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【観劇】「Medicine メディスン」(2024年)

去る6/8、世田谷パブリックシアター シアタートラムにて
舞台「Medicine メディスン」を観ました。

田中圭さん、奈緒さん、富山えり子さん、荒井康太(Drs) さんという4人の演者の皆さんは
実力はもちろん、高い人気と話題性もあり、チケットは争奪戦でしたね笑。
運良く同日の昼と夜の公演を観劇することができました。

〈エンダ・ウォルシュによる最新作「Medicine メディスン」〉

アイルランド生まれの劇作家
エンダ・ウォルシュ原作のこの作品は
2021年8月にエディンバラ国際フェスティバルで初演後、イギリスの新聞各紙に絶賛のレビューが掲載され、演劇界を席巻しました。

彼はこの物語を書くにあたって
「アイルランドの精神病院での患者の方々やアルツハイマー病を患い老人ホームへ移った自身の母親に影響を受けた。
これまでも愛されなかったり、ちゃんと見守られなかった人たちを書いてきた。この劇でも見守られることが必要な人たちについて、そして私たちが彼らを見放したらどうなるかを描いている」
と語っています
※要約 サイトより引用

〈幕が開いて〜登場人物像と物語〜〉

開演時間になり
照明がつくと舞台上に病院の中のような部屋のセットがありました。
田中圭さん演じるパジャマ姿のジョン・ケインが入ってきて部屋の外の監視者とマイクを通して会話を始めます。

そしてまもなくドラム奏者の男と
奈緒さん演じる老人の衣装とマスクを被ったメアリー、富山えり子さん演じる子供の寸劇衣装である巨大ロブスターを着たもうひとりのメアリー(以下メアリー2)がやって来ました。

作家希望でありながら心の病を持つパジャマ姿のジョンを
俳優を職業としているふたりのメアリーが彼の脚本を読み上げ、ドラムが効果音をつけていきます。
しかしそれは本の読み合わせではなく
ジョンの心の状態、つまり彼はもう施設を出ても良いのか、あるいはまだ手助けが必要なのかを判定するものでした。

そして
施設側が出す結果は初めから決まっていました。
ジョンはこれまで何度トライしても
メディスンを断って施設の外に出ることは許されてこなかったのです。そしてきっとこれからも…

という物語でした。

〈俳優たちの優れた演技〉

メアリーたちはジョンを刺激しないようにユーモアを交えながらコミュニケーションを取りました。
まだパジャマのままのジョンは、過去の自分の出来事を書いた自分の脚本を愛おしそうに腕に抱えては嬉しそうに読みはじめました。

けれど揺るがない「結論」を秘めたメアリーたちは次の予定があるからと、幼子をなだめるように自分たちのペースにジョンを誘導します。

施設の外に出たいジョン。
脚本を読んでもらいたいジョン。
過去の出来事を語るジョン。

監視者やメアリーたちは質問をします。
ゆっくりと彼の忘れたい、向き合いたくない痛みを思い出させ
彼の闇に彼自身に触れさせ
物静かなジョンに大声をださせ
怯えさせ
涙を流させると
やがて彼の口から揺るがない「結論」を引き出します。

心の痛みが限界を超え
大声で泣き叫び助けを求めるジョン。
愛おしく脚本を抱きしめていたジョンは
物語終盤にはもうどこにもいませんでした。

上映時間90分。
圭さんのこの一連のジョンの演技は
ただただ素晴らしかった。

追い詰められてゆく恐怖と絶望感の中、
高揚してうっすらと赤くなった頬や涙の跡は舞台メイクでは出せないでしょう。
身体中の繊細でダイナミックなエネルギーがステージを覆っていました。

圭さんの芝居は「受ける芝居」だと評価する声を聞いたことがありますが私もそう思いますね。
共演者の反応、客席の反応、そして自分自身の反応に耳を傾け目を凝らし
身体全体で受け止めて彼が彼の中に作り上げた役を呼びこんで演技をし
そしてどこか冷静に
ちゃんと「田中圭」を失わないように
役に抗っているようにも見えるのです。

奈緒さんと富山えり子さんは
メアリー役の他にジョンの両親や恋人、監視員など何役もこなされていました。
衣装変えも見事でしたが
それぞれのキャラクターで変えていた声色、また、華やかなダンスも本当に素晴らしかったですね。

両親からのネグレクトや同級生たちのイジメの中で生きてきたジョンの半生が語られるシーンでは
母親役のえり子さんと父親役の奈緒さんはユーモラスな衣装を着て冷たい言葉を発します。
同級生役ではジョンをイジメ、笑い者にし、恥をかかせます。

…辛いシーンですね。

登場から老人やロブスターの衣装を着たのもメアリーたちの衣装がカジュアルだったのは
後のジョンの重苦しい回想シーンを和らげるためだったのでしょうか。
他にも奈緒さんとえり子さんのお芝居にはユーモラスな場面が多かったですね。

けれど冒頭の部分こそ場内に笑い声が聞こえましたが
後半はあまり笑い声はありませんでした(私が観た回だけかもですが)。
それだけステージから緊張感が強く伝わっていたのでしょうか。

明るくきっと前向きに生きようとしているメアリーを演じた奈緒さんの
華奢なシルエットから生まれ出される力強いお芝居は
メアリー自身の環境に苦しみ、泣き叫ぶジョンを哀れみ見つめる表情と、すべてとても良かった。
終盤では彼女に救われました。

