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現代の地獄への旅 ディーノ・ブッツァーティ

Am 13. Juni

Viaggio agli inferni del secolo
Dino Buzzati



「それにしても、〈将来〉とは、なんと美しい言葉だろう」



ぼくは今、地獄にいる。

もはや読書感想文でもない、ぼくの地獄からのレポート。

敬愛するブッツァーティさんはいつも真実を教えてくれるね。
地獄は日常だ。
ぼくらはそこでゾンビとして暮らす。


ブッツァーティさんはぼくらが気づかないいろんなタイプの地獄を短編でわかりやすく説明してくれる。

「都会日常地獄」はぼくも少し覗いたことがあった、でもぼくの都会地獄なんて生ぬる中の生ぬるで、ゾンビにもなれず、せいぜい電車に乗れない病になるくらいだった。
都会地獄上級者の方々なんて、無感覚・無感動ゆえ、己の苦痛にも気づかないってもんだ、ゾンビだからね、頭とれてても気づいてないんだ。
死せる灰色の世界でゾンビたちと生きることにすっかり参ったぼくは、緑と茶色のイキイキライフを始めたつもりだった。

けれどね、神さま、こんなところに超ド級の地獄を用意してくださるとはね、まいったよ、ブッツァーティさんが最後に書いてた美しい庭に住む婦人と少女が落ちた地獄に似てる。


そう、ぼくは死んだ、骨の髄までゾンビさ。
どうしてぼくが地獄にいるのか、それはまだ言いたくない。
けれど、どうしてぼくが地獄送りになったのかはぼくにもわからない。
チンケなぼくは大それた悪行を働くこともなく、もっぱら地味に生きていた。

このような特別に手の込んだ地獄に送られるからには相当の悪事を働いたらしい、けれど、それは到底チマチマした人間社会の法では裁けない、何か、とんでもないもので、どうやら「神の法」に触れたらしい。
そう、ぼくは大罪人ゆえ地獄にいる。
そう、どんな罪なのかは薄々勘づいている、けれどはっきりとはわからないところがこの地獄のいやらしいところだ。

「神の法」を犯した者をただ死んでもらうだけじゃつまらない。
そう神々は思ったとか。
ある種の救いである死を与えるよりももっと苦しんだらいい。
こうしてぼくは特別なぼく専用の地獄にいる。
都会ゾンビ地獄はブッツァーティさんもいってるけど、そこが地獄だって気づいている人はほぼいない。
なんだったら、楽しんでいるくらいだ。
それに都会ゾンビ地獄は抜け出せる、昔のぼくみたいにまだ軽度のなりかけゾンビならなんかの拍子に脱出可能だ。

けれど、ぼくの地獄には出口がない、ぼくはいつまでここにいなけりゃいけないんだろう。


美しい悪魔夫人はいったさ、

「いいこと、最初に天国がなければ、地獄も存在しないでしょうよ」

そう、本当の地獄は天国のあるところに存在するんだ。
都会地獄なんか所詮ぽっと出の地獄さ、初めっから灰色だもの、精神がピチピチの時にはその灰色がピカピカに見えてただけなんだ。
それがだ、天国後の地獄はえげつないったらないんだ、涙の出るほど美しい世界に突如現れるブラックホールだ、灰色なんて中途半端な色じゃない、どこまでいってもドス黒いんだ。
もちろんその美しい天国にゾンビなんていやしない、みんな微笑んでいるさ、そんな天国のど真ん中にあるぼく専用の地獄、完全個室さ。
ぼく専用地獄の壁は透明で、周りに広がる天国の光景が目を瞑っていても見える、ぼくの個室はドス黒いもんだから、壁の向こうの世界の輝きったらない、目に沁みて涙が止まりゃしない。

