小学生の婚約発表

 滅多に来ないやんちゃくれの6年男子が、最近よくやって来る。こういうことは毎年あって、卒業が近付くと、何となく増えていく気がしている。
 しかし未だ卒業には早い。何となく来たい気分になったのだろうか…。
 よくわからないが、それほど読書家キャラでもないのに、一応毎回、律義に一冊は本を借り換えして行く。義務というか、癖というか、そんな感じで、どうしても本が読みたくて!とか、本を必要として…とかいう雰囲気でもない。連日居座っている男子グループとの交流が目的なのかも知れないが、真意は謎である。
 ある時、彼が、音楽の先生と婚約したと言った。今年、他校から転勤してきた先生は、サラサラロングヘア―でスレンダーな女子力高め系。いつも気だるげな様子は色気を噴出させているようにも見える。
 去年までいたベテランサバサバ系の先生が大好きだった私は、新しくやって来たこの方が少し苦手だった。接点がまるでなく、何故か挨拶すらする機会さえ殆どなかったせいで、人見知りの性分が影響したからかも知れない。彼女の情報と言えば、職員や子どもの噂話から知る程度のもの。唯、前任校からの転勤が余程ショックだったのか、うちの学校に馴染めず、ちょっとしんどくなっている様子で、時折泣いているのを見かけた。
 いつも遠巻きに見ているだけだったが、ヨガで鍛え上げられているらしいスタイルは美しく、時折手の甲を使って前から後ろへとサラっと髪を押し流す仕草はまるで女優。癖毛ぼさぼさの私には出来ない行為なので、密かに憧れる。
 顔は隅田美保にそっくり。知る人ぞ知る、吉本興業の漫才コンビ、〝アジアン〟のツッコミ担当なのだが、凄く似ている…と私は思っている。最初から思っていたわけではなくて、ずっと『誰かに似ているな…』と思っていた矢先、合点がいったのだ。
 しかし一般的に、隅田美保という芸人は、ブサイクという枠に嵌められている。
 当の私は、彼女をブサイクだと思ったことはない。相方の馬場園さんは大分ぽっちゃりだが、顔の作りが良いので純粋に可愛いと思うが、だからと言って隅田さんがブサイクとキャラ付けされていることに納得していない。ご本人も認めていないし、私だって、これからも認める必要はないと思っている。芸風やネタのひとつにされていることも、実はとても嫌なのだ。
 音楽の先生は美しい。顔は隅田さんそっくりで、そして美しいのだ。ということは、隅田さんも美しいってことなのではないだろうか?そう形容されないのであればそれは、キャラクターの問題で、顔の創りどうこうというものでは無い気がする。隅田さんもスレンダーなので、髪を伸ばして掻き上げたり、背筋を伸ばして女子力高めなメイクをしたら、社会の評価だって変わるのではないかと思っている。
 音楽の先生と婚約したという6年生が宣う。
「式場はまだ見つかってないけど、指輪はちょいちょい探してる」
 ケロッと宣言。お相手の下の名前を〝ちゃん〟付けで呼ぶあたり、妙にリアルで、ホラだとわかっていてもホラに聞こえない。
「で、○○ちゃんの何処に惚れたの?」
 こちらも調子に乗って聞いてみる。
「え?ニキビ」
 こちらも即答。しかしニキビって…。
「ニキビが好きなんて、めっちゃステキやん❤でも○○ちゃん、ニキビなんかないやろ?」
「何言ってん!めっちゃあるでー!」
 普段、眼鏡を掛けていないときにしか、音楽の先生の顔を見たことがない。しかもいつも遠方からだ。美しい人はニキビがあっても美しく見えるのか、そもそも私がちゃんと見えていないだけなのか…?醸し出している雰囲気だけで〝美しい〟と判断しているが、実際は隅田美保似というのも怪しくなってきた。
 
 後日、トイレの手洗い場で音楽の先生と遭遇。場所柄、挨拶するのも微妙。しかし無視するのももっとおかしい。
 一週間ほど体調を崩していたようで、姿を見なかったので、「大丈夫ですか?」と声を掛けてみる。風邪だけでなく、微弱ながらインフルエンザも流行し始めているので、そうだったかと尋ねた。
「何かねぇ……。よぅわからんから、今日午後から授業無いから、病院行ってみます」
 長らく休んだ理由を、本人自身が分かっていなかったのか?と〝?〟が並ぶ。しかし間近で見た音楽の先生は、目元がマスカラばっちりだった以外、やはり隅田さんにそっくりだった。しかもニキビなんてひとつもないではないか!
 今日もやって来た自称〝婚約者〟に詰め寄る。
「○○ちゃん、ニキビなんか無かったで!」
 彼はのうのうと答えた。
「何言ってん!めっちゃあるで!と言ってもあれ、実はニキビじゃなくてそばかすやねんけどな。」
 ちーーーーーーん…。
 ニキビとそばかす、単に間違えていただけらしい。モノ、全然違うやんか。
 それにしても大人のそばかすを可愛いと思える小学6年男子。なかなか素敵ではないか。
 私にも割と子どもは寄って来る方だと思っているが、小学生と婚約したことはない。まだまだ女子力が足りないということかも知れないが、小学生が萌えてくれる前に、おばあさんになってしまいそうなので、路線変更は断念しようと思う。

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