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クローン・ファミリー

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 西暦3338年、1月。僕に《家族》ができた。
 ご存知の通り、この現代は、人間は機械から生まれてくる。爆発的な人口の増加を防ぐため各国の政府がコンピューターの制御のもと、人口受精で管理しているのだ。よって、僕たちに《家族》という概念はない。人は一人でうまれ、一人で死んでいく。僕もつい最近までは、それが当たり前だと思っていた。
 僕の名前は、ルーク・下柳。77歳。平均寿命が200歳の現代社会では、まだまだ子ども扱いされている。

 僕が、《家族》という言葉を知ったのは2年前――。
 火星はある出来事で大騒ぎをしていた。1000年前の核戦争で死の星となった地球に、初めて捜査ロケットが向かったのだ。ようやく放射の影響がゼロとなり、人類にとって待ちに待った瞬間がやってきた。地球が僕たち人類の故郷だったというのは、誰もが小学校一年生の授業で脳のチップにインプットされる。
 青い星だった、地球。
 今、人類が暮らしている火星の赤さになれてしまっている僕は、青い星といわれてもいまいちピンとこなかった。もちろん、現在の地球には海も空もない。核戦争の後、長い氷河期が訪れ、地表の三分の二が氷で覆われているのだ。だからといって、海も空も図書館のバーチャル図鑑でしか体感したことのない僕は、この二つが地球から消えたところで何のショックも受けなかったのだけれども。
 地球に向かった捜査ロケットは、数々の化石を採取して戻ってきた。その中に人類を揺るがす大発見があった。氷の奥深くから発掘された長方形の化石。解析してみると、その中には、映像が保存されていることがわかった。ポリエチレンの磁気テープに、電気信号に変えた映像や音を記録し、逆に再生するときには、磁気テープを読み取り、電気信号に変えて画面やスピーカーから出すという「ビデオテープ」と呼ばれていた恐ろしく原始的な代物だった。

   2

 そのビデオテープの背には、これまた恐ろしく原始的な油の性質のマジックで「今日子結婚式」と記入されていた。
 1000年以上前の人類の風習が記録されているのか!
 そもそも、「結婚式」とは何だ?
 この世紀の発見に火星中の人類が色めきたった。僕もネットメガネに送られたニュースで、「結婚式」の映像を見た。
 「ケーキ、ニュウトウ」という指揮官の号令のもと、白く巨大な謎の生物体に二人の兵士がサーベルを突き立てた!
 火炎放射器をなぜ使用しない!
 炎に対して、ものすごく抵抗力が低い物体なのか?
 しかも、当時の人間たちは、その生命体を切り刻み、後で食べるという。食料も慢性的に不足していたと伺える。「カンパイ!」という号令のためだけに、一人の兵士が呼ばれた。複雑な階級制度が垣間見える。「カンパイ!」その兵士が手を上げると、人々がこぞって液状の興奮剤を体内に流し込んだ。黄色く泡立ち、劇薬にも見える液体を何の躊躇もなしにだ。次に、数々の円盤に乗った生物の残骸が運ばれてきた。それを人々は小さなサーベルと小さな三叉の武器を使って残骸を切り刻み、嬉しそうに口に運ぶ。栄養を補給するには残虐な行為だ。固形宇宙食しか口にしたことのない僕にとって、それは異様な光景だった。現代の火星では48時間に一度、キューブ型の宇宙食を補給すれば十分だ。この結婚式の映像で、もっとも不可思議だったのは、「父」、「母」と呼ばれる人物たちの存在だ。「両親への手紙」と題された声明文を読み上げるシンプ兵士。
 すると、どうだ。
 「父」「母」と呼ばれた人物たちの眼球から水分があふれ出たではないか。「父」「母」だけではない。コロニーの住民のほとんどが、眼球から水分を放出している。

