hanulu santa

僕は、20代後半に筋疾患と診断され、早30年。現在電動車椅子で生活。ヘルパーさんにお世…

hanulu santa

僕は、20代後半に筋疾患と診断され、早30年。現在電動車椅子で生活。ヘルパーさんにお世話になりながらの独居生活。2023年後半は、漫画のような不幸の連続。ヘルパの不注意から右大腿骨骨幹部骨折で入院することに。マグロの僕が158日間の入院生活を生き抜く術。入院リアル体験記。

最近の記事

【受け持ちの看護師】

受け持ちとは、担当のナースが決まっていて、そのナースが休みの日以外はいつも同じ人が担当と言う事のようだ。 そして、僕の担当ナースは、聖さんになる。 朝一番で顔を出し、「担当の聖です。」と言った。 僕は、「よろしくお願いします。」と言った。 聖さんは、30代半ばの女性でベテランのナースだった。 第一印象は、一重まぶた化粧っ気の無いキツそうな感じの人だった。 どんな人なんだろう? これから1か月半大丈夫なのか?と心配になった。 朝のバイタルから始まり、ナースコールで

    • 【秘密兵器】

      4階にやってきた。 やっぱり違うとこに来ると緊張する。 どんな雰囲気なんだろうとか?嫌な奴がいないか?とか・・・ 考えるときりがない。 初めに連れてこられた部屋は、ナースステーションのまん前だった。 それも廊下側だった。 ラッキー!と思った。 何故?ラッキーか? ナースステーションが近いとナースを呼び止める場合に都合が良いからだ。 身体が動かない僕の場合、真っ先に考える事だった。 数分後、ナースが来て「ごめんなさい。部屋を移動しても良いですか?」と言われた

      • 【私も○○に連れてって】

        翌、月曜日に4階病棟に移る日程が決まると思われたが、4階の師長さんが休暇だと言う事でまだ決まらず。 しかし、今週中には移動するとのこと。 火曜日になり、主任の石井さんが「明日移る事になったからねー」と言いに来た。 2階の滞在は、ちょうど2週間だった。 2週間しかいないのに・・・色々な事があったと感慨にふけた。 そんな時だった。 「お風呂ですよー」 そう、今日は火曜日お風呂の日。 2階での最後のお風呂だった。 前回同様、津軽ちゃんとマークさんのコンビだった。

        • 【師長の連携そして計らい】

          家なしになった僕を師長さん達が話し合ってくれ、4階病棟に移ることが決まった。 ただ、何時4階に移れるかわからなかった。 この水漏れ騒動の一件で、僕は有名人となっていた。 来るナース、来るナースに「水漏れで帰る家がなくなっちゃたんだって」と言われ悲劇の人となった。 そのおかげもあってか薄眉毛以外は、みんな優しかった。 リハビリを兼ねて車椅子に乗るようになって、3時間ぐらい乗っていられるようになっていた。 車椅子を乗っている姿をナースが見て「大丈夫ですか?」と声を掛け

        【受け持ちの看護師】

          【明日が待ち遠しい】

          無事に? 2階病棟に連れてこられ、迷子の子供のように扱われ、とても恥ずかしい思いをした。 散髪から帰って来ると、みんなにスッキリしたね~と言われた。 そして、仲良くなったナースから「ちょっとだけ頭触ってもいい?」と言われ「いいですよー」と言うと、最初は遠慮がちに慣れるとくりくり触る。 そう言えば中高の時も坊主頭にした時に、良く女の子に触られたのを思い出した。 そんな気持ちが良いものなのか?と思った。 次の日は、お風呂。 待ち遠しく思った。 あくる日のお風呂のナース

          【明日が待ち遠しい】

          【くりくり坊主】

          月曜日、出張理髪店が病院に来る日だった。 この病院に来て直ぐ、ナースのナミちゃんに髪の毛を切りたいのだけどと相談すると、「出張サービスがあるみたいだよ」と言って相談員に聞いてくれた。 本来なら前の週にも来ていたらしいのだが、隔離中でカットできなかった。 散髪は、5階のデイルームで行った。 ナースに連れられて5階に行った。 電動車椅子で初めての散策だった。 散策とは大げさだがそんな感覚だった。 電動車椅子でちゃんと移動できるか心配だった。 5階につくとナースが「5階の

          【くりくり坊主】

          【不可抗力の不幸】

          2023年後半は、自分では逃れられない度重なる不幸の連続だった。 7月末に沖縄に行った。 沖縄初日は、天候に恵まれ快晴だったが、2日目に台風直撃。 台風通過後、晴れると思いきやまさかのブーメランで台風6号が再度直撃。 これでは終わらず空港閉鎖で4泊が8泊となった。 ホテルの部屋のトイレに入ると便器の真上の天井から長い髪の毛が垂れているのを僕が発見した。 気持ち悪いと言うより気味が悪い思いをした。 どうやったら高い天井に毛が付着したのか疑問だった。 これが不幸の始まり

          【不可抗力の不幸】

          【良い話と悪い話】

          前日に主任の石井さんから「明日ご家族の方が面会に来る予定になっているみたいですね。その時に5階の相談員さんが来て、お話があるから大丈夫ですか?」と言われていた。 そうそうここの面会は、電話で予約しないといけないようだった。 予約時間枠があり、埋まっていると予約が取れない。 コロナ対策で、1週間に1度だけ家族のみと言う事だった。 イケメン君の面会が無くなってしまった。とても残念だった。 11月15日(水)午後2時に妹が面会に来た。 僕は、今回の面会時に僕の自宅に行っ

