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[エストニアの小説] 第5話 #7 子馬はだれのもの?(全15回・火金更新)

 「どうしてこうなるのか」 メオス・マルティンは残念に思う。すべてのものが納屋に運ばれるが、どれがカトリのものか自分のものか、誰にもわからない。二人とも主宰者だが、あとでここにあるたくさんのハム、来客用の食器一式、高価なワインをどうやって分けるか。ペーテル・ピッカという軍からやって来た頭のおかしい男が、プレゼントとして馬の子を連れてきた。「家にこの子馬がいてね」と陽気に言うこの男。「これをどうしようかって考えた。で、いいアイディアが浮かんだ。プレゼントに連れていったらどうだろうって」 こう言うとペーテル・ピッカは子馬をフェンスの柱にくくりつけた。
 
 「この役立たずが!」とメオス。「可愛い子馬を連れてきて、これが誰へのプレゼントか言わない。おれの可愛い孫息子のヨーナタンへなのか、それともトーマス・パルビになのか、あるいは70歳のカトリ・パルビへか? あのクソババアがあの年で馬乗りをやりたがるってんで、子馬を連れてきたのか? こいつが誰のために子馬を連れてきたか知る必要がある。あー、なんてこった、あいつと一緒にパーティをするなんてバカな考えだった。最悪のどうしようもない考えだ。カトリの納屋や物置は天井までものが積まれてる。しかしこのおれ、この祝い事に金を使いつくしたメオス・マルティンに、そのことを忘れろっていうのか? ここにいる客たちも変なやつらだ。みんな馬車を降りるなり、カトリの方へ飛んでいって、そのあとでおれのところにやって来る。逆じゃないのか。メオスの方が金を使った。だから敬意と恩恵をもっと受けるべきだ。届いた贈りものはすべて、おれの手を経て納屋に運びこまれるべきだ、カトリじゃなくて。こんなことだと、おれの孫息子のヨーナタンは歯が生えたときに10クローン手にすることもできまい。いや、おれの家族が行動するときがきた。次の馬車が到着したら、おれの家族が客たちを取り囲んで、メオス・マルティンからのお礼を、来てくれたことへのお礼を言うんだ。そして洗礼の費用のことをすぐに話題にする。いったい何匹何頭の子牛や豚に子豚、鶏や七面鳥、アヒル、羊、雌牛をつぶしたかをな。荷を降ろそうとする前に、客はこの状況を正確に把握する必要がある」
 
 そしてメオス・マルティンはカトリから少し離れて、こう叫んだ。「おい、アン、ちょっと来い」
 するとメオスの妻、アンが走ってやって来た。
 「どうしたの?」 アンはおどおどして訊く。「何かいけないことが?」
 「いいか、このアホが、何も悪くないってのか?」 メオス・マルティンが叱る。「家にいたときに、家族全員に教えただろうが。ここでどう振る舞うか、教えたはずだ。おまえたちに叩き込んだだろうが、来る客みんなに、誰の金と労力でこの贅沢なものが用意されたか、説明するべきだってな。なのにお前は何をしてる? 牛小屋の裏をうろついて、台所でぐずぐず過ごし、フェンスのそばでダラダラし、ちっとも何もやってない。その結果どうなってる。自分の目で見てみろ。子馬さえカトリのところに持っていかれてる。おれのところの赤ん坊は何も手にしてない。カトリの納屋と物置はもらい物でいっぱいだ。おれはウスノロみたいにパイプを手に、ここでただ立って見てるだけ。空っぽの手でホストが突っ立ってるなんて恥以外の何ものでもない。何も言わずにいるから、こんなことになるんだ」
 