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 ご存知の通り、火星に水分はない。そのため、人類は生きていくために必要な水分をアステロイドベルトの小惑星をテラフォーミングして、ラグランジュポイントでDT反応を起こし、大切に大切に循環式汚物処理をして生み出しているのだ。その貴重な水分を自ら捨てるとは……さすが青い星、地球だ。
 この「結婚式」の映像が全人類に発信され、火星ではさまざまな議論が展開された。
 科学者たちは、このとき人間たちが眼球から水分を流した現象を、「結婚式」の間、さかんにでてきた「カゾク」という言葉がキーワードだと発表した。
 「カゾク」という言葉が、人々の感情の何かを動かし、無謀ともいえる水分の放出につながったのではないかと。
 信じられないことに、1000年前の人類は同じDNAをもつ人間が群れをなして暮らしていたのである。
 現在の火星では、他の人間とのコミュニケーションを禁止されている。コミュニケーションが争いを生み、小さな争いが宇宙戦争につながる。
 数多くの人とすれ違うが、言葉を交わしたことはない。生活の全てがアンドロイドのサポートで成り立っているのだ。必要なものを買い揃えるための店も、公共施設も、話し相手も、友人も、アンドロイドがやっているのだ。当然、人と同じくらい、いや、それよりも多い数のアンドロイドが火星中に溢れかえっている。
 
 「カゾク」。この言葉は瞬く間に火星の流行語となった。
 マスコミはこぞって「カゾク」を取り上げ、一大「カゾク」ブームが巻き起こった。
 中でも一番のヒット商品は「クローン・ファミリー」だ。自分の細胞をベースに「父」「母」「兄弟」を作り上げ、家族疑似体験ができるキットである。

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 僕もそのキットが欲しくなり、親友の黒人型アンドロイド「WZ黒木3」と近所の「ドンキホーテXP」まで買いに行った。
「うわー。めっちゃ並んでるやん。噂どおりすっごい人気やなクローン・ファミリーは。どうする、しもやん? 並ぶ? 今度にする?」
 ちなみに、「WZ黒木3」はアンドロイドのくせに関西弁である。
 僕は黒木から、しもやんとあだ名で呼ばれていた。
「なあ、しもやん。アンドロイドの俺なんかに言われたくはないとは思うけど、親友として言わしてもらうわ。クローン・ファミリーか何か知らんけど、どーかと思うで。そもそもカゾクって何やねん? いまいち誰もわかってないんちゃうの? 値段もそこそこするしや。あれやろ? しもやんの細胞を培養液に浸して、父の素と母の素を振りかけるんやろ? で、しもやんに似てるけど似てない人間が作り出されるって、いったいそれの何が楽しいねん?」
 確かに黒木の言うとおりだ。自分でも何が楽しいのかは全く分からない。
 ただ、「カゾク」が欲しい。そう思ってしまったのだ。「結婚式」の映像で見たシンプ兵士の「父」と「母」に、アンドロイドでは得られない何かがあると感じたのだ。黒木には言えないけど。これだけカゾクがブームになるということは、僕だけでなく、火星中の人間がそう思ったのだろう。
「で、どれ買うの? へーえ、色々、種類があるねんな。ガンコ親父の素、教育ママの素に引きこもりの兄の素……お、これなんかいいんちゃう? 生意気な妹の素があるで」
 正直、僕もそれがいいと思った。
「これもいいやん。愛犬の素。じゃあ、優しい父の素と穏やか母の素と生意気な妹の素、ほんで愛犬の素の四つで、八億八千万円。思ったより安くついたな」
 クローン・ファミリーのキットを買い揃えた僕は、高鳴る気持ちに胸を躍らせて帰宅した。


   5

 僕は緊張しながらた、キットの箱を開けた。
 培養液に、自分の髪の毛を入れる。その培養液に、付属の粉を四袋入れる。たった、これだけ。まさにお手軽だ。
 三分後、僕の前にカゾクが現れた。
「ルーク。今日は、仕事は休みなのかい?」
 これが、父。なるほど、声や表情が必要以上に優しげである。
「ルーク。ちゃんとゴハン食べてるの? なんだか、やつれてるわよ?」
 これが、母。たしかに、穏やかだ。
「……兄貴、ウザいんだけど」
 妹は、やたらとテンションが低い。早くも嫌われたようだ。生意気という設定だがあっているのだろうか。
 犬はできた瞬間、どこかへと走り去ってしまった。
 こうして、カゾクと僕の奇妙な共同生活が始まった。

 春。僕とカゾクはピクニックに行くことにした。
 火星の春は、砂嵐が多いが、陽気はポカポカとして気持ちがいい。
 僕たちはドーム式のゴザを敷き、砂漠の真ん中でピクニックをした。
 カゾクと初めてのレジャーということで、僕は少し緊張していた。
 僕はリュックからカゾクの取扱説明書を出して読んだ。
《レジャーで、カゾクと会話する際の注意》
 ふむふむ。
《そんなに楽しくなくても、テンションはあげましょう。決して、早く家に帰りたいと態度に出さないこと》

