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[エストニアの小説] 第5話 #13 パーソルから来た鐘鳴らし(全15回・火金更新)

 トーマス・ニペルナーティは花嫁の隣りにすわり、熱心に話かけていた。
 「そうです、皆の知るわたしの冒険物語はこんな風に終わるんです!」 顔を赤くして声をあげている。「その旅で、20人もの強靭な船乗りが殺されました。戻ることができたのは、わたし一人でした」
 マーイヤ・メルツはびっくりしてニペルナーティを見ている。
 が、そのときドアがバタンと開いて、パーソルの鐘鳴らしアート・サーン爺さんが飛び込んできた。入り口で立ち止まり、ハアハアと息をし、しばし酔っ払った客たちに目をやり、息を吸い込んで高い声で言い放った。「なんて悲惨な、ひどいことか! あー、この不運、神の怒りだ、我々に何が下されるだろう!」
 「パーソルの鐘鳴らしは何を言ってるんだ?」 メオス・マルティンが疑問を呈す。「こいつに何があった?」

 「あー、なんて悲惨な、ひどいことか!」 同じことを鐘鳴らしは皆の前で大声で繰り返す。「わたしは朝、出発したのに、あらゆる災難と出くわした。朝、パーソルを出発したのに、やっと今着いたところだ。あいつらは、この年寄りを捕まえて、仕事をさせた。わたしは義理の弟のペーター・シムナに会いにいこうかと考えた、道のすぐそばに家があるからな。ところが義理の弟のシムナの家に入ろうとしたら、ネズミみたいに罠にはまった。こんな年寄りが、捕まって干し草づくりをやらされた。夕方までわたしを離してくれなかった。あいつらはわたしを命の危険にさらした、義理の弟と妹がだ!」
 メオス・マルティンが音楽師たちに音楽を止めるよう言い、テーブル越しに尋ねた。「説明してくれ、あんたは何者だ、なんで文句を言ってる。我々が何をしてるか見えるだろう、あんたとおしゃべりしてる暇はないんだ」
 「何者だ、だと?」 鐘鳴らしが哀れっぽい声で返す。「仕事で来たんだよ、パーソルの新しい聖具室係がわたしをここに送り込んだんだ。わたしを説教のために送り込んだ。『いいか、鐘鳴らしの爺、アート・サーンよ、テリゲステの人たちにこう言うんだ、わたしは行けない、とな。洗礼などの奉仕があるが、わたしはベリオヤまで行かねばならない。先に頼んだのがそっちだったからだ』 そうだ、新しい聖具室係はわたしにこう言った。『鐘鳴らし爺よ、テリゲステに行ってそこの人に伝えてほしい、わたしは今日は行けないとな。日曜の朝には行ける』 それでこの年寄りが、走って走って来たというわけだ」

 「新しい聖具室係って?」 カトリ・パルビが腹をたてて聞く。「どこの聖具室係のことを言ってるの、サーン爺」
 「パーソルに新しく来た聖具室係だよ」 そう鐘鳴らしは説明する。「その人がわたしにテリゲステの人に伝えるよう言ったんだ。で、わたしは走ってきた。嫌な臭いみたいにあっという間にここまでくるはずだった、だけど義理の弟のところに足を踏み入れたため、捕まえられた。この哀れな年寄りがな。働かせられた、わたしの手に鎌を持たせてな」

 「だがパーソルからの聖具室係はもう来てるぞ、あそこにいるのがそうだ」 メオス・マルティンがトーマス・ニペルナーティを指して笑いながら言う。「自分の目で見てみろ、このおいぼれが、あんたの主人はここにいる。パーソルから来た聖具室係だ」
 「おいぼれだと?」 鐘鳴らしのアート・サーンが驚いて反発する。お客たちはこの男をおいぼれと呼んで大笑いし、あざけり、バカにした顔をこの男に向ける。鐘鳴らしが息咳きって走り寄ると、このおいぼれが、とあざけりと怒りの声がまた飛ぶ。

 すると鐘鳴らしはニペルナーティの方に向かい、青ざめた顔をじろじろと見て言った。「こいつはパーソルの聖具室係なんかじゃない!」
 「なんだって? どういうことだ? ここにいるのがパーソルから来た聖具室係じゃないって?」 お客たちは口々にそう叫び、浮き足だった。
 「こいつはパーソルの聖具室係なんかじゃない!」 鐘鳴らしは威厳をもって繰り返した。「あんたたちが酔っぱらったあげくに呼んだやつが誰かなんて知るものか。本物のパーソルの聖具室係は、ベリオヤに行ってる、ここに来るのは明日の朝だ」

 「ははん、こりゃ大した話だな」 テニス・ティクタが我が意を得たりと声をあげた。「わたしが聞き間違ってなかったとしたら、あそこにいる男はパーソルから来た聖具室係じゃないってことか? だけどあいつは赤ん坊の洗礼をし、カトリのために大したスピーチをし、結婚する二人を祝ったよな。それとも俺は飲みすぎて幻覚でも起こしてるのか?」
 「幻覚だ、すべて幻覚だ」 アーパシバー爺がそう言うと、自分でウォッカをついだ。ターベッ・ヨーナは恐怖にみまわれて、席から立ち上がり、責任逃れをしようとした。「お許しください」 そう震える声で言い、死人のように青ざめておびえている。「俺たち、マールラから来た、仕事と住む場所を探してた。どっちも聖具室係じゃない。風来坊だ、歌ったりツィターを弾いたり、沼をさらったりする。ここでニペルナーティがやった洗礼とか説教はただの冗談だ。どうかお許しを、ことを大袈裟にとらないでほしい」
 「冗談だと!」 メオス・マルティンが声を張り上げた。「こいつらはわたしの孫息子をこけにした、小さなヨーナタンを汚したんだ」
 「あー、なんという恥さらし!」 カトリ・パルビが泣きながら言う。
 「どうかお許しを、俺たちは流れ者」 ヨーナが繰り返した。
 「許すだと」 メオス・マルティンがしゃがれた声で脅すように言う。「100人もの客がこの洗礼式に招かれた、食べもの飲みものを出し、パーティのために巨大な金が使われた、それがただの冗談だと? 4匹の子牛が解体され、2匹の子豚が殺され、たくさんの羊、アヒル、鶏、七面鳥がオーブンに放り込まれた。パンとケーキが山ほど焼かれ、 何本もの籠いっぱいのウォッカが飲み干されたのに、これがただの冗談だと? 風来坊の遊びだと? さらには赤ん坊の洗礼も成されてなかった、これはやり直しだ、最初っからな。あいつらは食べて飲んで、無垢な子どもに祝いの言葉をかけて、それが冗談だと?」
 
 メオスの頭に血がのぼり、 目の前で星がとんだ。雄牛のように頭を反らすと、赤い目でお客たちをにらんだ。このアホンダラが、にやけた化け物が、クソと燃え殻が!
 メオスが少し動くと、パーティのテーブルが倒れた。メオスの怒りから逃げるかのように、皿やボールが陽気な音をたてて床に転がった。女たち、子どもたちは悲鳴をあげて入り口や窓に突進した。外に飛び出そうと、窓ガラスをバンバンたたく者もいた。突然、お客たち全員がいきりたち、最初の一発がみまわれた。

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'A Day in Terikeste' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation © Kazue DaikokuTitle painting by Estonian artist, Konrad Mägi(1878-1925)

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