えり子さんのお芝居はシス・カンパニーの「友達」以来、2度目でしたがダンスシーンは初めて観ました。素晴らしいですね!
華麗で傲慢、自信に満ち溢れたメアリー2に惹きつけられました。メアリーやジョンを否定する演技には迫力がありました。
ロブスターの着ぐるみをつけたえり子さんも可愛らしかったです。

ドラムの荒井さんもまた良かったですね。ピアノに合わせてのお芝居は見たことがありましたがドラムは初めてでした。
特に後半、ジョンが過去と現在を彷徨う場面でのリズム音は田さんの芝居をよりリアルに近づける大きな効果がありました。


〈翻訳の台詞に迷い、その量に迷い〉

今作品では台詞量も多く感じました。
話しているのは3人なので珍しいことではないのでしょうけれど
今回改めて感じたのは翻訳の難しさでした。
今更何言うだけれど(!)普段聞き慣れている日本語でも
異なる文法、さらに生活様式の違いを踏まえてからの訳されたものを聞くと同じ言葉でもやっぱり印象が変わってきますね。

ジョンとふたりのメアリー、そして監視者との会話は耳通りの良い言葉でしたが
それらには温かみがありませんでした。会話をすればするほどジョンの孤独感が伝わりました。

台詞が多かったのは日本語へ訳す際の事情のほかにスピード感をだすことでステージ上に必要のない「沈黙」や「静寂」が生まれないようにするための策?だったのかもしれません。

いずれにしても
私は2度めでなんとか初見で聞き逃していた台詞を受け止めました。
私の台詞を整理できる能力がもっと高ければ笑、より作品を楽しめたかもしれません。
台詞迷子になりましたが、素晴らしい翻訳だったと思います。


〈繊細で乱暴〉

白井晃さんの演出作品を観たのは
今回が初めてでした。

場面セットは部屋の一室だけ。
演者の4人はエンダ・ウォルシュの言う
「見守る側」と「見守られる側」に分かれていました。
そしておそらく客席にいたほとんどの方も「見守る側」だったのでしょう。

演出で印象的だったのは(ネタバレ失礼)
ステージに立って圭さんが発するジョンの声に
録音された圭さんのジョンの声が重ねられたシーンでした。

複数のジョンの声が聞こえると
何人ものジョンが彼の頭の中や心の中にいるようで
ジョンが施設に入れられることになった「まわりの人と違う」という理由が聴覚的に表現されているようでした。
壊れてゆくジョンがリアルで怖さを覚えました。

舞台全体はもちろん
特にジョンの人物像も繊細に演出されていると感じましたがジョンの状態を判定するためと
彼の心にズカズカと入り込むようなシーンは乱暴に見えましたね。
もちろん決して手を抜いた演出という意味ではなく
人を傷つける人の醜さの繰り返しが乱暴に見えたのです。

しかし1シーンだけ
どゆこと?と思ったシーンは
(ネタバレ失礼)ジョンに同情的になったメアリーにメアリー2が手を挙げたシーンでした。

あれは.意味がある?

メアリー2は部屋全体を
言葉で充分に制圧していました。
人は感情的になって手を挙げることもありますが
メアリー2のスマートな性格を考えると
そんな無駄で端的な行動にでないのでは。

もしかしたら綺麗な格好の女性が(ダウンタウンの浜ちゃんみたいに?)
力強い腹パンチを見せたら面白いよね

という思いつきで
笑いを取るための演出だとしたら…
シラケますね。
(原作にあったらすいません)
あの腹パンのシーンはえり子さんは迫力満点でしたが
演出は乱暴というか幼稚でした(失礼)。

〈終演後もつづく〉

心の奥にある闇。
誰にも知られたくない痛み。
心と身体のバランスを上手く保てず
誰かの支えが必要な「見守られる側」の人々に手を差し伸べる「見守る側」の人々は
自分は心と身体のバランスを上手く保っていると信じています。
自分たちのやり方が正しいと信じています。

けれど
本当に闇から抜け出すことは正しいのか。
触れてはいけないものを秘めておくことは間違いなのか。
人ははじめから永遠にわからない答えを持って生まれたのではないか…
などと考えさせられました。
エンダ・ウォルシュからの宿題ですね笑。

実は終演後、場内の「紙」のアンケートに私は
今回の演出について
「繊細で乱暴」

あらゆる解釈ができる原作だけど伝え方が
「少し遠回りをしているのでは」

作品によって出てきた感情を受け止めることができないときの「逃げ道」を演出に入れてほしい

そして圭さんの圧巻の演技に
「もう少し演技とリアルの境目がほしい」
「役者を追い込みすぎているようで役者のメンタルが心配」
などと(暴言を!)書きましたが

帰りの電車に揺られながら
白井さんに追い込まれているのは役者だけではなく
客席にいた私たちも同じだったと知りました。

答えが見つからないことへの恐れ、
正解からずっと遠くにいるのではないかと知ってしまったときに感じる恐怖。

白井さんは観客が鑑賞後に
そんな境地に落ちることもすべて計算して演出されていたのだとしたら…
ゾクゾクしますね笑。

私の舞台鑑賞歴はまだわずか15年。
映像も良いけれど
舞台での役者さんのお芝居には激しく心が揺さぶられます。

今回の作品
「Medicine メディスン」もまた
心を揺さぶり続けています。

ゾクゾクしますね笑。


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