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 ……難しい。そもそも、カゾクとのレジャーが何のために必要なのかさえわからない。
「いやあ、たまにはこうしてカゾクで出かけるのも悪くないな」
 父は張り切っている。
「どれどれ? 母さんは、どんな宇宙弁当を作ってきたのかなー。おー。緑やら黄色やら紫色だねー。色とりどりだねー。やっぱり、お母さんの作る宇宙弁当が一番だよ」
「やだわ。お父さんったら」
 母は褒められているのに、デレデレと照れ出した。嬉しいのか嬉しくないのかハッキリしないキャラだ。
「また、この紫のがうまいんだよなー。んー。パリパリして。んー。ほら、ルークも紫のを食べなさい。ボーとしてるとお父さんが全部食べちゃうぞ」
「もうー。お父さんったら」
 何だろう、この気持ちは。非常に胸の辺りがムカムカする。これがカゾクのスキンシップってヤツなのか。
 妹は相変わらず不機嫌そうにメールを打っている。
 僕は思い切って妹に話しかけることにした。
「妹、何やってんだよ」
「……銀河メール」
 妹は、こっちの顔を見ようともしない。
 僕はめげずに続ける。
「最近……どう?」
「何が?」
「ほら、新しくカゾクになって……楽しい?」


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「ウザいんだけど」
 妹がゴミをみるような目で僕を見る。
 何だろう、この気持ちは。クローン相手にイラついている。それとも、似ているからこそイラつくのか?
 僕はカゾク取扱説明書の「妹」のページをめくった。
《兄としての心構え かなり高い確率で疎まれたり嫌われたりするでしょう。対策としては意味もなく話しかけないことです》
 ……手遅れである。
 落ち込む僕に、父が優しい声で話しかけてきた。
「ほら、ルーク。説明書ばかり読んでないで食べなさい。紫の物体を。お母さんの愛情がたっぷりと詰まってるぞ」
「そんなことないわよ、お父さん」
 また、母が顔を赤らめて、喜んだ。
 愛情を詰める。初めて聞く表現である。
 
 夏。
 僕とカゾクは、海に行くことにした。
 火星の夏は雲に覆われ憂鬱な気分になる。
 その憂鬱さを解消しようと、人々は宇宙遊泳を楽しむのだ。
 宇宙遊泳ができるスペースは、「エリア海」と呼ばれている。BGMに波の音をかけ、思う存分泳ぐことができる。
 僕とカゾクは海の中でも人気スポットの「湘南44」に出かけた。


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 僕は水着代わりの宇宙服を着て、思う存分宇宙遊泳を楽しんだ。
 人が多い……。
 シーズン真っ盛りで、「湘南44」内は芋を洗うような賑わいだった。
「すいません。あ、すいません」
 少し泳いだだけで、すぐに人とぶつかってしまう。
 しばらく経って、僕はふと宇宙空間を見渡した。
 あれ? 僕のカゾクはどこだ?
 いない。父も母も妹も見当たらなかった。
 僕は、人並みをかき分け、必死で宇宙遊泳をしながらカゾクを探した。
 迷子になってしまった。いや、僕のカゾクが迷子になったと言うべきか。僕は未だかつてない不安感と孤独感に襲われた。
 僕は、泳ぎながら宇宙空間の闇に向かって叫んだ。
 おーい! カゾクー! 僕のカゾクはどこだ! カゾクー!
 結局、見つからなかった。
 家に帰るとカゾクは既にもどっていた。
 カゾクもはぐれた僕を探していたのだ。
 僕は父と母にこっぴどくしかられ、妹は相変わらず銀河メールをしていた。
 怒られたというのに、なぜか、嬉しかった。他人の自尊心を傷つける行為は、火星では厳しく罰せられる。
 母が、冷たい料理を作ってくれた。
 赤や黄色や紫や、相変わらず得体の知れない食物だったが、美味しかった。
 なぜか、鼻の奥がツンと痛くなった。