 「できることをやってるけど」と妻のアンが答える。「黙ってるばかりじゃないし」
 「何を言うか」 メオス・マルティンは声をあげた。「おまえはまったく使いものにならん。恥ずかしくて顔を上げられん。この何日間のうちにおれの頭は真っ白になるぞ。もう1回言うぞ、アン、みんなのところへ行って、家族全員に言うんだ。次の馬車が着いたら、みんなできっちりと囲め。メオス・マルティンの名を出して来訪の感謝をするんだ。たくさんの家畜がつぶされたこと、たくさんのパンが焼かれたこと、金がたくさん使われたこと、全部あれこれ言うんだ。いいかつまりな、おれのところの客として来た人を迎えるんだ、カトリの客としてじゃなくな。聞いてるか? わかったか? さあ行け、すぐに取り掛かれ」
 そしてメオスはカトリの方に戻って、客にあいさつを始めた。
 
 次々に馬車が到着している。男たちは庭で、敷地の向こうで、家の中で立ち話をしている。女たちは走りまわり、ヒソヒソとこっちで何か言っていたかと思うと急に口をつぐみ、そしてまた走りだす。騒々しい音、笑い声、金切り声。あちこちで人々はかたまって、ウォッカのボトルが回されていく。医者のマディス・ヤルスキ、地元の巡査、ヨーナス・シンプソンも到着する。
 
 メオス・マルティンの一団も贈りものを受け取りはじめる。
 おずおずと贈りものがメオスの手に積まれ、こう言われる。「お孫さんに、歯が生えたときのお祝い金です」
 「そうしますよ」 メオス・マルティンはポケットにそれを突っ込む。それがかさばるようなら、手伝いの娘に渡す。カトリがやっているように、メオスも使いの女の子を納屋に走らせている。
 「だがあの子馬については、話し合う必要がある」 メオスは結論をくだす。「あとで馬の子のことを解決せねば」
 
 世話役たちは真面目な表情で歩きまわっている。この者たちは仕事を分担していた。庭はヤコブ・アーパシバーの担当、ユリ・マルティンは屋敷の中、オールベル・ティクタは家の周囲の敷地、ヤーン・ヤルスキはまわりの芝地と木立のところ。しかし何か緊急事態が起きれば、互いを助けるために駆けつける。このように合意していた。また世話役たちは、ウォッカはほんの少ししか口にしないこと、お客には礼儀正しく振る舞うこと、祭りが楽しく終えられるよう全力を尽くすことをカトリに確約していた。袖につけた白いリボンを誇らしげに見せて、世話役たちは人々の間を歩きまわり、ちょっとでも大声を耳にすれば、何が起きたか見にかけつける。しかしそういうことも今のところ起きていない。お客はおとなしく、礼儀を守っている。
 
 納屋の中では医者のマディス・ヤルスキが、前線にでも出ていったかのように、包帯、ヨードチンキの瓶、こう薬など必要なものを揃えていた。客の中の若者たち、強靭な農夫たち、おどおどした借地人たちの誰かれがやって来たとき、深い傷に包帯を巻いてやること、額の怪我に絆創膏を貼ってやること、折れた足に添え木を当ててやることをワクワクして待っていた。大量のウォッカのボトル、ビールの大樽にビール瓶のカゴがこの納屋にあるのを見て、地元の人間を知るこの男は、今日明日と忙しくなることは間違いないとわかった。それで余裕のある間にゆっくりしておこう、忙しくなったらそうはいかないと思った。マディス・ヤルスキは町からやって来た重要人物の一人だったので、酒やジェリー固めの肉が納屋に届けられていた。それで1時間とたたないうちに、この男はいびきをかきはじめ、ヨードチンキの瓶や絆創膏、包帯の山の中に沈没した。
 
 そうこうしている間にも、聖具室係の到着はなかった。
 カトリのスケジュールでは、お客はテーブルについてコーヒーやウォッカを飲み、ジェリー固めの肉とパンを食べていることになっていたが、聖具室係はまだだった。この人なしに祭りを始めるわけにはいかない。

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'A Day in Terikeste' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation © Kazue DaikokuTitle painting by Estonian artist, Konrad Mägi(1878-1925)

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