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デンマークの新デジタル成長国家戦略

2018年1月に、デンマーク産業省(Ministry for Industry, Business and Financial Affairs)は,新たに2025年に向けた新デジタル成長国家戦略Strategy for Denmark's Digital Growthを発表した。企業だけでなく,市民や働き手など社会全体のデジタライゼーションが必要だという視点に立脚しており,国家全体がデジタル・トランスフォーメーションに注力すると宣言するものである.

デンマークでは,公共ICT政策はデンマークデジタル化庁が主導しているが,主に公共サービス分野に特化したものだ.デンマークは高福祉国家として,国の役割が公共サービス,医療,教育など多岐にわたっており,デンマークデジタル化庁の戦略が,デンマーク社会全体のICT戦略の基幹となっていることは疑いがなく,一部日本では民間が担っている部分もこちらに含まれる.同時に,公共とともに産業界が社会のICT化に重要な役回りを持つ日本にとって,産業界の役割に触れている関連戦略として本戦略を理解することは,不可欠であろう.

新デジタル成長国家戦略概要

■戦略ビジョン
「デンマークはデジタル化でフロントランナーとなる」
■戦略目標
①デジタル化の推進によって貿易や産業の成長の可能性を広げる
②デジタル変革に対応したビジネス環境を構築する
③市民・企業・働き手など関連各所・国民全員にデジタル変革を起こすためのツールを提供する
■予算:2018年から2025年までに10億DKKを配賦
・2018年:7500万DKKの予算を配賦.
・2019〜25年:1億2500DKKの予算を配賦.
・2025年以降:7,500万DKK / 年の予算を配賦.
■関連組織と担当
the Minister for Industry, Business and Financial Affairs(Chair)
the Minister for Higher Education and Science
the Minister for Education
the Minister for Employment
Disruption Council, など

ここが興味深い!

興味深いのは,1)要所要所で振り返りを行い修正をかけながら進めていくアジャイル的な戦略指針になっていること,2)産業省が取りまとめているものの,複数省庁や専門家会議,産業界が関わり策定された指針であり,今後もその協力体制が維持され戦略を進める体制になっているという点だ.

本戦略には,戦略を段階的に評価をしつつ,時折間違った方向に進んでないかを確認しながら状況を見定め,方向修正をかけながら進めていくと述べられている.例えば,公共と民間が共に参加する「デジタルサミット」を毎年実施する,一つ一つの戦略を進めるにあたっても,産業界との連携,専門家との議論を進め,アドバイスを受ける,複数省庁からなる戦略を進めるアクションチームを構成する,有識者会議である「Disruption Council」と協力しながら、デジタルトランスフォーメーションを進める, といった施策が提示されている.2025年までの予算は確保されているが,それ以降は確定はされておらず,まずは,2021年に戦略の進展評価を行い,プログラムの継続について判断するとのことだ.

国全体がアジャイルで進むデンマーク

実は,この戦略ホワイトペーパには具体策が出てない.これは,よくあるデンマークの戦略ホワイトペーパの形態で,70ページほどのボリュームにもかかわらず,具体的な指針が示されていないことに一瞬呆気にとられるのだけれども,方向性は明確に示されていることがわかる.また,本戦略発表から2年が経過した今,いくつかの戦略が着実に実行されていることを日常生活の中で確認することができている.

これはなぜなのだろうと常々考えていたのだが,つい最近,電子化庁の担当官と話していた時に手がかりが見つかった気がした.一つは社会全体にみられる権限移譲の仕組み,もう一つは公共ICT開発のアジャイル化である.

権限委譲の仕組み

国の施策ばかりでなく,例えば教育指導要領なども,デンマークから出る指針はビジョンや大枠を示しているにすぎないことが多い.これは,現場の担当者に権限が委譲されており,大枠の中でという制約はあるものの,現場は現場の課題に合った形でビジョンを具現化し,ビジョンに準拠したアウトプットを出せば良いからだ.これは,最近現地調査した地方自治体におけるヘルスケア・ロボットの導入においても見られていた傾向である.例えば,ある自治体では,当該自治体の全高齢者施設に一律にスマートベッドが導入されるということはない.施設によって導入される機器が異なる.これは,機器の導入は施設長が判断するためで,ある一部の高齢者施設にはWi-Fiが完備されてなかったため不要と判断されたためである.自治体の経費削減,働き手の働く環境の質向上や高齢者のQoL向上などをもたらす形でヘルスケアロボットが導入されれば良いわけで,年配の介護士が多くいる施設では技術的な知識のそれほどいらない機器が導入され,若手が多く働く施設では,少々高度なヘルスケア・ロボットが導入されるなど,現場に合わせた形でデジタル化が進められている.

公共ICT開発のアジャイル化

ITの進展によって物事が急速に動き,計画策定時に常識だったことは1−2年後にはすでに遅れているというケースが散見されるようになってきた.デンマークの公共IT開発は,2020年現在の段階では,ウォーターフォールで実施されることも多い.しかしながら,電子化庁の担当官によると,2020年2月現在60%強のプロジェクトが,何らかの形でアジャイル手法と組みあわされ開発されているのだという.国のICT基盤で陳腐化した技術を使うことにならないように,その時最善の方法を取ることができるようなゆるいアジャイル開発*の枠組みに移行しつつあるのである.今後は,国の基幹システムにおいても,多くのコンピュータ・プログラムがそうであるように,永続的に反復的に改良し続けられる仕組みが必要だと考えられている.

*厳格にはアジャイルと呼ばないかもしれない.でも,「スプリントやってるし,まぁアジャイル的だし,アジャイルって呼んでいいんじゃない」ってデンマークの人は考える.緩い感じです.この辺りはそのうちきちんとまとめたいと思っています.

2025年に向けた新デジタル成長国家戦略『Strategy for Denmark's Digital Growth』詳細

新戦略は,主要の6つの項目,38の具体的なイニシアティブから構成される.ここでは,新デジタル成長戦略の主要6項目をまとめて解説する.

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