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「性別」にまつわる諸問題<2>:第3、第4、第5の性とは? (男女二元論を超えて)

前回『「性別」にまつわる諸問題:呼称とかセルフ IDとかパス度とか』を書いた後で、いくつか気になることがあって、さらにこの問題について考えてみようと思いました。

その一つは「トランスジェンダー」についてのところで、以下のように書いたこと。そして「これについては想像の範囲で書いています。間違っているかもしれません」と結んでいます。

あまり話題になりませんが、インターセックスの人(LGBTQI+のI)というのは、生物学的な身体の問題なので、まだ理解が及びます。しかしトランスジェンダーの人の場合は、身体的な実態に対する当事者の認識なので、それを他者が理解することは簡単ではありません。…. 身体の実態と違う性を認識する脳の働きというものがあるのか、それとも環境など社会的な要因で….

間違ったことを書いたかもしれない、とすれば正しいことは何か、そのまま放っておくのはよくないこと、性自認の過程について、トランスジェンダーの人たちの実態について、もう少し調べてみようと思いました。


昔手にした本を思い出す

実はこれまでよくわからないなりにですが、もし違和感を生む原因となる身体的な実態(生まれたとき「女」とされたのに髭が濃いなど)がないとしたら、違和感を生む性認識は社会的、後天的な要因が大きいのかもしれない、と考えていました。それは合っているのか、間違っているのか、その辺りをまず探りたいと思いました。

そこでふと思い出したことがありました。何年か前に、トランスジェンダーの人たちのストーリを集めた本を手にした覚えがあるのです。Kindle版の洋書で、タイトルは忘れてしまっていたので、「sex」と入れて検索したところ、サンプル版でしたが『Finding the Real Me: True Tales of Sex and Gender Diversity(本当の自分をみつける:性とジェンダーの多様性についての真実の物語)』という本がライブラリにありました。トレイシー・オキーフとカトリーナ・フォックスによる編集で、2003年に出版されています。

で、まずはこの本がどんな本だったか思い出すため、サンプル版を読み、その後すぐに購入しました。編集のトレイシー・オキーフはイギリス出身の学位をもつ精神療法士、臨床催眠術療法士、カトリーナ・フォックスは同じくイギリス出身のフリーランスのジャーナリスト。二人はパートナーの関係で、シドニーに住んでいます。

この本では前振りとして、「まえがき」で多様な人々、性別移行者(性転換者)からトランスジェンダー、インターセックス(社会的に普通とされている男女の身体特徴と合致しない人)、アンドロジナス(男女どちらにも属さない人)など、男女二元論では収まらない人間のあり様を紹介しています。1970年代の女性・ゲイの解放運動、1990年代に始まるインターネットを利用した文化や地域・国境を超えた彼らの交流やコミュニティづくり、と活動の歴史を手繰り寄せ、また21世紀になって現れた新たなアイデンディティ「スパンセクシャル(男でも女でもないと自認する)」「メタジェンダー(二次元的なジェンダーの外側にある、それを超越する)」にも触れています。

この本では様々な性自認とそれに伴う多様な行動と人生を、寄稿者の人たちが自分の言葉で綴っています。国境を超えた26人の人々の中に、日本の作家、活動家の虎井まさ衛さんの文章もありました。あとでこの本に出てくる人たちの話を具体的に紹介します。が、その前に。

Glossary(ジェンダーに関する用語集)

この本の冒頭では、読む人の基礎知識となるよう、ジェンダーやトランスに関係する用語の解説をしています。(2003年出版時の解説です)

この用語集の中から、主要なもの、日本( の一般社会)であまり馴染みのないものをいくつか取り上げてみます。

androgyne(アンドゥラジャイン):男女両方の性自認がある(アンドロジナスな)人。中性(無性)の自認も含まれる。

Boston Marriage(ボストン結婚):女性二人が同居している状態で、レズビアンの関係も含まれる。性的な関係がある場合も、ない場合もある。

crossdresser(またはtransvestite=異性の服を着る人):自分と反対の性の人が着るとされている服を着る人。着ることにより性的興奮を覚える人もいる一方で、その方が単に心地いい、自分に馴染むと感じるからという人もいる。

FTM(female-to-male):女性から男性への性別移行者。

MTF(male-to-female):男性から女性への性別移行者。

hir:男女二元論の外で、his(彼の)、her(彼女の)の代わりに使われる代名詞。

intersex(インターセックス):男、女の中間にあると認識している人。遺伝子や外性器、生殖機能の特徴が、社会的に普通とされている男女と違っている人。ただ、このような身体的特徴のない人が、この用語を使うこともあるようだ。

metagender(メタジェンダー):性自認が男でも女でも中性でもない人。これまでの男女二元論の外に(それを超えたところに)自分を見出す、新しい性認識とされる。

