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4月の出版物二つ:その1(編集時に起きる様々な出来事)

今月2冊の本を出す予定で、いま準備しています。どちらもnoteで連載したコンテンツで、ペーパーバックの紙の本とKindle本にします。KDPのシステムをつかって準備中で、おそらくそのままKDPから発行することになると思います。(2023年3月の『小さなラヴェルの小さな物語』以降、代理店通しではなくKDPから出しています)

この記事の主なトピック
・1冊目の本
・校正、誤訳
・本のサイズと価格づけ
・520ページの小説本、ぶあつっ!
・表紙のビジュアルとタイトル
・ストアページ制作
・著作権(日本と海外では誤差がある)
・お孫さん、登場!

1冊目が、エストニアの小説『トーマス・ニペルナーティ 7つの旅』(原題 "Toomas Nipernaadi")で、2022年6月から2023年9月までnote上で、各話以下のタイトルで公開したものです。
第1話 筏乗り(いかだのり)  
第2話 ノギギガスの3兄弟      
第3話 真珠採り           
第4話 白夜                    
第5話 テリゲステの1日       
第6話 幸せの2羽のブルーバード   
第7話 シバの女王

ウェブ上で公開した作品をパッケージの本にするときは、必ず再読(再校正)をかけています。この作品の場合は、ウェブの連載終了から約6ヶ月たっているので 、再読はわりに新たな気持ちで取り組めました。これは結構重要なことで、時間的にも心理的にも距離ができた分、他人の文章を読むような視点で当たることができます。

そうやって読んでみると、翻訳したときとは違った印象をもつこともあり、他者の目で訳文をチェックすることが少し可能になります。

また???な部分が出てくることもあり(公開当時あれだけ校正したのに)、原典に当たって確認、必要があれば修正します。誤訳もたまにあります。1冊の本の中で、まああっても2、3箇所ですが(多い?)、それ以外にも表現に修正の必要性を感じるところがいくつか見つかります。やはり時間を置いての再読は大事です。

『トーマス・ニペルナーティ 7つの旅』は、いつもより少し大きめの文字でレイアウトしたこともあり(本文10pt)、520ページと分厚い本になりました。サイズが12.7 × 20.3cmと、通常の葉っぱの坑夫の本より小さめのせいもあります。といっても普通のハードカバーの単行本サイズなのですが。

これまで標準的につかってきたサイズ(15.6 × 23.4cm)は、一般の小説本としてはかなり大きく、今回の本の2、3割り増しのサイズです。理由はサイズを大きくすることでページ数を減らし、本の価格を低く抑えるためでした。

しかし去年6月のAmazonのPOD(プリント・オン・デマンド)の価格改定で、このサイズは大型本に分類されることになり、印刷単価が上がってしまいました。これでは逆に価格を高く設定しなければならなくなり、それを防ぐために本のサイズを小さくすることにしました。

520ページというのは実際に厚みもあり、どっしりと重く*、小説本としてどうなのかと当初は考えました。この小説は各話が独立しているので、分散して出版してもいいかもしれない、と。1話ずつでなくとも、2、3話ずつまとめて、3冊あるいは2冊の分冊にするといった。

KDPのシステムをつかって、分冊を想定して本を作ってみたところ、割高感が増すことがわかり、返って読者の負担になると思いやめました。

それで520ページという厚手の本として出すことにしたのですが、どうでしょう、価格はやはり2000円を超えることは間違いありません。本体価格2400円あたりがギリギリのところかもしれないです。(印刷コストとKDPのマージンの計算から、最小の値付け価格が2,083円となっていました。この金額だと版元の利益は0になります)
*タイトル写真は1回目の校正本。「再販禁止」の帯がドンと入ってる。

商業出版の本で言えば、もっとページ数の少ない本でも、最近は軽く2000円を超えているので決して高い本とは言えません。ただ、エストニアの小説という一般的ではないジャンルであること、そして著者のアウグス・ガイリはエストニアの代表的な作家とはいえ、日本では出版物がなく名前が知られていない、という難しさがあります。

そもそもエストニアの小説自体、日本語で出版されている例がほとんどないのですが。2021年に河出書房新社から出た、アンドルス・キヴィラフクの『蛇の言葉を話した男』と、2022年に葉っぱの坑夫が出したメヒス・ヘインサーの『蝶男:エストニア短編小説集』くらいでしょうか。幸い『蝶男』はわりに好評で、少し前にある雑誌で紹介されたりしたこともあってか、Googleで「エストニア 小説」で検索すると、現在トップに出てきます。

本を出すときは、中身の再考や検証も大切ですが、タイトル付けや表紙のデザインもポイントになってきます。この本の原題は"Toomas Nipernaadi"、そのまま『トーマス・ニペルナーティ』でもいいのですが(主人公の名前です)日本人にとって、あまりピンとこないし「ニペルナーティ」が覚えられない。エストニア語の語感では奇妙な名前らしく面白さがあるのかもしれませんが、日本人にとっては単に馴染みがないだけです。

ウェブでこの作品の連載を始めたころは、(主人公の嘘つきキャラクターから)『悪魔の舌をもつ天使:トーマス・ニペルナーティ』という案を考えていたのですが、最終的に却下。『トーマス・ニペルナーティ 7つの旅』とすることにしました。

