それぞれの春 ➃

 気付いたことがあったからといって、全ての状況を一夜のうちに変えてしまえることは少ない。辞め時を測り損ねて、取り敢えず出勤しなければいけない日々を、ある日を境に百八十度変換させるのは現実的に容易ではないとわかっている。行動力の問題なのかも知れないが、時期尚早で〝後悔先に立たず〟となっては、元も子もないからだ。
 ある程度わかっているのに先に進めないでいると、一通のメールが届いた。学校図書館の広報活動として、毎年夏休み中に市立図書館の展示ブースに飾る作品についてであった。今年、私はメールをくれたGさん共々、それらを取り纏める担当になっているらしい。
内容について起案を求められる。
 
【何も思いつきません。司書会で意見を募りましょう。】
 
 やる気のない返信に、Gさんは怒りもせず【それが良いね】と返事を寄こした。
 
 Gさんは私の赴任校で前年度まで勤務していたこともあり、全くの司書初心者の私を普段から色々と世話してくれていた。心の広い人で、言葉の使い方がとても素敵だ。
 赴任当初、高学年の女子から「私、G先生派やから」と一刀両断されて慄いたが、それだけ魅力的で児童の信頼が厚かったのだろうと思う。Gさんの仲良し教員が、現在も複数、校内に勤務しており、その繋がりから受けた恩恵は数知れない。
 作業時期に担当が不在になると迷惑がかかるため、今後の考えなども伝えておく。何一つ決まっていなくても、一年を全うする意思がまるでない分、自分はいつ姿を消すかわからない。突然放棄することになると、Gさんに申し訳ない。掻い摘んで返信すると、【この一年は頑張るのだと思っていた】と驚かれた。
 
【頑張る…がわからなくなってしまって。それ、市教委も求めてないと分かったので、熱意も希望も消失してしまったんですよね。
Gさんは頑張れていますか?皆さんどんな気持ちで、今まで通り仕事行ってるんだろ…と不思議です。給料日が怖いです。】
 
 敢えて本音を書き送る。新年度開始時、明るい語調の挨拶文を司書全体にメッセージ送信していたGさん。その心が知れずにいた。嫌な気持ちになるだろうか…と思っていたら、返事が届く。
 
【うん、こちらが求めているものと市教委が求めているものとの差がすごくあるな、と感じる。情報教育なんていらないじゃん。結局、みんなが本読んで数字に表れたらそれでいいんやろなー、と思っています。他の司書の方が頑張ってくださっているのに申し訳ないけど、そんなに頑張らなくてもいいと思ってます。ほとんど〝なしのつぶて〟だし、司書がやっていることに市や学校は追いついてないというか、先走りしてしまってるように感じています。理想を挙げるとキリがないけど、力の入れどころがずれている。だから、もう今年は数字を気にせず、なるべく自分に負担がかからないようにみんなが読みたそうな本を買って楽しい学校図書館でいきます。どうせ週に1,2回しか行かないんだし。来年度に向けて就活や勉強もしないといけないので、少しでも心を軽くしておきたい。あかんとは思うけど、今のこの市はそれでいいみたいだし。他の司書の皆さんには申し訳ないけどね。】
 
 正直驚いた。そしてホッとした。Gさんは現状を受け入れつつ、既に先を見据えている。前職が司書以外の専門職であったことは互いの共通項でもあったのだが、彼女は次年度、その仕事に戻るつもりで、今年度をその準備に充てる算段を既に立てていたのだった。十年のブランクを埋めるため、夏季休業中は、その前職復帰のための研修に行くという。
 私は自身の前職に戻るつもりがまるで無い。今後もその意思が変わる予定はほぼゼロだ。なので別の仕事が見つかり次第、転職しなければいけないと思っている。開き直って一年全うしたとしても、その時、手頃な仕事に就ける確証があるわけではないからだ。
 それぞれの春。私がしなければならないことは、一日も早く新たな道に出合うこと。そして、先の見える、司書としての残された時間を、出来るだけ苦しまないよう、そして良い思い出として持ち帰られるよう、時間を、子どもたちや先生方と共有することなのかも知れなかった。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?