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国家承認の条件とは? パレスチナが国家かどうか調べてみた

NHKニュース(ネット/テキスト)を見ていたら、「1からわかる」シリーズで次のような問いと答えがありました。

質問:パレスチナは「国」ではなくて、「国になれていない地域」ということ?
答え:そうです。

NHK:パレスチナ問題ってなに? 1からわかる!イスラエルとパレスチナ(1)
2021年11月11日

質問者は大学生(白賀エチエンヌ氏)、回答者はNHK国際部の鴨志田デスク。質問者は二人いてもう一人、同じく大学生の堤啓太氏も聞いています。

 パレスチナは一般的には日本語で「パレスチナ自治区」とされることが多く、名前からして独立国家には見えません。ただ英語では「State of Palestine」となっていて、stateには「国」「国家」の意味があります。イスラエルは「State of Israel」です。他にもstateの付く国名として「State of Qatar」「State of Libya」「United States of America」などがあります。

Wikipedia日本語版は「パレスチナ国」の表記になっていて、「地中海東部のパレスチナに位置する共和政国家」と説明していました。

あれ、パレスチナは国家なのでしょうか?

NHKの鴨志田さんは、国家ではなく「地域」だと言っています。どっちが正しいのか、どっちも正しくないのか。見方によって、あるいは立場によって国家になったりならなかったりするものなのか。

で、国家であるとは、そう認められるにはどのような条件が必要なのか、調べてみることにしました。


国家の資格要件とは

国家の資格要件
1.永続的住民
2.明確な領域
3.政府
4.他国と関係を取り結ぶ能力

Wikipedia日本語版「モンテビデオ条約第1条

1.永続的住民というのは、その領域に所属する人間が(一時的にではなく)住んで生活している、ということでしょう。
2.明確な領域は、領土、領海、領空において排他的な主権をもっている、と考えられます。
3.政府というのは、実質的に領域を統治している勢力が存在しているということでしょう。
4.他国との関係を取り結ぶ能力は、外交能力があるかどうか。

これをパレスチナ国に当てはめてみると、
1.についてはパレスチナ人が領域に暮らしている事実はある。
2.についてはヨルダン川西岸地区とガザ地区が領域となっています。が、
3.西岸地区の一部はイスラエル軍が行政権を握っているため、実質的な統治が一部失われている、と考えられます。
4.については国家承認している国に大使館を置いているという意味で、外交があると考えていいのでは。「アフリカ、アジア、東欧、中南米、中東を中心に、世界各地に大使館網を持っている」とWikipedia英語版にはあります。大使館の原語はembassyです。国家承認していない国は、embassyではなく「外交使節団(diplomatic mission)と言っているようです。

国連への加盟は、2012年にパレスチナはオブザーバー国家となり、事実上の「国家承認」という理解が成り立つみたいです。

では国連加盟国でパレスチナを国家として承認している国はどれくらいあるのか。国連加盟国は現在193か国で、パレスチナを国家承認しているのは138か国、承認していないのは(日本を含め)55か国だそうです。(Wikipedia

非承認国の3倍以上の国が、パレスチナを国家として承認しているとは…….ちょっと意外でした。なんだ、そんなに多くの国から承認されているのか、と。

承認している138か国には、EUやNATOの加盟国も少数あり、スウェーデン、アイスランド、ハンガリー、ブルガリア、ポーランドなどが名を連ねていますが、アラブ諸国や中東、東欧圏、南米、中米、アフリカ、東南アジアの国々が目立ちます。大国としては中国、ロシアが承認しています。

一方非承認の国55か国を見ていくと、G7のすべての国、NATO、EU加盟国が多くを占めていました。


国家承認と国連加盟とはちがうこと?

