西口郁子歌集『実生のままに』
実生のままに
清水 信 (文芸評論家)
西口郁子の歌集『実生のままに』は「覇王樹叢書」の第204篇に当たる。堅牢な造りの歌集。奥付によれば、著者は大正十五年四月、津市生まれ。長男の罹病と急逝により歌作を始めたという。印田巨鳥、橋本俊明に師事。
生きるとは、親しい人を送ることである。二十三歳で長男が癌でこの世を去った時「戦死」と思った由。
八十三歳で父を失って、夫を送る日も迫ってくる。六十七歳の夫は白血病でこの世を去る。八十八歳の今、娘がそばにいる事を幸福と思わなければならないのだ。
息子は癌一ヶ月余の命と言はれたりと夫われに告ぐこらへきれずて
逝きし子と星座語りし夏の夜の星は今宵もそのままにして
逆縁を知らぬ明るき友の中溶け込めぬ澱のまだ吾にあり
逆縁はつらいことだ。でも夫や娘や孫がいると思う。
雪閉ざす官舎に一人病む夫をひたぶるに想ふ離り来りて
吾娘もまた吾が来し道をたどらんか家付きとふしがらみの中
鶏頭の紅が炎ゆるよ初孫の祝菓子を持ちて走る道の辺
友を作り、歌に熱中し、そして旅をする日が充実している。
夫々のスカートに付くゐのこづち安騎野めぐりの土産の様に
柱状節理の岩連なれる層雲峡の石狩川に沿ひてバス行く
そして人は、苦労して長じて、一種の達観に至るのであろう。
ががんぼのす早き交尾見てしまふ梅雨の晴れ間の朝のまぶしさ
橋本俊明の卓抜な解説と、抽象画家浅野弥衛の絵(表紙カバー)に飾られているところが、新鮮かつ重厚感を出している。
最早われ古代人なり冬の夜を五歳の曾孫がパソコンゲーム
ご健筆を祈る。
批評特集―覇王樹2014年10月号転載