シャルビューク夫人の肖像 ジェフリー・フォード
Am 01. Maerz
The Portrait of Mrs. Charbuque
Jeffrey Ford
「大衆は、都合よく一組になった相反するものに目がない」
シャルビューク夫人、誰もみたことのない女
人は、目に見えるものに価値を置きすぎるがゆえに、見えないものに固執する。
「目」だ。
この世で一番怖いもの、それは人の「目」だ。
科学の光が照らせど、未だ闇が残る19世紀のニューヨーク、画家の「わたし」は何を見る?
写真が出始め、みんなが簡単に自分の姿を残せるようになったね、けれどもそんな時代の金持ちどもの流行りは「肖像画」だ。
「わたし」は売れっ子肖像画家、あなたを素敵に描きましょう、本物よりも美しく!だ。
「あんたなんか死ねばいい」
モデルの夫人は、「わたし」に言ったさ。
ご婦人方の嘆き、色は褪せ、肉は腐る。
そんなくすんでたるんだ肌も、「わたし」の手にかかれば陶器のごときすべすべ純白、仄めくぷっくり薔薇色もお望みのままに。
ああ、素晴らしい!
私の愛する妻も描いてくれたまえ!
永遠に若く美しくだ!
そんな男どもの理想の女、それは「見ルコトノデキナイ女」。
シャルビューク夫人。
彼女は決して姿を見せない。
「ちゃんとおわかりのはずですよ、ピアンボさん。あなたは、わたくしの顔を見ずに肖像画を描かねばならないのです」
オモシロイ!
そう、毎日の夫人との会話を頼りに彼女を描く!
しかも報酬は目が飛び出るほどの大金だ!
ああ、描いてやるさ!
彼女の本当の姿を!
夫人は語る、自分の過去を、秘密を。
彼女はどうして巨万の富を手にしたのか。
彼女はどうして姿を見せるのを拒むのか。
「わたし」の想像はどんどん膨らむよ!
姿が見えないゆえに勝手に暴走する理想化。
きっと恐ろしく美しいに決まってる!
そうだよね、見えない者は美しくなきゃね!
女神、誰もほんとに見たことはない、でも、美しいに決まってるさ!
神々をわざわざブサイクに想像するヒトいないよね。
むろん、神々をわざわざブサイクに描く画家もいやしないよ。
みんな「美しい者」が見たいんだもの。
目、恐ろしいもの。
わたしは人の目が怖い。
わたしは見られるのが怖い。
人は「目」に見えるものが全て。
それが彼らの現実。
ふたごの雪の結晶
彼らがコソコソ話しかけるよ。
未来を見せるよ。
町で流行りの奇病
女たちが死んでいる。
目から血を流して。
怖い、目が怖い
全てのおぞましいことは人の目が運んでくる。
絵を描く者には尊い「見る力」。
肖像画家は何を見る?
ああ、本当に見たいかい?
あなたが本当に見たいものって一体なんだい?
真実か妄想か。
そこになくとも美しく見えるもの、そこにあるのに見えない恐ろしいもの。
「死というものは相対的なことばだよ、ピアンボ。変化と考えるべきだ。死なんてものは存在しない」
全ての肖像画は自画像なんだ。
もういつわりの自分を描くのはやめよう。
シャルビューク夫人の肖像、「わたし」の最高傑作(真実)だ!
「美しい」シャルビューク夫人を描き終えた彼は肖像画家をやめて、風景画家になりましたとさ。
見えるものと見えないもの
美しいものと狂ったもの
みんなこんなのに目がないんだ。。。
「ぼくはここにいるよ、シャルビューク夫人」