方自治体連合が福祉機器を15種に分類し、より客観的な評価分析がしやすくなった。

デンマークは、自分たちで定義してしまうのである。そして(日本を含めた)世界は、デンマークが勝手に創ったコンセプトを権威として使ってしまっているのかもしれない。悪いわけではないけれども、ムズムズ・もやもやするんだったら、デンマークが設定した「福祉技術」という言葉を使う必要はない。特に、もし、「福祉技術」がもたらそうとしているものが、日本の社会や現状に合わないと考えるのであれば。

デンマークのウェルフェア・テクノロジー(Welfare Technology, 福祉技術)」:ちなみに、2009年に「福祉技術」とは何かについて一度執筆していた記事とはこちらの記事。主題は、福祉技術というよりは、その時感じた「ざわざわした気持ち」なんだけれども、今見直して見てもざわざわする。そして恐れが現実になっていることに気づいた。まぁ、いいんだけれども。ただ、日本には、素敵なエンジニアが素敵な先端ロボットやIT機器を創っているので、それがもっと社会に広がってほしい。

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