   9

 秋。
 妹が家出をした。
 火星の秋は四六時中、雷が鳴りやまない。
 遠雷が鳴り響く中、僕は父と妹を探しに出かけた。
 火星の無法地帯、《歌舞伎タウン》で妹を見かけたとの情報が入った。《歌舞伎タウン》は、凶悪なホスト型アンドロイドが獲物をキャッチしようと、いたるところに徘徊している。
 僕と父は、大慌てでタクシーに飛び乗り環七ハイウェイでワープした。
 いた!
 妹は、繁華スペースの片隅で、薄汚れた壁にもたれ、ホスト型アンドロイドに囲まれながら銀河メールをしていた。
「こんな危険なエリアで何やってんだ!
 僕は妹を強引に連れ戻そうとした。
 しかし、妹が激しく抵抗する
「離せよ! 離せよ! 今から土星のクラブに行くんだよ!」
「どきなさい、ルーク」
 父が僕を押しのけ、妹に平手打ちをした。
「このバカ娘が! どれだけカゾクを心配させれば気が済むんだ! 帰るぞ」
 帰りのタクシーの中、僕たちは無言だった。妹は頬を押さえて、窓の外の宇宙空間を眺めている。
 この気まずい空気をどうすればいいものかと、僕は取扱説明書を開いた。どこにも対応策が載っていない。この時、僕はカゾクにマニュアルは必要ないことがわかった。
 タクシーの窓を開け、僕は宇宙空間に取扱説明書を捨てた。

     男、捨てる演技


   10

 そして、冬。
 僕とカゾクは初めて鍋をした。
 大晦日。紅白宇宙歌戦争を見ながら鍋をつついたのだ。
 僕と父は白連邦軍を応援し、母と妹は赤帝国軍を応援した。
「ほら、いい感じで紫のが煮えてるぞ。オレンジのばっかり食べないで、紫のも食べなさい。ほら、ほら」
 父は、鍋の前でホクホクして無理やり僕にたべさせようとする。
「自分のペースで食べるから」
「いいから食べなさい。ほら、ほら」
 どうやら、父は酒でいい気分になっているようだ。
「紅白が終わったら、みんなで初詣行きましょうね。大マゼラン星雲まで」
 母は鍋に材料を入れながらウキウキしている。
「えー。大マゼラン星雲、人いっぱいだよー。近くの星雲にしようよ」
 妹は、相変わらず、生意気である。
 紅白宇宙歌戦争が終わり、除夜のビームの音が響いていた。
 時間がゆっくりとゆっくりと流れていく。
 妹は、いつのまにか僕の膝でウトウトとしていた。
 なんだろう、この気持ちは。
 胸の奥に小さな灯火がともったような感覚だ。
 カゾクと暮らしていると疲れることが多いが、たまにこの感覚が僕の何かを刺激する。その何かの正体を上手く説明することができないのだけど、それはそれでいいような気がした。
 僕とカゾクが分かっていればそれで十分だ。

     除夜の鐘の音、とまる


   11

 西暦3339年。一年経ったので、僕はカゾクを捨てることにした。
「クローン・ファミリー」の消費期限が一年しかないのだ。
 一年経つとカゾクは動かなくなり、もうカゾクではなくなる。
 火星は、大量に発生するカゾクゴミに悩み、いらなくなったカゾクをブラック・ホールに捨てることを義務付けた。
 僕は、カゾクを廃棄カプセルの中に入れ、黒木と一緒にカゾクを捨てに行った。
 カゾクは宇宙空間を流れ、ブラック・ホールにゆっくりと吸い込まれて、消えた。
 隣にいた黒木が僕の顔を見て言った。
「もったいないなー。眼球から水分が放出されてるで」
 そうなのである。僕の両眼からは、あのときの「結婚式」の映像で観た人々と同じく、水分がとめどなく溢れていた。
 なぜか、自力でそれを止めることはできなかった。

 次の日、黒木がまた新しい「クローン・ファミリー」を買いに行くかと誘ってきたが、断った。
 僕のカゾクは一つで十分だ。
 その後、カゾクブームも終わりを迎え、人々は一人で生きていく日々に戻っていった。今は、誰もカゾクの話なんてしない。
 ただ、少しだけ僕たちの中で何かが変わったような気がする。
 今までと同じくコミュニケーションは禁止されているが、人と人とがすれ違うとき、笑顔で会釈するようになったのだ。
 残りの長すぎる人生も、これでちょっとは暮らしやすくなるだろう。

(終)


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