SRS(sex reassignment or realignment surgery=性転換、性別適合手術):生殖器の手術によって、生まれた時の性と反対の性に変更すること。

transgender(TG):ホルモン治療や手術、あるいはその両方によって、誕生時の性と反対の外見をとる人。男女の中間に性自認がある人も含む。トランス・コミュニティ全体を指すこともあるが、性別移行者に不快感を与えることがあるようだ。

transsexual(TS):当初、誕生時の性で生きるが違和感を感じ、反対の性で生きる人。身体的な特徴を、性自認に沿って変更することがある。ホルモン治療や性別適合手術を受けることも含まれる。FTM、MTFと呼ばれることもある。

上の定義を補完する意味で、他の参考資料の定義:
The Teaching transgender Toolkit(Eli R.Green, PhD, CSE他著、年代不明、www.teachingtransgender.com)
1. intersex:身体の性的特徴(遺伝子、生殖器、ホルモンなど)が男女二元論に当てはまらない人。
2. non-binary:出生児に割り当てられた性(男性、女性)の二元論を拒否する人。二元的でない性呼称として「agender」「bigender」「genderqueer」「pangender」などがある。
<使用時に気をつけるべき言葉>
1. 「本当の」性別、「本当の」ジェンダー、生殖器による性別--->出生時に割り当てられた性
2. トランスジェンダー--->トランスジェンダーの人
3. FTM--->トランスジェンダー男性(transgender man, transman)
4. MTF--->トランスジェンダー女性(transgender woman, transwoman)
5. 性転換、手術--->医療による性別移行
6. 性的嗜好、同性愛--->性的指向(sexual orientation)

⓶英語教師 David Sweetnamによる『LGBTQI Vocabulary』(2016年、オーストラリア/英語学習用で、医療や法的な解説ではないと断り書きがある)
1. transsexualという言葉は、コミュニティ内では最近使われることが減っている。
2. asexualは、セックスに対して興味を示さない人。
3. オーストラリア政府は、インターセックスを(a)すべてが男でも女でもない人 (b)男女両性の混合 (c)男でも女でもない人、としている。
4. pansexual:男女にこだわらず(その枠を超えて)人を好きになる人。
5. androgynous:男にも女にも見える人。ポップスターや少年グループなど。*筆者注:用語の説明としては不正確だが、オーストラリアの社会の一部では、このような使われ方をしているということかもしれない。

いろいろな定義の仕方があり、その数だけ性自認や性的指向、生き方があるということがここからわかります。
前回の記事で、トランスジェンダーの人とインターセックスの人を分けて見るようなことを書きましたが、ここでは一つの枠組みの中に収まっています。その意味で、crossdresser(またはtransvestite=異性の服を着る人)もここに入っていることは、正直なところ意外でした。transvestiteは日本語で「服装倒錯者」「女装趣味の男性」「男装趣味の女性」などと訳されることがあるようです。つまり性自認の問題というより、「変な人」「普通じゃない人」「精神が歪んだ人」のカテゴリーに入れられているような。わたし自身も「異性の服を着る人」もトランスの一形態と認識を改めました。

人の数だけ物語はある

では先ほど紹介した本、『Finding the Real Me: True Tales of Sex and Gender Diversity(本当の自分をみつける:性とジェンダーの多様性についての真実の物語)』から、何人かの人の話(彼らがどのような状況にあり、何を問題としているか、どう解決したか)を例としてあげていきます。

シンシア・ブライアン=ケイト
・自分は、多くの人が考えているジェンダー分類にフィットしない人間。
・男と女の中間、あるいはその外側にいると感じている。
・この訳のわからなさ、どちらにも決め難いことを気に入っている。
・「シンシア」は、大好きだったシンディ・ローパーが元になっている。
・子どもの頃、買ってもらえたなら、喜んでバービー人形で遊んだだろう。
・ペニスを取り除きたいとは思わなかった。だからtranssexualではない。
・学校生活は大変で、小学校から高校まで嫌がらせや攻撃を受けてきた。
・男の子の振りをしようにも、やり方がわからなかった。
・体格のいい強そうな女の子たちが、守ってくれることもあった。
・ドレスと化粧をまとっても、「服装倒錯者」とは思ってなかった。
・5年前に突然、胸が張ってきた。
・XX、XYなど遺伝子などのことはわからない、それほど気にならない。
・自分は自分である。それが大切。
・男の子として生まれて女の子として生きる人に惹かれることが多い。
・ローリーもその一人。彼女は初めての本物の恋人。
・ジェンダーが何かで見ないでほしい、それ以上のものが自分にはある。

