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福祉機器はなぜひろがらないのか?

2019年春、慶應義塾大学の矢上で「ヒューマンロボティクス」という授業を担当したことがあります(「ヒューマンロボティクスと社会実装」)。一緒に担当した産総研の松本先生の回で、ロボットの歴史をざっとふりかえることがあったのですが、日本の研究者が70年代にすでに盲導犬ロボットを開発していた話を事あるごとに思い出します。すでに、ロボットで人を支援しようという考えがあったり、それを実際に形にして実装してしまうあたりやっぱり日本って面白い!そして日本のエンジニアって素晴らしいと思うわけです。

でも、盲導犬ロボットがでてきてからすでに40年。40年後の今、なぜ支援機器が日本の福祉現場にもっと入っていかないのかということに関して、忸怩たる思いになることも確かなのです。私が今住んでいるデンマークは小さな辺境国だけれども、テクノロジの社会実装という点では、学べることも多いと考えます。電子政府然り、福祉の現場然り。

福祉に関して言えば、デンマークにおいて現場に導入されているものの多くは、それがあればなんでもできてしまうオールマイティ・ハイテク福祉機器というよりは、関わっている人たちのほんの小さな苦しみを救うような、とっても地味な「福祉機器」が多いのです。ITやテクノロジではあるのだけれども、介護用具とも言えそうなぐらいアナログ的要素を備えていたりもします。たとえば、車椅子の利用者のプライバシーを確保しつつも自由な移動を助けるセンサーやコントローラーを利用した自動ドアなんかも、デンマークにおいては、重要な「福祉機器」の一つと捉えられています。へ?と言われそうなぐらいの地味なテクノロジかもしれないのだけれども、確実に隅々にまで導入され、利用され、入居者のQoL(生活の質)や介護者の安らぎに繋がり、成果を確実にあげているという意味で、とても重要な一歩を作り出している立派な『福祉機器』です。

福祉機器という言葉には、日本とデンマークの間には、文化的な認識の違いもあるのかもしれないけれども、必要なのは、技術的に最先端であるかどうかというよりは助けになるかどうか生活のクオリティをあげられるかどうかです。福祉機器に対する認識の差を埋めて、より良い支援を進めていこうとする試みも多々見られるようになっています。自分が関わる福祉機器関連のプロジェクト(例えば産総研の松本先生や本間先生、Aging Japanの代表理事阿久津氏)もその一つだし、デンマーク発・日本にも支社を持つパブリック・インテリジェンスが進める多くのプロジェクトもです。パブリック・インテリジェンスは、日本の現場視点やビジネス状況を理解し、日本の社会文化的環境にあった福祉機器の社会実装を試みていて、一緒にプロジェクトを行うたびに感心させられます。

最近、パブリック・インテリジェンスAging Japanの代表理事阿久津氏とお話をする機会があり、考えさせられたことがあります。

一つは、セキュリティや個人情報の話。福祉機器を導入するとなると日本で最も課題となるのは、プライバシやーセキュリティの話だと言われます。そんな話をした時に、パブリック・インテリジェンスのCEOであるPeterさんが「データ収集(提供)は価値を作り出すための一歩なんだ」と言っていました。福祉機器の導入において、例えば、カメラを部屋に設置するといった取り組みや、センサーを常時身につけるなどが必要になってくるのですが、それらの導入において、個人情報の悪用につながるとか、セキュリティが不安であるということはよく聞かれます。不安に感じないということがあるわけはないし、だからこそ、安心して使えるように、そして個人情報が悪用されないようにといった対策は不可欠です。ただ、もっと、情報を提供することで、トレードオフとして可能になることへの認識を積極的に高める必要があるのではないかという趣旨でした。たとえば、身体バランスの長期データが提供され分析されることで、その人の転倒の前兆をりかいしたり、危険性を下げることにも繋がるかもしれないのです。私が以前関わっていたEU2020のREACHというプロジェクトでも、転倒したり意識を失ったりする不安を抱えている高齢者の方々の多くは、最初はデータの提供を渋っていたとしても、倒れた時に誰かが来てくれるという安心・安全が得られるということに気づき、積極的になったということがありました。

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二つ目に、日本とデンマークでは社会環境が大きく違うので、同じ試みをしようとしても上手くいかないということ。具体的には、デンマークは、国が全ての福祉・介護関連の戦略や政策を主導し、福祉機器の社会実装なども積極的に進めています。ただ、同じようなことを日本の公共機関に求めることは酷なのではないかということです。前提として理解すべきなのは、デンマークは、税金が非常に高く、国民皆が国が福祉や介護の主体であることは当然だと理解し認識しているということです。では、日本では?と考えた時に、国が受け持つ皆保険の土台をもとに、体力のある日本企業が積極的にそして最大限にその能力や体力を生かすことが重要なのではないかと考えます。特に、企業が積極的にリビングラボを構築・活用し、より現場に沿った福祉支援機器を積極的に社会に導入していくというシナリオはとても現実味があると考えます。

今の社会には課題が山積しているし、福祉・介護分野はその最たるものです。私たちは、特効薬がないことを理解して、地道にその時の最適解を採用しながら、小さな穴を一つずつ埋めながら、一歩ずつ進んでいくことが、きっと私たちが目指す目標に近づいていくことになるんだろうと思っています。

そこに、私も何らかの貢献ができるように、もっとすばらしい技術やその技術を作り出している人たちの努力や想いが身を結ぶ、そんな技術と社会を結ぶ研究を継続していきたいと思っています。

本エッセイは、2020年10月21日日本時間16:00-18:00で実施された『Aging Japan global Webinar part 2 〜現場にAging Innovationを展開する〜デンマークから学ぶ〜』での発表や議論を元にした考察です。


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