ところで国家承認と国連加盟は別の問題のようで、たとえば日本が国と認めていない北朝鮮は1991年に国連に加盟しています。それに対して日本が国と認めているバチカンは、国連に加盟していません。

国家承認と国連加盟の関係や、国連加盟国におけるパレスチナの国家承認の状況を見ていくと、ある国が国家として成り立つための普遍的な(全世界共通の)承認、それを証明するものはない、と考えられそうです。

パレスチナを国家と認める国もあるけれど、認めない国もある。それはその国の立ち位置(イスラエルやアメリカ合衆国との関係の近さ、遠さなど)と関係しているようにも見えます。

日本は親米国なので、パレスチナを国家として認めることは難しいのでしょう。それでNHKの「1からわかる!イスラエルとパレスチナ」では、パレスチナは地域であって国ではない、とNHK国際部の鴨志田デスクは答えているわけです。

ここでは大学生の質問に対して、普遍的な見解を示しているのではなく、日本という限られた立場から回答しているわけです。

ただ「1からわかる!」と名をうった一種の「教育」シリーズなら、もう少し丁寧な説明があってもいいのではと思います。「日本の立場からすると、パレスチナは国ではない、と言えますが、国家承認している国連加盟国が100か国以上あり、それぞれの国の政治的立場によって、パレスチナが国かどうは変わってきます」くらい言ってもいいのでは? 
国営放送と言えども、です。

教育というのは、そしてテレビやラジオ、ネットのニュースでの見解は、その国の政治状況や立場に支配されているものであり、絶対的なものではない、とわかっているつもりでも、たとえば日本に住んでいれば「パレスチナって、正式な独立国じゃないよね」となり、そういった理解を基に、現在のイスラエルとの紛争やパレスチナの未来を見ていくことになります。

国家と教育、国家とメディアの関係は、一心同体でなければいけないのか。政治の考えることと教育が示すことがバラバラだと、あるいはメディアが政府と違う立場をとると、国として破綻してしまうのでしょうか。
他の専制主義的な国のことは、「国民は洗脳されている」と指摘しがちな日本ですが、自らを振り返れば、洗脳とは気づかずに洗脳されている状況だったりして、「パレスチナは国ではなく、地域です」とNHKで1から学んでいたりします。

わたし自身は政治にそれほど関心があるわけではなく、情報を常に追っていわけでもありません。ただ、世界が(特に国際政治の場が)どのような力関係にあるのか、その成り立ちや構造には興味があります。

パレスチナが国家かどうかに関心をもったのは、その承認の仕方が国々の間で分断しているように見えたからです。

西側諸国の中で最初にパレスチナを承認したアイスランド(NATO加盟国)、その次に承認したスウェーデン(EU加盟国)の事情、どのような見解で承認を決めたのかを、複数のメディアから見ていき、この記事を結びたいと思います。(記事からの引用文の日本語訳は、DeepL翻訳を使用しています)


アイスランドのパレスチナ国家承認

(国連加盟国中131番目、2011年)

英国の新聞ガーディアンの当時の記事によると、アイスランドは「西ヨーロッパの国で初めてパレスチナを独立国家として承認」し、「1967年の6日間戦争以前の国境線に基づく『独立した主権国家としての』パレスチナを承認する決議案を、63票中38票の賛成で可決したと発表した」としています。

「6日間戦争以前の国境線」とは、イスラエルとエジプト、シリア、ヨルダン、イラクなどアラブ諸国の間の戦争(第三次中東戦争とも呼ばれる)で、このときイスラエルは、ほぼ一方的な勝利を収めます。

アイスランドでの投票は、国連の文化機関であるユネスコへの加盟にパレスチナが成功した直後に行なわれ、アイスランドはこの加盟を支持していたそうです。投票は賛成107、反対14と圧倒的多数での承認でした。これに対して、アメリカ合衆国、イスラエルは反対票を投じ、日本は棄権しました。これにより、アメリカとイスラエルはユネスコを脱退(2023年7月にアメリカは再加盟)。

世界の趨勢とイスラエル+アメリカ合衆国の乖離が見てとれます。アイスランドが特別というわけでもなさそうです。

NGOアイスランド・パレスチナ協会

1987年創始のNGOアイスランド・パレスチナ協会のウェブサイトによると、同協会は「占領と難民の帰還の権利に対するパレスチナの闘いを支援」しているそうです。またアイスランド議会は、イスラエルの生存権とパレスチナ人の民族権主張を含む協会の主要目標を支持することを、1989年5月に決議しています。(Wikipedia英語版


スウェーデンのパレスチナ国家承認

(国連加盟国中135番目 、2014年10月)