ネロ
・アメリカ人。アイルランドとアメリカを行き来して暮らしてきた。
・ボーイフレンド、母親、猫たちと暮らす。
・ライター、ウェブデザイナー、俳優。
・本当の自分になるために新しい街へ、1998年9月アイルランドへ。
・FTMs(femele-to-male) 自分をいつも男と感じていた。
・MTFs(male-to-female) に比べて限られた情報しか得られない。
・二人の友人、女の子(バイセクシャル)には理解された。
・男子の友人にはcrazyと言われた。
・2001年、自殺をしようとする。
・ゲイの男の子、Nikを好きになり、同居するようになる。
・人が「普通」ではないとき、孤独であればなお、生きることは難しい。
・アドバイスは忍耐をもち、ユーモアのセンスを忘れないこと。

エイプリル・ローズ・シュナイダー
・幼稚園で男女分けされるまで、女の子と思って生きてきた。
・10歳、女の子たちの振る舞いを鋭い目で、熱心に観察していた。
・縄跳び、ドレス、髪を伸ばす、パジャマパーティに参加。
・母親の服、化粧を試みる。
・母親のペティコートを着て家にいて、外で遊ぶ少年たちの声に悲観する。
・普通じゃない自分、憂鬱と孤立感に襲われ、自殺という考えが浮かぶ。
・自分にとって最も自然で正しいことが、社会から歪んでいると見られる。
・10年生のとき、心理学の先生に匿名で自分のことを書いて渡した。
・普通の男子の振りをしてデートもしてみた。
・アルコール、1970年から6年間の結婚、不可解にも二人の子供、離婚。
・1977〜1980年までの3年間、アメリカ国内を放浪する(40,000キロ)。
・ある日、バーに入ってきた女性と結婚し、22年間ともに生活する。
・妻はペンテコステ派の不可知論者のレズビアンだった。
・2001年、妻のサポートを受け、バンコックでSRS 性別適合手術。
・妻はただ一人の愛する人、ソウルメイト。
・自分に対して、自分の成したことを誇りに思う。
・高校時代の友だち、ポール(=バイセクシャル)との感激の再会。
・高校時代、ポール(には普通の男と思われていた)を失恋させた。
・再会時、ポールに自分がトランスであることを打ち明けた。
・ポールと旧交を温め、新たな未来を夢見ている。

マサエ・トライ(虎井まさ衛)
・母親が妊娠期にホルモン治療をした(流産を繰り返したため)。
・生まれたとき割り振られた性は女性。
・性自認は小学生のときから男性だった。
・9歳の頃、胸が膨らんできて、それを嫌悪した。
・テレビタレントの性別適合手術を知り、自分もやりたいと思う。
・生理はほとんどなく、19歳のとき、顔に髭が生えてきた。
・見た目、まわりからは、男と認識されていたと思う。
・大学卒業後、性別適合手術を受けるため渡米する。
・当時、日本ではトランスの人は結婚も仕事も銀行口座取得も難しかった。
・戸籍の性別変更を求める運動をし、性同一性障害者特例法の成立により、性別変更の申し立てをし、法律上も男性となった。
・国立大学で非常勤講師の職を得る。トランス女性の採用はこれまでもあったが、トランス男性は自分が初めてだった。

以上、本の中から4人の例(ストーリー)を紹介しました。

ブギス人(インドネシア)の5つの性別

ブギスという民族がスラウェシ島に住んでおり、性別を5つのカテゴリーに分けているそうです(人口約350万人)。5つの分類とは、男性(性自認と身体特徴が合致している男性)、女性(性自認と身体特徴が合致している女性)、カラバイ(女性の魂を持つ男性)、カラライ(男性の魂を持つ女性)、ビス(誕生時に性器が曖昧な子どもがビスになると信じられている)とされています。
Gender in Bugis society(英語版Wikipedia)

人類学者のシャリン・グレアム・デイヴィスによれば、5つの性別の概念は、タイ、マレーシア、インド、バングラデシュにも同様の伝統があり、少なくとも6世紀にわたってブギスの文化の重要な一部となっているそうです。Gender in Bugis society(英語版Wikipedia)
ビスはブギス社会の構造上、高く尊敬される地位にあり、古代ブギスの宗教儀式のリーダーでもあるようです。
JCA-NETサイト

英語版ウィキペディアによると、日常的な社会生活において、ビス、カラバイ(女性の魂を持つ男性)、カラライ(男性の魂を持つ女性)は、男女両方の住居内に入り込むことがあるそうです。これは性の分類が二元論ではなく、複数存在することが認められているからでしょう。男女二元論の国の分離・隔離意識やトランスの人々への排除思考とだいぶ違います。

