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コペンのルーフトップに出現した農園の話

デンマークでは、従来より都心のアパートに住む人たちが小さな農地を所有し、週末農業を行うコロニーヘーヴ(kolonihaveve)が盛んに行われていた。一軒家であれば家の片隅で土いじりが簡単にできるけれども、都心ではなかなかそうもいかない。この昔からの流れは今も健在で、週末になるとちょっと家から離れたところにある猫の額ほどの農地にいそいそと土いじりをしに出かける人たちはたくさんいる。昔は、都市圏内でも少し中心から離れたところにコロニーヘーヴが作られてきたのだが、近年、この流れとは少し異なる「都市型農業」の動きが見られるようになってきている。


都市型農業の萌芽

現代流の都市型農業が進む背景は、複数あるようだ。代表的な理由としては、気候変動の影響で都市の緑化が求められているということであろうが、そのほかにも、増加傾向にある肥満児を減少させるための食育が必要であると考えられていること、都市型農業の実験的実践が盛んになっていること、デンマーク原産の野菜の見直しが進められていることなど様々な理由が複雑に関わり合っている。

デンマークでは、都市型農業は、政治的にも推進されている。たとえば、コペンハーゲン市では、都市計画の一環として、また、食育として、単なる都市の緑化ではなく、食べられる植栽の導入が積極的に行われているようになっていて興味深い。街を歩いていると、りんごの木がたわわに実をつけていて、「自由にとっていいですよ」なんて書いてあったりする。

また、2019年にはコペンハーゲン市議会が、今後コペンハーゲン市に植える植栽の一部は食べられる植栽にするとの議会決定を行ったことも話題になった。この決定の背景には、社会主義人民党の議員アストリッド・アラーがいて、コペンハーゲン市の都市型農業の法案を積極的に推進している第一人者だ。この影響から生まれた食栽の事例は、レミセ公園など街のあちこちに見ることができる。

北欧における食への関心の高まり

加えて、北欧では、この10年ほど、食に関しての関心が高まっていて、これも都市型農業に大いに影響していると思う。北欧らしく地に足ついた食への関心が広がりつつあって、たとえば、オーガニックフードが推進されていたり、ビオワインの人気が高まっていたり、ベジタリアン食・ビーガン・発酵食品への関心が一般に広がっていたりするが、これはこの数年の動きだ。さらに、前述のように食栽をはじめとし、生活している街中で、食べられる緑を増やすという動きはもある。単に輸送カーボンフットプリントを減らすという意味合いだけでなく、体に良い食材を摂取しようとするとりくみなどの動きに繋がっている。日本でも見られるような地産地消の動き、だれがどこでどう作ったかわかる食材が重宝されるようになっている。

ピクルスを作る

ニューノルディックに代表される高級レストランでも、レストランの脇で野菜を育て「収穫した手の野菜」を調理して出してくれる店は本当に多くなった。きちんと甘くなってから収穫されるトマトやニンジンは本当においしく、栄養価も高い。

人参だってなかなか優れものだ

コペンハーゲンでは街中の緑化がどのように進んでいるのか?

この10年ほどコペンハーゲンでは、街中の緑化を進めることが重視されてきた。その理由の最たるものは、やはり気候変動だ。2010年ごろ、集中豪雨がコペンハーゲン市をはじめとしたデンマークの街を襲い、今までにないほどの規模で街中で洪水や床下・床上浸水が頻繁に発生した。コペンハーゲンは発生を遡れば10世紀ともいわれる古い街で、17世紀にはかなり栄えていた。が、そのような歴史からもわかるように、街のインフラは新しいとは言えないし、旧市街は中世を思わせる石畳が続き、排水に関しては考えたくないぐらいだ。もちろん近代になって地下水路もそれなりに整備されているようだが、2010年前後の突発的な豪雨では、雨水の排水が追いつかず、街中の至る所で大きな水溜りが発生した。

提案された解決策の一つが、地道な都市の緑化である。特に、雨が降った時に吸収できるような土壌が限定的ということが問題視された。コンクリートでは、降った雨は下水に流れ込むしか排水手段がない。シンプルな解決策として、たとえば、中庭をコンクリートから土にしたり、アパートの屋上を緑化したり、公園を増やして洪水になりそうな時には緑地を一時的なダムにするなどのアイディアが各地で出されて、一部導入された。