涙が止まりゃしないんだよ!
地獄に落ちた翌日だった。
ぼくは深夜、眼球に猛烈な痛みを感じて飛び起きる、目の玉をピックをブスブスやられるみたいな、寄生虫にジワジワ喰われてるみたいな痛みだ。
隣人は怯えて救急車を呼ぶ。
深夜2時だ。
ひどい迷惑だ、なんせ命に関わるもんじゃない、ただ目が痛いだけだもの。

けれども若き救急隊員は来てくれる、「死にそうにもない」ぼくを乗せてかいがいしく病院を探す。

「。。。はい、眼科の先生がいる病院は。。。内科の先生ですか。。。目が痛いそうで。。。いや、自力で歩行可能なんで、バイタルは測ってません。。。」

なんだそりゃ!?
っつーか、バイタルって何?
ぼくはバイタルをしらなかった。
救急車に乗る者には、この「バイタル」、絶対だ。
調べてみればバイタルとは「脈拍」「呼吸」「血圧」「体温」を測定するもので、「生命兆候」ってな意味らしい。
ゆえにだ、ゾンビを認めてない純人間社会においてブラブラ自力で歩く者は生命兆候バリバリで測定する価値もないらしい。
簡単に言うと「救急車乗車権利なし」ということだ。


救済意欲ほとばしる若き英雄のやり取りを聞きながら恥ずかしさと申し訳なさで、むしろこのまま死ねればいいのに、と下等なぼくは思う。

目が痛いだけで救急車呼ぶかよ!?

そんなこんなで深夜に眼科の先生がいるはずもなく、高速に乗り、家から救急車でも1時間以上も離れたどでかい病院の夜間緊急に運ばれるぼく。

盲人でもないくせに、痛くて目を開けれないがゆえ看護師さんの腕につかまりヨタヨタ歩くぼく。

ドクトル「眼科は専門ではないのですが、見てみましょう、ちょっと目を開けれますか?」

激痛にブルブル震えながら己の目をこじ開けるぼく。

ドクトル「いや、触らないで、目だけで開けてください、そう、がんばって、見えますか?」

ぼく「曇ってて、靄がかかったようです」

ドクトル「んーーー、とりあえず麻酔しましょうか」

「麻酔」と聞いて鋭利な注射針を目に刺される幻影に身震いするぼく。

ぼく「。。。。」

ドクトル「考えられるのは二つで、角膜破損か緑内障発作です、麻酔してみて痛みが治まるようなら角膜破損なので問題ありませんが、痛みが弱まらないのなら緑内障発作かもしれません」

ぼく「緑内障発作だったら。。。どうなるんですか。。。?」

ドクトル「眼圧が上がり。。。失明の可能性があります」

ぼく「。。。。。。。。」

恐怖にブルブル震えるぼく。

ドクトル「とりあえず、麻酔打ってみますね、はい、目を開けてください」

!?
ぼくはみた、恐ろしい凶器の注射針ではなく、マイルドに丸い目薬の先端を。

なーんだ、目薬かよ〜

ドクトル「はい、刺します」

ギャッ!!!

あまりの激痛にカッケの検査みたいな蹴りを先生に繰り出すぼく。

ところがだ、いやはや!なんと!!!
眼球の恐ろしい痛みがウソのように消えてゆく!
あああ〜

ドクトル「どうですか?」

ぼく「痛くないです!」

ドクトル「じゃあ、角膜の傷ですね、眼は神経が集まっているので少しのことでもかなり痛みますから。。。」

「少しのこと」とは!
そう、そんなことで夜中に救急車を乗り回すぼく、みなさん、ほんとうにスイマセン。。。

ドクトル「明日、かならず眼科へ行ってくださいね。ところで。。。どうやって帰るんですか?」



この短編集を読んでわかったことはね、みんなにとっては決して理解できないものすごくどうでもいいことが、「私」にとっては何よりも大事で、それは「私」だけの「神」であり、その神を破壊することは、「私」を破壊することとな。


神は死んだ。
そこに地獄が生まれる。


「彼女は以前のような愛らしい女の子ではない。笑うと、口元にこわばったような小さな皺ができた。」


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