このような社会が存在していること、そして西洋社会でも、たとえば米国、ドイツ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどでは、パスポートの性別記載に「M(男性)」「F(女性)」に加えて、「X(不特定)」が加えられていることから、二つ以上の性認識というのは特別なことではない、その存在意義が実社会で実証されている、と思えます。これにより、一般人の性認識もいずれ変化していくことが予想されます。
*パスポートの規格を定める国際民間航空機関が「X」の記載を認定している。参照(2021.10)

最近は、何かの申請やサブスクリプションで性別を問われる際、男、女、以外に「その他」「答えたくない」などの項目があることが増えました。わたしはそういう時、「その他」にチェックを入れるようにしてきました。それは性自認がそうだからというわけではなく、そのような問いに対して、「聞くな」「どっちでもいいだろ」という男女二元論への反意を表したいからです。

しかしこの第3の選択が、(そういった意図の問題ではなく)明確に「その他の性自認の人」を認識・分類するものだとしたら、それに当てはまらない人間は何を選択すべきなのか。いや、そうであっても今までどおり、「その他」でいいのかもしれません。

妊娠中の性別判定や男女産み分けの思想

子どもができると、あるいは出産すると、日本では「男か女か」が最初の質問事項、祖父母にとっての大問題になったりします。

これに関して、以前に読んだ山崎ナオコーラさんの『母ではなくて、親になる』(タイトルが効いてる!)は、私が大きく共感した本です。子どもが生まれた知り合いの女性に、本を贈ったくらいです。ナオコーラさんは妊娠中に子の性別判定をしませんでした。この作家は男の子だからどう、女の子だからこう、というこだわりや先入観がないのだなと思いました。

この本の中でナオコーラさんは次のように書いています。

… (この本の中では)たとえば、赤ん坊の性別については書かないことにする。性別は赤ん坊側のプライバシーのような気がするからだ。
 生まれたときの体つきによって病院で性別を判定されたが、将来、本人が今の性別とは違う性自認を持つ可能性もあるし、自身の性別について大人になったときの本人がどのような考え方をするか、今の私には想像がつかない。だから、私が先走って断定的な文章を書かない方がいいかな、と考えた。

山崎ナオコーラ著『母ではなくて、親になる』より

赤ん坊の性別は「赤ん坊側のプライバシー」と考えるところに、驚きもしたけれど共感ももちました。このような親に育てられれば、将来もし、性自認に関して子どもが問題を抱えたとしても、苦痛はずっと減るでしょう。親への告白もどれだけ楽になることか。ちなみにこの本の出版は、著者の「あとがき」によると2017年春とあり、今から数年前のことです。いかに著者が性自認の問題に早くから気づいていたかがわかります。

おそらく2023年の今でも、そのような認識を持って出産にのぞむ人は少ないかもしれません。ではなぜ、一般の多くの親(あるいは祖父母)は、生まれてくる子の性別を気にするのか。出産前に性別判断をしようとするのでしょう。医療技術が進化したんだからそれを使うべき? でも何のために知りたいのか? 赤ん坊のベビー服をピンクにするかブルーにするかわかって、事前に買えるから? 

そもそもテクノロジーというのは、存在するから自動的に使う、というものでもないし。

この生まれてくる赤ん坊が男か女かが重要、判別が必要、という考えは、それができるようになった技術は大昔より進化していたとしても、その思考はあまりに旧態依然としていません?

女の子にはピンク+レース+花柄+リボン、男の子にはブルーまたはグレー系でボーダー…….

この男女事前判別、生まれた子が男か女かを問題にする、こういったことは男女二元論思想から生まれたもの。その考えを助長し、正当化もしています。さらには将来的に「男女産み分け」も技術として可能、という話もあります。ぜひともこの技術を使いたい人と、そうは思わない人には、おそらく子どもを育てる上で、大きな差が生まれそうです。

新しい技術と、大昔のカビの生えかかった古い思想、案外結びつきやすいものなのかもしれません。

人間は男女2種類ではない、もっと多様なもの

この記事の最初に書いた疑問、トランスジェンダーの女性、男性の性自認は環境など後天的なものが影響しているのだろうか、というわたしの考えは間違っていたと思います。

人間にはホモ・サピエンス・サピエンスの1種類しかなく、人種というものは存在しない、という科学的根拠があるにも関わらず、なお人種差別の問題がなくならないように、男女二元論も、どれだけこの二分法に当てはまらない人の実態が証明されても、まだ男とは、女とはと言いつづけていくのでしょうか。

