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自由律俳句(no Tsumori) 其ノ百四十五

近所の樹が切られていた。


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その樹は、駅に行くときに通る道沿いの、民家の庭にいた。二階の屋根を大きく超えて、枝を気持ちよく空に向けて伸ばしていた。好きなワリには名に疎いのでなんの樹だろうと時々思いながら眺めていた。

たまにふと、本当に大きくて立派な樹だと思うこともあった。駅に向かうときは角度的に視界に入りづらくなるので気にしないで通り過ぎてしまうのだが、帰りの道はそれとは逆に、向かい合うようになるのでいつもたいてい、見上げていた。

大きいな。でもあまり大きくなり過ぎると、少し心配だ、と思ったりもした。正直それほど広さもない庭の中に立っているのだった。

その、気にかかっていたことが現実になってしまった。駅からの帰り道、いつものように自転車を走らせていた。走りながらふと、それが習慣となっているかのように無意識にその場所へ来て、頭を持ち上げた。するとそこには何もない空間が広がっていた。

あっと思って、自転車を止めた。よその家の庭なのに、じっと覗き込んでしまった。見ると、その樹だったものらしき幹や枝が細切れにされて積み上がっていた。呆然とそれらを見つめてしまった。

自分の庭に、長い年月植っていた樹を切る。様々な事情や理由があると思う。それを頭で理解しながら、心は目に涙を送っていた。そのうちに名前を、なんて悠長にしてしまっていて、その機会を永遠に逃してしまったのだ。

住宅街や人の生活の中のそばにいる樹木たちは、ニンゲンの都合で切られることは知っている。状況などによっては、ヒトに危害が及んでからでは遅いことも理解している。それでも、どうしても、切られたことを知ってカナシイキモチになってしまうのだ。

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