これはEU加盟の西側諸国で初の承認となりました。スウェーデン外相は「パレスチナ人の自決権を確認する重要な一歩。これが他の国への道しるべとなることを期待している」と発言。一方スウェーデン大使はイスラエルに呼び出され、抗議と失望を訴えられたそうです。

EU加盟国で、非西側諸国としては、ブルガリア、キプロス、スロバキア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、ルーマニアの7カ国が、この時点ですでにパレスチナ国家を承認しています。

ガーディアンの記事では「アメリカはスウェーデンに、承認は 『時期尚早』であり、パレスチナ国家はイスラエル人とパレスチナ人の間の交渉による解決によってのみ実現しうると警告した」とありました*。それに対して、スウェーデンは「スウェーデン政府は、パレスチナ国家を承認するための国際法上の基準は満たされている、と考えている」と返したようです。

パレスチナのアッバス大統領*のスポークスマンは、「勇気ある歴史的な決断」と歓迎の意を表したそうです。(*英語原典でpresidentとなっている)
確かに。独立国家というのはこのような独自の決断が、適切な時期にきっちりできる国なのでしょう。
*パレスチナ国家は「イスラエル人とパレスチナ人の間の交渉による解決によってのみ実現しうる」というアメリカの発言は、「国家の資格要件」から見ても間違っているし、このやり方ではいつまでたってもパレスチナ国は成立しそうもありません。

スウェーデンのマルゴット・ヴァルストローム外相は、この件について、カタールのアラビア語ニュースネットワーク「アルジャジーラ」に対して、「暴力ではなく交渉を信じる人々を支援することが重要。若いパレスチナ人とイスラエル人に、暴力に代わる選択肢があるという希望を与えるだろう」と話しました。

BBCの当時のニュース(2014年10月)を見ると、スウェーデンは、この発表の直前(9月)に、社会民主労働者党が選挙で中道右派勢力を追いやり、緑の党を含む他の左派政党と政権を樹立したとあり、これがパレスチナへの対応に変化をもたらせたと書いています。(その後政権交代していますが、国家承認の撤回はないようです)


英国の国営放送のパレスチナ問題の扱いは?

ところでBBCは英国の国営放送。日本語版があって、ニュースがテキストで読めるようになっています(無料)。
イギリスはもちろんアメリカとの関係が深い国であり、G7国で、NATO加盟国、そしてパレスチナを国家承認していません。しかし報道機関として、最低限の独立性(起きたことを記事にする、という意味で)を保っているように見えます。
今年に入ってからのニュースで、南アフリカによる、イスラエルの「ジェノサイド」提訴の審理が、国際司法裁判所で始まったことが伝えられています。

2024年1月12日

ジェノサイドとは、「国民的、人種的、民族的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為」(Wkikipedea日本語版)を指し、これに当たるかどうかは、破壊する意図のある・なしが一つの要点のようです。

BBCの記事では、南アフリカによる「審理前に提出した証拠」として、 "APPLICATION INSTITUTING PROCEEDINGS"(PDF) 全文へのリンクが付いていました。
南アフリカの提訴に対して、イスラエルのネタニヤフ首相は「イスラエルは集団虐殺と戦っているのに、集団虐殺で非難された」と、南アフリカを批判しているそうです。
南アフリカがこの問題に深く関わろうとしている理由として、パレスチナで起きていることを、1994年まで続いた自国のアパルトヘイト(人種隔離政策)と関連づけて考えているようでした。

2024年1月13日

この記事からの引用:ジェノサイドの証明は非常に難しい。ガザにおけるイスラエルの軍事作戦を実際に指揮していた者たちにその意図があったとする、説得力のある証拠を提示する必要がある。(中略)…. ガザ地区の人口の1%を殺害したことが、たとえ気の遠くなるほどの人数だとしても、イスラエルが「全体的あるいは部分的に」パレスチナ人を滅ぼそうとしたことを表すものだと結論づけるのとは、まったく別のことだ。

この記事がイスラエルを擁護しようとしている(ジェノサイドを証明するには証拠が必要という)のか、そうではなく、判定には十分な説得力がなければならないという状況説明をしているのか、どちらとも取れます。しかし、読む人に判断のための基準を提示していることは事実でしょう。

日本の国営放送や大手新聞の報道で、こういった問題がどのように扱われているか、あるいは扱われていないのか、見てみる必要がありそうです。


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