コンクリートばかりの街に緑が増えるのは悪くない

ウスタグロの場合

都市の緑化および都市型農業の観点で、今、コペンハーゲンで最も注目され、成功している場所の一つに「ウスタグロNPO」がある(トップ写真参照)。

ウスタグロNPOは、街のど真ん中であるウスタブロ地区のルーフトップ(屋上)コミュニティ農業を進める興味深い取り組みを行っている。

始まりは2014年、コペンハーゲン市の一区画であるウスタブロ地区の住民が3人あつまり、自分たちが生活する地域の建物の屋上で、持続可能なオーガニック食物生産を行うためのNPOを設立したことから始まった。ニューヨークのthe Brooklyn Grange Rooftop Farmにインスピレーションを受けたという600平方メートルのデンマーク初の屋上農園である。

起業家のうちの一人が、建築家の卵だったそうだ。未来のまちづくりの観点から、洪水の抑えられる大都市を作るために、何ができるかを考えた。多くの建物が立ち並ぶ都市では、雨が降ると水は土に吸収されることなく、地下下水道にたどり着くまで、建物を表面を流れ道路を流れていく。その現状を変えるべく考えたのが、ビルの屋上に農地を設置することだったのだという。ビルの屋上に農地を作り出すことで、都市に緑を増やすことができ、排水の問題にも貢献する。そして、都市型農業が身近になることで地域の住民が都会で自然を身近に感じることができる。

車のショールームが農地にかわるまで

農地となる場所を探すのはそれなりに大変だったようだ。なにしろ大量の土を敷設しなくてはならないので、それだけの重さに耐えられる屋上である必要がある。どうにか探したのが、自動車のショールームになっていた建物の屋上。オーナーが彼らの目的に賛同してくれたのだという。建物自体はクラシックカーのオークションハウスだったらしく、屋上にはショールームがあったらしい。車を運ぶ巨大エレベータも併設されており、農具や土などを屋上に運び込むのも、それほど苦労はなかったそうだ(Gro Spiseriのイントロ談)。

起業家たちは、一緒に農業をやりたいという人たちを集め、NPO団体(フォイーニング)を作り、1年目は16家族を支えるだけの量が収穫されるなど、多くの専門家の力を借りて順調な滑り出しを見せた。

屋上の憩いの場が農園になっている

屋上農園でやっていること

現在は、野菜、蜂の巣箱、グリーンハウス、鶏・うさぎの飼育、コンポスト、アウトドアキッチンを備える屋上農園に成長し、野菜、卵、蜂蜜が定期的にメンバーに提供されている。メンバーは、現在、40家族で、数名の常勤と、常時100名ほどのボランティアが集う。メンバーになりたいと望む人たちのウェイティングリストは年々長くなっている。残念ながらキャパシティの問題で、メンバーを増やし続けるわけには行かない。

農業体験したい人たちは、水曜日に現地に行ってみるといいらしい。どうやら、水曜日のヴォランティア・デイでは、メンバーでなくても誰でもウェルカムで、労働後には食事が振る舞われるという(未確認)。

ウスタグロNPOは、完全な自給自足というわけではないし、それを目的にはしてないのだという。ウスタグロNPOの最終目的は、都市周辺の農業と都市を繋ぐこと。現在、都市に住む人たちは、食に関する基本的な知識を失いつつある。その知識をもう一度都市に取り戻そうという取り組みなのだという。

大人気の農園レストラン

ウスタグロNPOの一角には、Gro Spiseri(グロ・スピーセリ、グロ・レストラン)が開店した。ウスタグロNPOのメンバー及びレストランシェフによって構成される。グロ・スピーセリ・レストランは、毎晩25人限定、2回制のレストランだ。コミュニティを重視した、グリーンハウス内に設置された大きなテーブルを知らない人同士で囲う。同じ窯の飯を食うスタイルのアットホームなレストランである。レストランからは、農園が一望でき、またコペンハーゲンのルーフトップの街並みを楽しむことができる。

レストランで提供される5コースのメニューは、そこで収穫された野菜や卵、コペンハーゲン20キロ圏内の近隣の農家で作られた季節もののオーガニックやバイオダイナミックの野菜を使い調理されるんだそうだ。冬には夏や秋に収穫した野菜などの保存食を調理したもの、近隣の提携漁師や農家からの食材を活用して食事が提供される。

秋の味覚ホッカイドウ

レストランに行ってみた

偶然の機会が重なり、2022年秋に2回、Gro Spiseriレストランに行くことができた。頻繁に行く場所ではないかも…というのが正直な感想だが、その理由を含め、また別の機会に共有したいと思う。話のネタに、マインドをオープンにして、一度行ってみるのはおすすめだ。

食べられる植物がたくさん植えられており、気分が盛り上がる。


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