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幸い(さきはひ) 第四章 ⑤
第四章 第五話
今朝の桐秋の提案で、千鶴も自分の昼食の膳を用意し、桐秋と同じ部屋の少し離れた場所で食事をとる。
互いに黙々と箸を動かし、会話はない。
決して険悪な空気ではないが、微妙な間に居たたまれなくなった千鶴は箸を置き、気になっていた疑問を桐秋に尋ねる。
「桐秋様は、とてもご熱心に桜病《さくらびょう》の研究をなさっていますが、何か理由があるのですか」
桐秋は千鶴の問いに茶碗と箸を持つ手を、それぞれ正座した腿の上に置き、思案するような表情を浮かべる。
桐秋の考えこむような様子に、千鶴は踏み込んではいけないことだったかと思う。
少し距離が近づいたと思い調子に乗ってしまった。
「いきなり無遠慮なことを申し上げました。お許しください。お話になりづらいことでしたら結構です」
千鶴はそう言って頭を下げると、ふたたび箸を持ち、茶碗に手を伸ばす。
そんな千鶴に桐秋は、いや、といって首を振る。それから、
「午後に少し時間をとれるか」
と尋ねた。その問いに千鶴は頷く。
「なら、その時に話そう」
そう言って桐秋は食事を再開させる。
千鶴はまたそれにこくりと首を縦に振り、自身も残りの膳を取り始めた。
*
「少し休憩にしませんか」
午後三時を過ぎた頃、千鶴は桐秋に声を掛けた。
桐秋が自室から縁側へ出てきたところに、千鶴はぬるめのお茶と朝から作っていた水無月《みなづき》を置く。もっちりとした触感が楽しい小豆のお菓子だ。
空を見上げると、黒い雲が少し立ちこめている。一雨くるだろうか。
千鶴が部屋に入ったほうがいいかと考えている側で、桐秋は出されたお茶を一口、口に含み、口内を潤わせるようにゆっくりと飲み込む。
そして一呼吸置くと、静かに口を開いた。
「君が聞いた、なぜそこまでして桜病の研究を行うのか、という問いだが・・」
軒下から空を眺め、天気を気にしていた千鶴だったが、桐秋が話を始めると一人分、席を空けて隣に座り、黙って話に耳を傾ける。
「昔、出会った少女と約束したんだ。彼女の病を治すと。
その少女が患っていた病気が桜病だった。
だから今、その研究を行っている」
桐秋の言葉は強く、決意に満ちたものだった。
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