物語が主人公のニペルナーティの7つの(放浪の)旅で構成されているところから思いつきました。一つ一つの話は独立していて、短編連作のようなスタイルになっています。

表紙のビジュアルには、当初から、著者と同時代のエストニアの画家の絵をつかおうと思っていました。ウェブの連載でもタイトルイメージに使用していたコンラッド・マギ(Konrad Mägi、1878〜1925年)が有力候補でした。連載中からエストニア関係の美術館サイトなどをまわって集めていた、この画家の高解像度画像の中から選んだのがこの絵です。

エストニアの風景:Konrad Mägi

この表紙で校正を出してみたのですが、タイトルのバックに敷いた色(濃緑色)の関係か、全体が暗く重く沈んで見えます。表紙の紙をマット系のものにしているせいかもしれません。そこでタイトルの背景色を思い切って明度の高い黄色にしてみました。が、校正を再度とったところ、それはそれでちょっと違和感があり。そこだけ浮いた感じです。

絵自体は悪くないのだけれど。。。それで気持ちを入れ替えて、ここまでに集めたエストニアの画家の絵を再度見てみることにしました。その中に、ヨハネス・エインシルトという、やはり著者と同時代のエストニアの画家の絵があって、こっちの方がいいんじゃないかと思いはじめました。時代的には20世紀初頭の絵なのですが、コンラッド・マギより少しモダンな感じです。

Johannes Einsild "Otepää_maastik"

配色のトーンが明るいこと、地味な色ながらカラフルなところが気に入りました。オテパーというスキーリゾートで知られるエストニア南部の町の風景です。

これを表紙の最終案として、3度目の校正を取ることにしました。

本文の方は問題なさそうなので、表紙がOKであれば出版できる状態にまできました。葉っぱの坑夫のサイトのストアページも簡単なものをとりあえず作ったので、KDPで登録申請の最終確認後、出版という運びになります。
*久しぶりに葉っぱのサイトの制作をしたので、SEOの設定など、いろいろ忘れていることがあったりしてバタバタしました。Wixをつかっているのですが、向こうのシステムにも変化があって何コレ、、、とウロウロ。


ところでこの作品は日本では著作権が切れているパブリック・ドメインなのですが、エストニア本国ではまだ著作権ありの状態だ、ということが最近わかりました。(気づいてなかった)

『蝶男』の出版時にお世話になった、エストニア文学センターのKさんに、間もなくニペルナーティの本を出版すると告げたところ、「え、著作権は生きているから、著作権者からの許可が必要」と言われました。そして現在の権利者であるお孫さんの名前とメールアドレスを知らされました。

え、お孫さん!と著者の近親者とお近づきになれるのかと喜んだのですが、著作権に関しては、日本で切れていることは間違いのないことです。2018年の著作権法の改訂以前に、著作権を失っていた作品(著者が1968年までに死亡の場合)は、著作権は50年のままで、70年延長が適用されません。

エストニアはヨーロッパの著作権法により70年なので、2030年まで著作権が生きているということのようです(アウグス・ガイリは1960年死亡)。著者の本国では著作権があるのに、日本では切れているというのは奇妙な感じですが、法律上はそのようになっています。

本がほぼ出来上がりまもなく出版ということで、著者のお孫さんにこの辺りでメールを書こうかと思いつきました。なんの気なしに彼女の名前をGoogleで検索をかけると、うわっっ、いきなりドンと顔写真が数枚出てきました。それもすごく素敵な方です。お孫さん、なんとヨーロッパで名の知られたアーティスト(イラストレーター、絵本作家)のようでした。

著者のアウグス・ガイリは1891年生まれなので、お子さんがたとえば1920年前後の生まれとすると、お孫さんは1950年あたりの生まれか、と予測していたのですが、まさにその通りでした。白髪の知的で少し厳しさのある、美しい女性です。スウェーデン生まれの、スウェーデン人とWikipediaにはありました。

うーん、これはメールを書かないわけにはいかないぞ、と。
彼女の絵本作品をネットで探してみると、絵の配色がとても美しく、描写はユニークで個性的、素敵だなと思いました。批評家からはユーモアとダークな側面を合わせもつと評されているようです。
んんん、、、ひょっとしてニペルナーティの物語に合う? 表紙の絵を描いてもらうとか???

と、空想夢想はどんどん広がっていきますが。。。ま、とりあえずはメールを書こうと思いました。

法的には問題がなくとも、著作権者が健在ということであれば、日本で本を出すことの報告と日本の著作権についての事情説明をして、納得していただきたい、と。お孫さんは出版界のことをそれなり知っていると思うので、説明はそれほど難しくはなさそうです。(彼女が絵本作家だと知る前は、人によっては国による著作権法の違いをすんなりとは受け入れてもらえないかも、と心配していました)

『トーマス・ニペルナーティ 7つの旅』についてはこんなところです。

注釈
*PODの本は一般に重量があります。オンデマンド印刷機にかけられる紙は、ある程度の厚さがないといけないので、そのようになるようです。大きな紙に印刷して後でカットするオフセット印刷とは違い、オンデマンド印刷機は、1ページ分にカットされた紙に印刷する、コピー機のようなマシンだからです。

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4月のもう一つの出版物『20世紀を駆け抜けた・作曲する女たち』については次の機会に。こちらはまだ制作中で、校正が終わったところです。


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