30センチだらりん事件

 このところ、やたらと続いていることがあり、それがとても気になっている。
 実はトイレのことなのだが、職員トイレにある三つの個室のうち、唯一の洋式トイレで、それは起こっている。
 入ってみると、トイレットペーパーが30センチぐらい、だらりーんと垂れ下がっているのだ。先は勿論、途中で引き千切られた形相。ガッタガタのギッザギサ。扉を開けるなり、毎回ギョッとする。
 あまりに続くのだが、それと共に、トイレに行こうと扉を入って、手洗い場で出会う人も毎回同じであることに、最近ようやく気付き出した。
「お疲れ様でーす」と声を掛け合えば、彼女は手洗いを終え、扉の外へ。私は個室へと向かう。膝の半月板を損傷して以来、どうにも和式が苦手。空いていれば間違いなく洋式を選ぶ。すると、前述のように、ギョッとなるのである。
 個室は三つあるので、彼女が入っていたのが洋式とは限らない。しかし、出た直後らしく流した水が未だ音を立てていることが少なくない。あとの和式に人の気配がないことも、疑いたくなる理由である。
 彼女は自分が入った直後に、他の誰かがトイレを使うということを、想定していないのだろうか。ここは一人暮らしの自宅ではなく、公共の職場であるのだが…。
 あまりに続き、あまりに同じ顔ばかり見るので、これはちょっと声を掛けた方が良いのだろうか…という気にさえなる。しかしちょっと待てよ。トイレットペーパーを30センチだらりーんとさせてはいけません!というきまりは、恐らく無い。張り紙をしているわけでもないし、職場内で誰もがそれを注意喚起しているわけでもないのだ。要は私が気持ち悪いだけ。不愉快なだけなのだ。
 この世の常識というものには、再々悩まされてきた。自分が〝常識〟〝普通〟と思って生きて来たことが、必ずしもそうでなかったことが山のようにある。公共の面前で恥ずかしい思いをしないよう、基本的なマナーなどは叩き込まれてきたようだ…と親に感謝しているが、それらですら〝常識〟〝普通〟と、大手を振ってアピールして良いのかどうか、よくわからなくなる事態に陥ったことは、一度や二度ではなかった。
 わからないことは辞書で引け!と教えられてきたが、最近では専ら、ネットで調べろ!といった具合か…。多分に漏れずキーボードで打ち込む。どうやらペーパーホルダーの蓋になっている部分を汚いと感じて、触らずにしようするのが理由ではないか…という意見が大方であった。潔癖症なのであろうと…。
 それにしてもおかしい。では、トイレットペーパーが無くなったら、その人は新しいものに付け替えずにトイレから出るのだろうか?トイレを流すため、レバーなどを引かなければならない時、また、トイレの個室から出る際、扉の鍵を開錠する時、どうやっているのだろう?色々と謎が残る。
 このトイレットペーパーだらりん事件に違和感を感じていたのは私だけではないようで、職場のベテラン先生達の間では俄かに噂になっていたようだ。
「何となく犯人に目星は付いてるねん。」
「私も!」
という会話…。
 尻尾を掴んだから注意した…という話は聞かなかったが、この事件は意外な形で終息する。
 年度が替わった途端、ピタリと無くなったのだ。人事異動後、何人かが出て行き、何人かが入って来た。目星を付けられていた彼女は出て行ったうちの一人。誰も尻尾は掴まなかったので、必ずしも彼女が犯人だという証拠はないのだが、実はきっちりしているように見えていた人だっただけに、〝疑惑〟という不名誉だけを残して去らなければならなかったとは、夢にも思っていないのではないかと思う。

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