トランスジェンダーの人たちの物語の中で、自分が生まれたときの性と違う性を生きようとしている、生きている、そのことを親に(特に母親に)伝えることほど辛いことはない、という人々がたくさんいました。もし男女二元論ではない人間の性の多様性が社会に広く知られ、理解されていたら、伝えるときの辛さ、伝えられる親の衝撃も和らぐのではないかと思います。

また自分の性自認に確信がもてない、不安があることが、その人のアイデンディティ全体に影響し、自分はいったい何者なのかと悩んだあげく、自殺を試みようとする人たちも少なくないようです。つまり性自認は人間のアイデンディティの深いところと関係しているのです。

人間は男女2種類だけではない、そのようなことがもっと理解されれば、つまりシスジェンダー(生まれたときの身体の状態と性自認が合致している)の人たちが理解すれば、性自認に悩む人を圧迫したり、死に追いやるようなことは減るはずです。変わらねばならないのは、マジョリティの性自認に問題がないとされている「普通」の人々なのです。

最後に『われらはすでに共にある:反トランス差別ZINE』(2023年8月、現代書館)から、トランスジェンダー男性の言葉を引用します。

 インターネットには、トランスジェンダーの難しさをめぐる言説が溢れかえっている。トランスジェンダーを受け入れるために社会が支払わなければならない莫大な心理的コストをめぐる不安げな言葉を浴び続けていれば、難しいトランスジェンダーがみんなを困らせている、という錯覚に容易に陥ってしまいそうになる。でも、トランスジェンダーはみんなが受け入れようが受け入れまいが存在しているのであり、みんなを困らせているのではなく困っているのだ。だから必要なのは、トランスジェンダーを困らせない人を一人でも増やすこと、トランスジェンダーを想定しない社会を変えていくことであって、トランスジェンダーの難しさを強調することではない。

さとう渓「トランスジェンダーは難しくない」

日本語のトランスに関する本

日本語で出ているトランス関係の本を以下に2、3紹介します。

1.『われらはすでに共にある: 反トランス差別ブックレット
(反トランス差別ブックレット編集部、現代書館 、2023/8/23)
『Finding the Real Me….』の日本語版のような仕立てで、16人のトランスの人の体験談や考えが書かれている。寄稿者が日本人なので、より身近に読めるかもしれない。Kindle版
*刊行記念イベント。10/22(日)「共にある未来のための物語」(登壇者:山崎ナオコーラ、水上文)、書店来店参加オンライン参加

2.女から男になったワタシ(虎井まさ衛著、青弓社 、1996/4/15)
『Finding the Real Me….』にも登場する作家、活動家の著書。この本が書かれた当時は雑誌などに寄稿すると、「私」という男女共有の主語が、出版時にはすべて「僕」に置き換えられていたとのこと。時代の変化を感じる。
===
*上記1、2のKindle版は、コミック式に画像で制作されているため、文字の検索や拡大縮小、ハイライトなど電子書籍の要件を整えていなかった。Kindle純正リーダーでは可読性も極端に低く、スマホなどのKindleアプリで読むしかないようだ。ぜひ文字データによる改訂版を出してほしい。

3.ポラリスが降り注ぐ夜(李琴峰著、筑摩書房、2020/2/29)
台湾生まれの日本語作家による、トランスジェンダーの人々が主人公の短編小説集。多様な性的アイデンディティをもつ各話の女性たちが、二丁目のバー「ポラリス」で交錯する。第2話「太陽花(ひまわり)たちの旅」では、2014年に台湾で起きた学生による国会占拠<ひまわり学生運動>が舞台となっていて、別の意味でも興味深い。

4.『インターセックス(帚木蓬生著、集英社、2011/8/19)
インターセックスの治療を行なう病院で、「人は男女である前に人間だ」と主張し、患者のために奔走する主人公の医師、秋野翔子。この病院を舞台に奇妙な事件が絡む、医学サスペンス小説。


タイトル写真:(左から)ブギス(インドネシア)のビス  by Meutia Chaerani (CC BY 2.5)、パリンヤー・ジャルーンポン(ムエタイ指導者、俳優)by Fairtex (CC BY 2.5)、Camille Cabral(フランスのトランスジェンダー活動家)by Kenji-Baptiste OIKAWA (CC BY 3.0)

*この記事を書くに当たって、適切な用語の選択や言いまわし、説明の仕方に注意を払ったつもりですが、トランスに関してまだ知り始めたところなので、不適切な、あるいは不正確な記述、箇所があるかもしれません。気づいたところで、その都度、修正し更新していきます。


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