          【良い話と悪い話】

          【カーテン隔離解禁】

          転院から1週間経ち、やっと自由になった。 結果、コロナ感染していなかった。 安堵と苛立ちがあった。 そして、待ちに待ったお風呂の日。 1ヶ月ぶりぐらいの風呂になる。 頭はボサボサで伸びきっている。 至る所が皮がめくれ子汚かった。 ストレッチャーに乗って6階にある機械浴室に行く。 この病院に来て初めて病室から出るのだが、前の病院と全く違った。 見える領域は変わってないが、天井は明るく廊下が広い。 ここに来た時も思ったがホテルのようだ。 住むなら綺麗な所に限る。

          【カーテン隔離解禁】

          【カーテン隔離のなぞと小学生のようなイジメ】

          転院3日目になるとだいぶ慣れてくる。 病室内には、僕だけなのでテレビ、音楽は音垂れ流し。 そして、決まった時間に自分の電動車椅子に座り病室内をウロウロして窓の外を眺めたりしていた。 隔離といっても病室の扉が閉まってるわけでもないので、ちょろっと病室の外に顔を出して見たりもした。 掃除のおばちゃんが昼の1時ぐらいに清掃に入る。 ちょうど昼のデイサービス中で何処の病室も患者が少ないからだ。 毎日顔を合わせていると仲が良くなっていく。 僕の気晴らしにはちょうど良かった。

          【カーテン隔離のなぞと小学生のようなイジメ】

          【急性期病院との違い】

          リハビリ病院に移って時間の流れが遅く感じた。 ナースやケアさんもゆとりがあるように感じた。 老人ホームに入ったらこんな感じか・・・ ナースコールを押すと「どうされましたか?」と待たずに来て対応してくれるし、食事も待っても5分ぐらいだし、病院でこんなに違うのか・・・ 食事と言えば、白米が美味しい。 白米が美味しいだけで、こんなにも嬉しいのかと思った。 この病棟には、フィリピンのケアさんが7人ぐらいいた。それに日本人のケアが1人いたが雰囲気がいまいちだった。 フィリピン

          【急性期病院との違い】

          【2階病棟は・・・】

          希望した回復期ではなかった。 あんなに待たされたのに地域包括ケア病棟に入れられた。 地域包括ケア病棟は、リハビリ時間が急性期と同じで少ない。 僕は、回復期でリハビリを頑張って、12月中には自宅復帰したいと考えていた。 それが1週間の隔離部屋で部屋から出られず、リハビリ時間も取れずジレンマの連続だった。 それでも現状を受け入れ出来ることをやっていこうと思った。 まず、回復期に移して欲しい旨を伝えた。それから自宅で使用している電動車椅子を持ち込めないか伺った。 電動車

          【2階病棟は・・・】

          【新天地、今度はどんな病院?】

          介護タクシーに乗って10分足らずの所にリハビリ病院があった。 築1年ちょっとの新しい病院だった。 病院に入ると眩しかった。これが第一印象だった。 とても明るかった。 監獄からホテルに来たようだった。 タクシーの車椅子からストレッチャーに移る時に、外来のナースが右往左往しているのでイケメン君がひょいっと抱え乗せてくれた。 相変わらずの頼もしさだった。 でも、僕が入院してる間に太ったようで腹回りがパンパンになった感じがした。 ストレッチャーに移ると検査室に入り抗体

          【新天地、今度はどんな病院?】

          【病院を去る日】

          僕が転院するまでに昭三さんらは次々と転院が決まり病院を後にした。 ずいぶん多くの人を見送った気がした。 また、ボッチ部屋復活と思った矢先に虫垂炎の高校生が運ばれてきた。 転院1日前の事だ。 整形外科病棟のはずなのに・・・ 何でもありか・・・ まあいい明日転院だ。 本来なら転院前日は、風呂なり清拭なりあるはずなのだが、今日は最悪外れDay! 担当ナースは、脇坂。 ケアは、働かない日本人。 そして、人数が少ない。 絶望的だった。 と言う事で、予想通りの1日だった

          【病院を去る日】

          【転院日】

          転院が11月7日に決まった。 やっとこの病院から抜け出せると思ったら嬉しかった。 しかし、11月に入ると人数が減り、1週間は夜勤が地獄になると予想。 我慢だ。 移動する子達は、顔を出して「元気で頑張ってね!」と挨拶に来た。 嬉しい反面、悲しさもあった。 どうせなら転院まで待ってほしかった。 11月に入ると昼も夜もカツカツだったが嬉しいこともあった。 今まで夜勤に入ってなかった1年目のナースが研修という形で入ってきたのである。 と言う事で、実質人数的には変わらな

          【転院日】

          【病棟の事情通】

          入院が長期化すると、ナース、リハビリ、ケアのスタッフの皆さんと友人のように話すようになっていった。 噂話から悩み事、くだらない話で笑ったりしながら色々な話が僕の耳に入ってきた。 病院内部の内情なども耳にした。 僕が入院した3階病棟は整形外科。4,5階病棟は脳神経外科だったと思う。 副院長は、脳神経外科で整形外科より勢力が強いとの事だった。 いわゆる派閥争いで整形外科は、負けているようだ。 その為、整形外科の患者が最終的にとばっちりを受ける構図となっていた。 病院は

          【病棟の事情通】