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幸い(さきはひ) 第二章 ③

第二章 第三話

 千鶴は玄関から右方向に続く、生け垣の合間に作られた庭へと繋がるまた別の門扉をくぐる。

 桐秋が休んでいることも考え、極力音をたてないよう扉を開け、中に入る。

――竹の門扉をくぐったそこは、緑に飲み込まれんばかりの草木の小径《こみち》になっていた。

 紅葉や低木、苔むした庭石が無造作に、しかし美しいと感じる絶妙な配置で植えられいて、千鶴の頭上や足元を彩る葉や苔は、春の柔らかな陽光の中で、緑を淡く輝かせていた。

 身体全体が緑のゆりかごに包まれているような優しい空間。

 千鶴はまどやかな空気に癒されながら、案内するように配置された置き石を辿る。

 少し歩くと緑を抜け、千鶴は広い空間に出た。

――と同時に目をすがめる。
 
 暗所からふいに、まぶしいところに出たような違和感が千鶴の目を襲う。

 慣らすように少しずつ瞼《まぶた》を開くと、そこにあったのは白い砂。

 敷き詰められた白砂が日の光を浴び、雲母《うんも》のように眩《まぶ》しく煌《きら》めいていた。

 千鶴の目を襲った正体はこれだったのだ。

 目が慣れてくると庭の全景が見えるようになってくる。

 まず目を引いたのは、造成されたなだらかな山の上にある大きな青松。

 太い幹を、山を駆け下りる龍のようにくねらせ、その存在を隆々《りゅうりゅう》と主張している。

 それを横目に眺めながら、雲母に見え隠れしている置き石を辿ると、導く先には大きな池。

 池の周りは丸く刈り取られた低木や庭石で縁取られており、池の中には友禅をまとったような、色鮮やかな錦鯉が悠々と泳いでいる。  

 庭には他にも多種多様な木や石が特徴に合わせた配置、高さで置かれていて、個々が己の役割を見事に果たしている。

 庭について特別知識があるわけでもなく、それでも日本に生まれた千鶴の感性が、美しい庭と言われ思い描く、日本庭園のお手本のような庭である。

 千鶴は自分の心を豊かにしてくれる景色に見とれていたが、どこに目を凝らしてもお目当ての桜はない。

 南山の言葉を思いだすと、桜は庭の奥にあると言っていた。

 千鶴は置き石が続く池にかかった石橋を渡り、さらに奥へと進む。

 するとまた、竹の門扉が現れる。千鶴は再び静かにその扉を開いた。

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